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第2話:ルシア


 事前キャラメイクは済ませてある。サービス開始前に行われたキャンペーンで、髪や瞳の色をいじったり、職業を選んだりは一通りやっておいた。……といっても、俺は結局ほぼ現実の自分の姿をそのまま使うことにしたのだが。別人になるより、“俺自身”で最強を掴む方がしっくりきたからな。


 俺は大通りを歩きながら、そんなざわめきを静かに眺めた。そして心の奥でふっと笑う。


 この世界は、俺にとってまるで我が子。血と汗と、膨大な時間をかけて築き上げたこの世界を、無数のプレイヤーたちが楽しんでくれている。グラフィックも、AIも、環境音も、全部、俺たち開発者の魂の結晶だ。そのひとつひとつが人々の心に届いている――そう思うと、胸の奥がじんわりと熱くなる。


 開発者冥利に尽きる、とはこのことだろう。


 ふと視線の端で不穏な光景が目に入った。街角で、小さな籠に山盛りのリンゴを抱えて歩いていたNPCの青年。その肩を、乱暴に突き飛ばす冒険者がいた。


「おっと、邪魔だなぁおまえ」


 青年はバランスを崩して倒れ、籠ごとリンゴをぶちまける。真っ赤な果実が地面を転がり、カランカランと乾いた音を響かせた。


「おいっ……待ってくれ、それは――!」


 必死に拾おうとする青年を尻目に、冒険者は数個のリンゴを片手に掴み取ると、振り返りもせずに笑いながら立ち去っていった。


「んだよ……お前ただのNPCだろぉ? プレイヤー様に歯向かってんじゃねーぞ! お前から物を盗んだって、犯罪フラグなんて立たねぇんだしよ」


 仲間らしき数人が肩を揺らして笑い、通りの奥に消えていく。取り残された青年NPCは、地面に膝をついたまま、ただ俯いていた。震える手でリンゴをかき集めながら、小さく呟く。


「……どうしてこんな目に……」


 誰も助けない。通りを行き交うプレイヤーたちはちらりと視線を寄越すが、すぐに目を逸らし、我関せずと歩き去っていく。


 俺はその光景をしばらく見つめていた。胸の奥がざらつく。喉の奥に苦いものがこみ上げてくる。


 ――NPCだから、何をしてもいいのか?


 理屈では分かっている。けれど、目の前の「青年」はどう見ても人間と変わらない。その瞳の奥に浮かぶ痛みや屈辱を、無視できるほど俺は鈍感じゃなかった。


 嫌な気持ちが胸にこびりついたまま、俺は視線を逸らし、通りを歩き出した。


 ――彼女の元へ向かおう。


 街の喧騒を抜け、石畳から土道へと切り替わる境目を歩く。人影はまばらになり、代わりにNPCがちらほらと農作業や荷物運びをしているのが見える。賑わいは完全に遠のき、行き交うプレイヤーの数も減っていった。露店の喧騒も、武器屋の呼び込みも、もう聞こえない。


 その時、前方から年齢層高めの5人組冒険者が笑い声を上げながら歩いてきた。防具を一切着用していない……初心者なのだろうか。だが顔には妙な高揚感が浮かんでいる。


「さっきのすっげぇ気持ち良かったよな……」

「あぁ、あまりにもリアルすぎて大人げなく興奮しちまったわ」

「このゲームには色んな“楽しみ方”があるって、他の奴らにも教えてやらねぇとな」


 俺は軽く横目で彼らを見て通り過ぎる。――一体何のコンテンツについての話をしているのだろうか。まぁ、このゲームはあらゆるコンテンツにおいても徹底して作り込まれている。何をやったとしてもそういう感想になるのも頷ける。この世界はどんな人間であっても関係ない。思い描く理想の自分になれる素晴らしい世界なんだから。


 思わず口元が緩む。やはり自分が関わった世界を他人が楽しんでくれるのは嬉しい。俺はその一言一句に特別な意味を見出そうとはせず、胸を高鳴らせながら歩みを進めた。


 やがて街の外れへと足を進めると、そこには小さな畑と木造の民家が点々と並んでいるだけになった。普通のプレイヤーなら、わざわざ足を運ぶ理由もない。クエストもなければ、レアアイテムのドロップもない。ただNPCが暮らす、世界の背景として用意されたエリア。


 だからこそ、俺はここに"仕込んだ"。


 ――ルシア。


 俺だけが知る、最強への抜け道。心臓が早鐘のように鳴っていた。思わず笑みがこぼれる。


 最強装備を手に入れたら、まずはどこへ行こうか。序盤ダンジョンに乗り込んで、初心者を導いてやるのもいい。ギルドを作ってマスターをやるのもいい。PvPエリアに乗り込み、調子に乗ってる上級プレイヤーをまとめて蹂躙するのも悪くない。あるいは延々と狩りに没頭して、経験値テーブルの頂点に最速で到達してやるか……。


 くくっ。想像するだけで楽しくて仕方がない。現実じゃ、どれだけ足掻いても底辺のままだった俺が――この世界じゃ、勝者になれるんだ。


 さらに奥へと進む。そこに、小さな木造の家が見えてきた。窓辺に吊るされたランタンが、夕焼けの光に照らされ、かすかに揺れていた。ここが俺の目的。


「ルシアちゃんいますかー?」


 玄関の扉をノックして律儀に呼びかけた。ずっとニヤケヅラのまま、浮き立つ心を抑えきれずに。


 ……しかし、反応はない。


 耳を澄ませても、生活音すら聞こえない。家の中が、あまりに静かすぎた。


「おかしいな……この家族は、この時間なら家にいるはずなんだが……」


 恐る恐る窓から覗き込むと、リビングには誰もいない。鍵のかかっていない扉を押し開けると、ギィ、と乾いた音がした。踏み込んだ家の中は、異様なほど静まり返っていた。家具は整然としているのに、空気だけが重い。


「え、まさか出掛けてるのか?」


  そりゃあ最先端の人工知能《エコーズAI》だ。開発者の俺でさえ予想のつかない行動をする場合だってある。というかむしろNPC達の行動を全て把握し制御できる人なんて、開発者であってもほぼいないだろう。


 恐ろしいことを言っているのは自覚しているが、それがこのゲームの最大の売りなのだから仕方がない。そのおかげで、従来のMMOでありがちな“攻略サイト漁り”のような行為は意味をなさない。


 クエストはプレイヤーごとに状況が変わり、NPCは誰もが異なる反応を返す。選択肢ひとつで展開が枝分かれし、昨日の正解が今日は通じない。最適解をまとめて「これ以外はゴミ」と切り捨てる――そんなユーザー体験を歪める弊害は存在しない。

 いや、そもそも情報をまとめること自体が無謀なのだ。無数の分岐を持つ世界を、どうして紙の上に収められる?この世界は、生きているんだから。


 俺は二階へ向かった。軋む階段を一歩ずつ上がっていくと、奥の扉が風に揺れてギィッ……と開いた。


 なぜだか胸がざわつき呼吸が浅くなる。


 そして俺の視界に飛び込んできたのは――



「……っ!?」





 胸に剣を突き立てられ、血に濡れたルシアの姿だった。

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