第13話:王都アウレリア
王都に到着した馬車が、ゆっくりと止まった。
「よ~し、着いたぞ」
御者のおっちゃんが手綱を引きながら言う。
「大変お世話になりました」
「ありがとねぇ、おじさま。なかなか快適な旅だったわ」
「あぁ、こちらこそだ」
俺も続けて礼を言う。
おっちゃんは俺たち三人を見渡し、少し羨ましそうに笑った。
「いい仲間がいて、羨ましいな少年。しっかり大切にするんだぞ。後で気づいても、戻れねぇからな」
(……仲間、か)
その言葉に、胸の奥がわずかに揺れた。
――思い出す。
始まりの街を出る前に出会った、アレックスの言葉。
『仲間を集めるのも、悪くない選択だと思うよ。普段はうるさくても、いざって時は頼りになるから。きっとその冒険は、一生の思い出にもなるだろうからね!』
仲間。
今まで、あまり深く考えたことはなかった。
けれど――プリシラがいて、ニーアがいて。
少しずつ、その意味を意識し始めている自分がいた。
「じゃあな。王都アウレリアを楽しんでこいよ」
おっちゃんはそう言って馬車を走らせていった。
馬車が遠ざかるのを見送ったあと、ニーアが軽く息を吐く。
「さてと。それじゃあ……短かったけど、ここでお別れだね」
「えっ」
「は?」
俺もプリシラも驚いたように言う。
「お別れ……なの? せっかく仲良くなれたのに」
「そうなのよぉ、ごめんねぇ~。どうしても行かなくちゃいけない場所があってね……」
ニーアは少しだけ困ったように笑う。
プリシラは、名残惜しそうにニーアを見る。
「んん~っ、そんな可愛い顔で見つめられると、お姉さん疼いちゃうじゃないもう~っ」
そう言って、豊かな胸でプリシラをぎゅっと抱きしめた。
「おい、隙あらば下ネタぶっこむな」
「なーに? 羨ましいの?」
ニーアがにやりと俺を見る。
「やっぱタケルちゃんってど――」
「だから違うっつってんだろ!」
からかっては、俺の反応を楽しむニーア。
プリシラは苦笑いしながらも、少し寂しそうだった。
「ねぇ、ニーアちゃん……またどこかで会えるかな?」
「えぇ、きっと会えるわ」
ニーアは自信ありげに言う。
「これでも神官よ? 私の予想、結構当たるんだから」
「……うん」
プリシラは小さく頷く。
「少し寂しいけど、その時を楽しみにしてるね」
俺は――一歩、前に出た。
「なぁ、ニーア。その……」
仲間に。
「もしよかったら……」
一緒に、来てほしい。
そう言おうとした、その前に。
ニーアは、何も言わず、静かに首を横に振った。
「……ごめんね」
真剣な眼差しだった。
冗談でも、照れ隠しでもない。
今まで見せたことのない、まっすぐな目。
その表情を見て、俺はそれ以上、何も言えなかった。
そして――
俺たちは、王都の城門前で別れた。
「……行っちゃったね」
「あぁ」
俺は城門の向こうを見つめたまま答える。
「……行っちゃったな」
すべてが一緒に進めるわけじゃない。
交わる道もあれば、すれ違う道もある。
ニーア=ヴァイオレット。
騒がしくて、距離感が近くて、やたらと人をからかってくる神官。軽薄そうに見えて、肝心なところでは核心を外さない。
笑いながら、平然と残酷な真実を突きつけてくるような女性だった。
たった数日の道中だったけれど、あの場の空気を掴み、流れを変える力を持っていた。
――厄介で、危険で。それでいて、どこか頼れる存在。
あんな神官が、ただの“新米冒険者の案内役”なはずがない。
俺は、城門の向こうへ消えていった背中を思い浮かべる。
(……また、会うことになりそうだな)
根拠はない。
だが、不思議とそう思えた。
俺はもう一度、前を向いた。
ここからが、本当の始まり。
俺たちは王都の城門をくぐった。
その瞬間、空気が変わった。
広い。
ただそれだけで、始まりの街とは次元が違うと分かる。
道は視界の奥まで続き、左右には何階建てか分からない建物が隙間なく立ち並んでいる。屋根の高さはまちまちなのに、不思議と雑然さはなく、すべてが計算されたように都市として成立していた。
人の数も桁が違う。
冒険者、商人、騎士、貴族らしき一団。
言葉、足音、馬の嘶き、金属の擦れる音が幾重にも重なり、街そのものが生き物のように脈打っている。
「……すごい、これが王都アウレリア」
プリシラが、小さく息を漏らした。
俺も、言葉を失っていた。
始まりの街ルミナリアは、あくまで“入口”だったのだ。
ここは違う。
政治も、経済も、信仰も、争いも――すべてが集まり、渦を巻く場所。
この街なら、何でもあり得る。
奇跡も、絶望も、真実も。
そして――
俺が探している答えも。
見上げれば、遠くにそびえる城があった。
白亜の城壁は陽光を受けて輝き、その頂――城のさらに上空に、ひときわ異質な存在が浮かんでいる。
巨大な水晶。
透き通るような蒼白の結晶は、空に溶け込むことなく、まるでこの世界そのものを見下ろす“目”のように鎮座していた。光を受けるたび、内側から脈打つように淡い輝きが走り、周囲の空気さえ清められていく感覚を覚える。
「……なんだ、あれ。クリスタル……なのか?」
「うん。あれが王都を――ううん、この国そのものを守ってるクリスタルだよ」
そう言って、空を仰ぐ彼女の表情は、どこか誇らしげだった。
「魔の侵食を防いで、国の秩序を保つためにあるんだって。王都がここまで栄えてるのも、全部あのクリスタルのおかげだって言われてる」
俺は黙って耳を傾ける。
そんな設定、開発時代にはなかった。少なくとも、俺の知る限りでは。
「それにね……」
プリシラは、少しだけ声を落とす。
「年に一度、あのクリスタルに“選ばれた人”は、守護者になるんだって。ずっと、あの輝きを守る役目を任されるらしいよ」
「ずっと……守る役目?」
「うん。誰しもが一度は憧れる、最高の名誉なんだって」
そう言うプリシラの目には、迷いはなかった。
あの光が国を守り、人々を救い続けていると、心から信じている目だ。
俺は、もう一度クリスタルを見上げた。
(……知らない話が、また増えたな)
この世界は、俺の知っている“ゲーム”から、確実に離れ始めている。
これも《エコーズAI》の影響とでもいうのか。




