第11話:NPCと人間のハーフ
医者から助言を受けたあと、俺たちはすぐに旅の準備を始めた。
王都へ行く。
その決断に迷いはなかったが、問題は単純だ。
――俺もプリシラも、王都へ行ったことがない。
「……となると」
「うん。やっぱり、ギルドだよね」
自然な流れで、冒険者ギルドに足を向けた。
——その道中
『半分――NPCじゃ』
医者の言葉が、歩くたびに頭の奥で反芻される。
病ではなく……“呪い”
もしこのまま永遠に戻れないとしたら、現実の俺はどうなる?
(……そういえば)
ふと、気づく。
NPCは――空腹を感じない。
このゲームでは、普通のプレイヤーは空腹になればログアウトする。現実の身体が限界に近いことを知らせる、仕様上の“安全装置”だ。
(でも……)
俺は、空腹を感じなくなる。
半分NPC。
つまり、その安全装置も――起動しない可能性がある。
(いや……そもそも空腹を感じたところで、ログアウトできないなら……むしろ、感じない方がマシなのか?)
一瞬、そう思ったが――
(……違う)
空腹を感じず、限界を知らせる合図が届かないということは……、現実の俺が空腹によって強制的に覚醒し、この世界から強制ログアウトするという“最終手段”が、断たれているということ。
誰かが起こしてくれることもない。
強制的に引き戻されることもない。
この世界で生きている間に、向こうの俺は静かに終わっていくのか?
考えれば考えるほど、道は一本ずつ、静かに閉ざされていった。
「……ヤマト君、大丈夫?」
「え?」
「着いたよ、冒険者ギルドに」
「あぁ、悪い……考え事をしていた」
今は、考えすぎても仕方ない。
少なくとも――ここではまだ動ける。まだ、前に進める。
そのために俺たちは王都へいくのだから。
建物に入ると、いつもと変わらない空気。
依頼掲示板。
冒険者たちの声。
――その中で、俺だけが少し浮いている感覚があった。
受付カウンターへ向かい、声を掛ける。
「すみません」
声を掛けると、受付嬢が顔を上げた。
「あ、プリシラさんにヤマトさ……ん?」
一瞬だけ固まる。
首を傾げ、もう一度俺の顔を見る。
「あれ……? ヤマトさん、ですよね?」
「え、あぁ。そうだけど……どうかしたのか?」
受付嬢は困ったように眉を寄せる。
「いえ……その……」
少し言いよどんでから、苦笑した。
「今までと、ちょっと違うというか……」
「違う?」
「ええ。大変失礼なんですけど……」
一瞬、言葉を探すように視線が泳ぐ。
「ヤマトさん……前より、なんだか身近に感じるというか……」
「身近?」
「はい。うーん……うまく表現できないんですけど、他の方とはどこか雰囲気が違うな……と」
言い終えてから、はっとしたように手を振る。
「あっ、すみません! 変なこと言いましたよね」
「き、気のせいじゃないか?」
「……ですよね。アハハ……私ったら、何を言ってるんだか」
そう言って、いつもの調子に戻る。
俺は、それ以上何も言わなかった。
余計なことは、話さない。混乱させるだけだ。
受付嬢も、それを察したのか、深くは踏み込んでこなかった。
「……それで、本日は?」
本題に戻る。
「王都へ行きたい。行き方と、注意点を教えてほしい」
「はい。王都までは、街道を使って徒歩で五日ほどです」
「五日?! そんなにかかるのか」
「え、えぇ……一応馬車でしたら二日ほどで到着できます」
指で地図をなぞりながら、説明してくれる。
「途中に森と丘陵地帯があります。最近は中型の魔獣が出ているので、夜営は注意してください」
「護衛依頼は?」
「今は出ていませんが、隊商と合流できる可能性はあります」
実務的で、的確な説明。
ありがたい。
「……しばらく、この街には戻らないかもしれない」
そう告げると、受付嬢は少しだけ目を見開いた。
「そう、ですか……お二人の無事を、祈っています」
その言葉に、妙な重みがあった。
ギルドを出てすぐ、俺は小声でプリシラに言った。
「俺の身体のこと……誰にも言わないようにしよう。きっと混乱させてしまうだろうから」
「……うん。そう、だね」
プリシラは、ただ頷いた。
俺たちは馬車を使って王都へ向かうことにした。
ギルドを出て、馬車の停留所へ向かって歩いていると――
「おーい! ダンジョンの白魔導士さ~ん!」
やけに元気な声が飛んできた。
振り返ると、少年がこちらに向かって駆けてくる。
「……あ」
プリシラが目を輝かせる。
「アレックスさん!」
どうやら、彼が声の主らしいが、俺はその顔に見覚えがなかった。
「久しぶり! 無事でよかったよ!」
アレックスは、にっと笑う。
その後ろには、数人の仲間。
「ヤマト君に紹介するね! こちら、ダンジョンで私たちを助けてくれたパーティ《九尾の猫》のメンバーさん」
魔導士風の女性が、楽しそうに言った。
「あら、よかったわね。彼氏が無事で」
「……彼氏?」
思わず聞き返すと、
「な、なに言ってるんですかケイトさん! 彼氏じゃないです……まだ……(ボソッ)」
プリシラが慌てて否定する。
「……よく分からないけど」
俺は頭を下げた。
「あの時は、助けてくれてありがとう。恩に着る」
「いやいや、冒険者として当然のことをしたまでさ!」
アレックスは胸を張る。
「それより、お二人はこれからどこへ?」
「王都へ向かおうかと」
「王都!?」
ケイトが目を丸くする。
「進行、早いわね。あのダンジョンにいたから、てっきり同じくらいかと思ってたわ」
「俺たちが、ダンジョンで時間をつぶしすぎたせいじゃないのか?」
重装備の男――アルターが言う。
「そんなことないわよ。だって――」
「いや、あるだろ」
「ないって言ってるでしょ!」
唐突に言い合いが始まった。
俺とプリシラは、揃ってポカーンとする。
「やぁ、失礼! ウチは、喧嘩するほど仲がいいんだ。それが唯一の取り柄でね!」
アレックスが慌てて割って入る。
「“唯一”は余計ですよ、リーダー」
ヒーラーらしき少女、デネブが冷静に突っ込む。
「そうだ。もっと日頃からだな……」
侍らしき姿のユウギリの小言が、デネブの後に続いた。
「アッハハ……見ての通りのパーティだよ」
苦笑するアレックス。
プリシラは、そのやり取りを見て――少し羨ましそうに微笑んでいた。
(パーティか……)
「あ、そうだ。あんまり人のプレイスタイルに口出しはしないけどさ」
アレックスが言う。
「仲間を集めるのも、悪くない選択だと思うよ。普段はうるさくても、いざって時は頼りになるから。きっとその冒険は、一生の思い出にもなるだろうからね!」
俺は、ダンジョンでの出来事を思い出す。
(……確かに)
礼を言い、《九尾の猫》の面々と別れ、俺たちは馬車の停留所へ向かった。
そして――
王都行きの馬車に乗り込み、出発しようとした、その瞬間。
「までええぇぇぇぇ!!」
遠くから、必死な叫び声。
次の瞬間。
――ドサッ。
一人の女性が、馬車に飛び込んできた。
「ごめんちょっと今だけでいいからここに匿って? 追われてるの、ほんとに命の危機なのよ~」
飛び込んできた女性は、真っ白いローブを着崩すように纏い、豊かな胸元を隠す気配がまるでなかった。
ゆるく波打つ金髪が肩に流れ、眠たげな瞳の奥には、妙にしたたかな光が宿っている。
「……え?」
直後。
目の下に大きな隈を作り、鬼のような形相の女神官が現れた。
彼女は最初にログインした時に会った、チュートリアルの神官だ。
「ニーアァァ!! いい加減、仕事に戻りなさい!! 私が何十時間ぶっ続けで対応してると思ってる!! いますぐ戻らないと、四肢引きちぎって神殿の壁に磔にするわよ!!!」
恐ろしいことを叫びながら、周囲を睨みつけ、馬車の前を通り過ぎていく。
状況は何となく理解した。どうやらこの女性のサボリ癖に、堪忍袋の緒が切れたってとこだろう。あの真面目で優しそうな神官が、こんなにも変貌するなんて。
……そして、沈黙。
俺とプリシラは顔を見合わせる。
「あの……相方さん、行きましたよ?」
「ぷはぁ~……助かったぁ。今度こそ神殿に縛り付けられるところだったわ~」
ニーアと呼ばれていた女性が安堵の息を吐く。
「ありがとねぇ。ほんと、優しい人たちで助かっちゃった♡」
「いや、俺たちはなにも……」
「そろそろ王都へ出発するよ~」
御者の声と同時に、馬車が動き出した。
「えっ、王都!? ちょっと待って、それ本当? あなたたち、王都に行くの~?」
「あ、あぁ。用があってな」
「いいなぁ~……ずっと行ってみたかったのよねぇ。ほら、王都ってさ、男前も多いし、お金も集まるし、それに美味しいご飯も山ほどあるって噂じゃない?」
目を輝かせるニーア。
「ねぇねぇ、だったらさぁ……私も一緒に連れてってくれない? 旅は道連れ、でしょ?」
「いや、君……仕事あるだろ。しかも重要な」
「私、あんな薄暗い神殿で一生を終わるなんて、絶対イヤなの。もっとキラキラした世界、見てみたいのよ。……ね? だからお願い、連れてって♡」
俺とプリシラは、顔を見合わせた。
「……馬車、もう出ちゃいましたし」
「だな。ニーアと言ったか? お前がそれでいいなら……好きにしたらいいんじゃないか?」
「うんうん、それでいいの。はい、決まりね~」
満面の笑み。
「それじゃあ改めて……よろしくね、お二人さん。しばらくお世話になっちゃうわ~」
なにがよろしくなのかは分からないが。
こうしてよく分からないまま俺たちは、一人多い馬車に揺られながら――王都へと出発した。




