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第14話:呪い

 王都アウレリアの街路は、歩くだけで目が忙しかった。

 通りには人、人、人。冒険者らしき装備の者もいれば、商人風の男、上品な服をまとった貴族の一団、荷車を引く労働者、子どもたち――身分も職も種族も入り混じっている。

 耳に入ってくる音も騒がしい。呼び込みの声、値段交渉の怒号、笑い声、馬のいななき、遠くで鳴る鐘の音。そこに鉄を打つ音や魔法の詠唱が重なり、街そのものが生き物のように脈打っていた。


「ほらヤマト君、あれ見て!」


 プリシラが指をさした先では、露店の上で小さな火球がふわりと浮かび、焼き菓子を炙っていた。別の店では、風魔法で冷やした飲み物を売っているらしい。魔法が特別なものではなく、生活の一部として溶け込んでいる。


「これが……王都か」

「ねぇ、ヤマト君。どこから行く?」

「そうだな。まずは宿を確保しよう。ついでにそこで霊媒師についても聞いてみようか」

「うんっ!」


 俺たちは人の流れに逆らわず、大通りから少し外れた通りへと進んだ。喧騒がわずかに落ち着き、看板に“宿”の文字が見え始める。


「ここ、宿っぽいな」

「うん、外観もきれいだし」


 そうして入ったのは、木造三階建ての落ち着いた雰囲気の宿屋だった。


「いらっしゃいませ」


 カウンターの奥から、年配の店員が頭を下げる。


「すみません、二人なんですが部屋を――」

「申し訳ありません。本日は《星燈祭せいとうさい》の前日でして」


 店員は苦笑いしながら続けた。


「満室続きで……空いているのは一部屋のみとなっております。相部屋になりますが、それでもよろしいでしょうか?」

「……相部屋?」


 俺の思考が、一瞬で真っ白になる。


「あ、相部屋……だとっ……!」


 妙に声が裏返った。横を見ると、プリシラが少しだけ視線を逸らし、頬を染めている。


「わ、私は……相部屋でも……いい、けど」


 その一言で、俺の頭の中に警鐘が鳴り響いた。いや待て、冷静になれ。お年頃の男女が相部屋など、間違いが起きないはずが――


「い、いや! 他を探そう! ほら、まだ宿はいっぱい――」


 煩悩を振り払うように首を振り、プリシラにそう告げた、その瞬間。宿の入口を素通りしていく男二人の会話が耳に入った。


「な~んか、どこの宿も全部埋まってるらしいぜ」

「マジかよ……このままじゃ野宿確定じゃん」

「それだけはマジ無理! 一部屋でも空いてたら、死ぬ気で取りに行くぞ!」


 俺とプリシラの間に、微妙な沈黙が流れた。


「……」


 やがて、プリシラが小さく苦笑する。


「もうここにしちゃおっか……」

「…………うん」


 俺は観念したように頷いた。


 宿の客室は、思っていたよりも広かった。木の床は丁寧に磨かれ、白い壁には控えめな装飾が施されている。簡素だが、王都らしい品のある部屋だった。


 プリシラは窓辺へ歩み寄り、留め金を外してゆっくりと窓を開ける。


「……わぁ」


 外から一気に、王都の音が流れ込んできた。人々の話し声、露店を組み立てる音、遠くで鳴る鐘。昼下がりの街は、すでに祭りに向けて動き始めている。


「ヤマト君、見て」


 呼ばれて近づくと、窓の向こうに広がる景色に思わず息をのんだ。石造りの建物が幾重にも連なり、通りには人の流れが途切れることなく続いている。旗や布飾りがあちこちに掲げられ、まだ本番前だというのに、街全体が浮き立っているのが分かった。


「……すごいな」

「ね。まだお祭り始まってないのに、こんなに賑やか」


 プリシラは楽しそうに街を見下ろしている。その横顔を見ながら、俺はふと気づく。彼女は少し眠たそうだった。三日三晩俺を看病し、そのまま馬車旅へ出たんだ。相当疲れが溜まっているのだろう。窓枠に手を置いたまま、ゆっくりと瞬きを繰り返している。


 やがて、ふっと力が抜けたように、プリシラの体重がわずかに俺の肩へ預けられた。


「……あっ、ごめん」

「いや、大丈夫だ」


 そう答えながら、俺は動かなかった。昼の光が部屋に差し込み、二人の影が床に並ぶ。王都に着いた実感が、ようやく胸に落ちてくる。逃げるためじゃない。調べるために来た。それでも――この一瞬だけは、俺は肩に感じる温もりを振り払わず、王都の街を眺め続けていた。


 少し休んだあと、俺たちは再び王都の街へ出た。昼下がりの通りはさらに人が増え、さっきよりも騒がしい。祭りの準備が本格化しているのか、荷車が行き交い、露店の呼び声も力が入っている。


「プリシラ、もう大丈夫なのか?」

「うん! 少し仮眠の時間とってくれたからもう平気だよっ」

「そっか。よし、じゃあまずは……情報だな」


 俺たちが探しているのは霊媒師ガーレ。最初に立ち寄ったのは冒険者向けの装備店だった。


「霊媒師ガーレ? ああ、名前だけなら聞いたことあるな」

「どこにいるか分かるか?」

「さぁな。俺は知らん」


 次は占い屋。


「……有名人だね」

「どこにいるか知ってるんですか?」

「ちょっと前までは王城に出入りしていたけど、今どこにいるかは分からないわ」


 神殿、商人、酒場の店主。誰に聞いても、返ってくる答えは似通っていた。名前は知ってる。でも素性は分からない。居場所も、ほとんど分からない。

 そして、決まって最後に付け足される。


「……王がらみらしいぜ」

「クリスタルの守護者でもあるって誰かが言ってたような」

「下手に探らない方がいいって噂もある」


 具体的な手がかりは、一つも掴めなかった。


「……噂だけが先行してる感じだね」

「ああ。表に出てこないタイプだな」


 霊媒師ガーレ。王都にいるのは確からしい。だが、誰もその実像を知らない。意図的に姿を隠しているのか、それとも――。


「簡単には会わせてくれない、か」


 そう呟いたとき、胸の奥にわずかな違和感が走った。


「うっ――」


 ほんの一瞬。熱とも、痛みとも言えない感覚。俺は無意識に胸元へ手をやる。


「どうしたの?」

「……あ、いや、なんでもない」


 痣が疼く感じがする。


 理由は分からない。だが、この王都で探しているものは、思っていた以上に厄介であることを警告してる感じがした。俺たちは顔を見合わせ、次の行き先を考えるため、歩みを止めた。


 気づけば、空はゆっくりと色を変え始めていた。


 王都中央にある噴水広場は、昼間とはまた違う表情を見せている。沈みかけた陽が辺りを橙色に染め、街灯に火が入り始める頃合いだ。噴水の水音が、騒がしい街のざわめきを少しだけ和らげている。


「……ここ、落ち着くね」


 プリシラがそう言って、ベンチに腰を下ろす。周囲には旅人や家族連れ、演奏の準備をしている楽師の姿もあった。祭りはまだ始まっていないが、街全体がその時を待ち構えているような空気だった。


 俺も隣に座り、無意識に深く息を吐く。歩き回った疲れと、思うような成果が出なかった落胆。


「……結局、何も掴めなかったな。てっきりすぐ会えるもんだと思ってたわ」

「うん。お医者さんにもっと詳しいこと聞いとけばよかったね」


 プリシラはそう言って、噴水の向こうを見つめた。


 そのときだった。胸の奥が、じんわりと熱を帯びる。


「……」


 一瞬、呼吸が止まる。痛みではない。だが、無視できるほど弱くもない。俺は気づかれないよう、そっと胸元に指を当てる。服の下にある“それ”が、微かに脈打っている気がした。


(……気のせい、か?)


 そう思おうとするが、違和感は消えない。


「ヤマト君?」

「あ、なんでもない……大丈夫だ」


 そう言いながら、曖昧に笑う。数日前からずっと空腹を感じないことも、胸の熱も。最近、身体の異変を感じるときが増えてきている。


 噴水広場を離れる頃には、街の空気がさらに熱を帯び始めていた。通りのあちこちに明かりが灯り、露店から漂ってくる香ばしい匂いが鼻をくすぐる。焼き肉、香辛料、甘い菓子――歩いているだけで、腹が鳴りそうなほどだ。


「……あ」


 プリシラが、ふと足を止める。


「ねぇヤマト君、そろそろ何か食べない?」

「もうそんな時間か」


 空を見上げると、夕暮れはすでに夜へ傾き始めていた。


「歩きっぱなしだったしさ。お腹……減ってきたかも」


 そう言って、少し照れたように笑う。その言葉に、俺は一瞬だけ間を置いた。


「……減る、か」


 プリシラはNPCだ。だが、エコーズAIによって、人間らしい感覚――空腹や疲労、感情の揺れまでもが再現されている。それなのに、プレイヤーだったはずの俺が何も感じない。


(……逆、だよな)


 本来なら、ログアウトを促すはずの感覚。それが俺にはもう届かない。


「あそこ入る?」


 プリシラが指差した先には、灯りが賑やかに揺れる酒場があった。中からは笑い声と楽器の音が漏れてくる。


「賑やかそうだな」

「うん。なんだか楽しそう!」


 そうして歩き出しながら、俺は自分の内側に残る違和感を無理やり押し込めた。今は考えても答えは出ない。少なくとも、彼女が隣にいる間は――そう思いながら、俺たちは酒場の扉を押し開けた。


 酒場の中は、想像以上に賑わっていた。木製の長テーブルがいくつも並び、冒険者や商人、旅人たちが肩を寄せ合っている。笑い声と酒の匂い、食器の触れ合う音が混ざり合い、王都らしい熱気に満ちていた。


「空いてるところ……あ、あそこ」


 奥の方に、二人分だけ空いた席を見つける。腰を下ろすと、ようやく歩き回っていた疲れが実感として出てきた。


「ふぅ……結構歩いたね」

「ああ」


 料理を注文し、運ばれてくるまでの間、少しだけ沈黙が落ちる。だが、それは居心地の悪いものではなかった。


「……ねぇ」


 プリシラが、フォークを手にしたまま口を開く。


「胸の痣。さっきから、気になってるでしょ」


 俺は一瞬だけ目を伏せたが、誤魔化さなかった。


「ああ。ここ最近少しばかり自分の異変が気になり始めている」


 料理が運ばれてくる。湯気の立つ皿を前にしても、俺の手は自然と止まったままだ。


「……正直、まだちゃんと整理はできてない。この痣が何なのかも分からないし、さっきみたいに変な感覚もある」

「変な感覚?」

「熱、っていうほどでもない。ただ……何かが“反応してる”感じだ」


 プリシラは少し考え、静かに言った。


「怖くは……ない?」


 俺はすぐには答えなかった。


「怖くない、って言ったら嘘になる。“呪い”だって言われたからな」

「……うん」

「でも、このまま何もしないでいるわけにもいかない。時間も多くは残ってないだろうしな。だから、今はとにかく前に進むだけだ」


 プリシラは、少しだけ身を乗り出した。


「じゃあさ。最後まで、私が一緒にいる。どんな結果になっても、ヤマト君を支えるよ。一人にしない」


 胸の奥で、何かがほどける。


「プリシラ……」

「あ、なんか変なこと言っちゃったね……ごめんね、あはは――」

「いや、嬉しいよ……ありがとな」


 この世界で、状況は何も好転していない。呪いの正体も、脱出の方法も分からない。それでも隣にいてくれるプリシラの存在が、俺に前へ進む勇気を与えてくれていることは確かだった。


 酒場の熱気は、時間が進むにつれてさらに増していった。杯が重なり、笑い声が大きくなり、あちこちで肩を叩き合う音がする。酔いが回り始めたプレイヤーたちが、場の空気を支配し始めていた。


「……ちょっと、騒がしくなってきたね」

「ああ。そろそろ帰るか」


 そのときだった。


「おいおい~」


 背後から、だらけた声がかかる。振り向くと、赤ら顔の男が一人。装備はそこそこ整っているが、目は焦点が合っていない。


「なぁ、そこの白い姉ちゃん」


 男は距離感もお構いなしに近づいてくる。


「NPCのくせに、随分いい見た目してるじゃないか」

「ちょ、ちょっと――」


 プリシラが身を引くが、男は笑うだけだった。


「いいだろ別に。どうせただのデータなんだしさ」


 周囲の客は気づいている。だが、誰も口を出さない。酒場の喧騒の中で、これは“よくある光景”なのだと、空気が物語っていた。


 その瞬間、胸の奥に冷たいものが落ちた。


 (ただの……データ?)


 欲にまみれた獣みたいな言葉。怒りより先に、情けなさが湧いた。


「なぁ、おっさん」


 俺は、ゆっくりと立ち上がった。


 男が面倒そうにこちらを見る。


「なんだよ若造。もしかしてコイツの連れか?」

「そうだ」


 それだけ言って距離を詰める。


「ちょっと悪いがこのNPC貸してくんねーか? へへっ、あとでちゃんと返してやっからよ」


 男がプリシラの肩に乱暴に手を回して顔を近づけた。


「いやっ――」


 俺はただ手を伸ばしただけだった。


 おっさんを止めるために、おっさんの肩に軽く触れただけ。


 ……それだけのはずだった。


 なのに。


 視界の端が、一瞬だけ“システムの青”に染まる。


 ――ピビッ



 《ECHOES(エコーズ) (ワン). THE() MASTER(マスター) FORCE(フォース)





 ――ズドオォォォンッ!!




 爆発音みたいな衝撃と同時に、男の身体が後方へ吹き飛んだ。


 木製の椅子を巻き込み、壁に叩きつけられる鈍い音。床に落ちた男は、ぴくりとも動かない。


 酒場が、一瞬で静まり返った。誰もが、何が起きたのか理解できていない。俺自身も、同じだった。


「……」


 宙に浮いたままの手を見下ろす。


 殴っていない。

 力も入れていない。


 ただ、触れただけだ。


 胸元の痣が、じわりと熱を帯びた気がした。


 プリシラが、震える声で俺の名を呼ぶ。


「ヤマト君……?」


 俺は何も答えられなかった。

 ただ一つ分かるのは――今のは、偶然ではないということだけだった。

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