表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

微笑みは、毒より甘い


篠原さんが去ったあとも、実技ホールのざわめきはしばらく収まらなかった。


 勝ったはずなのに、胸の奥が妙に重い。

(……生き残るやつの目、か)

篠原さんから言われたあの言葉が、頭から離れなかった。


「霧崎くん」

 不意に名前を呼ばれ、肩が跳ねる。

 振り返ると、そこに立っていたのは――

 天城さんだった。


 「えっと……天城さん?」

「うん。ちょっと、話せる?」

 その声音は柔らかい。

 教室で聞いたときと、何も変わらないはずなのに。

 ――なのに、警鐘が鳴っていた。

「さっきの試合」

 彼女は単刀直入に切り出した。


「面白かったよ」

「……ありがとう、ございます?」

「でも、不思議だった」


 天城さんは一歩、距離を詰める。

 自然な動きなのに、逃げ場がなくなる感覚。


「篠原くん、最後の一瞬で“負けた”って顔してた」

 心臓が、どくりと鳴った。それは篠原さんが実際に言っていたからだ。


「霧崎くんはさ、何をしたの?」

 ――きた。

「え……えっと……たまたま、です」


 用意していた言葉を口にする。


「あの、えっと、運が良かっただけで……」


「ふーん、そうやって誤魔化すんだね。霧崎くんは。」

 天城さんは、大きく目を見開き、じっと僕の目を見た。

 逸らしたら負けだと、なぜか直感した。


「じゃあさ」

 彼女は、ほんの少しだけ声を落とす。


「次も、その次も、私と戦う時だって、ぜんぶぜんぶぜーんぶ、運で勝てちゃうの?」


 背筋が冷える。

(……この人、試してる)


「あの立ち回りを、全部運にするんだね。」



天城さんは微笑んだまま続けた。


「私はね。

 強い人を見るの、好きなんだ」

 その言葉に、温度はなかった。


「だから安心して。

 今すぐ誰かに言ったりはしない」


 ――今すぐ、は。

「でも」


 彼女は一瞬だけ、目を細め、いつもよりも低くて冷たい声で言った。


「霧崎くんがつくその嘘は嫌い」


 その瞬間、空気が変わる。


「霧崎くん。あなた、自分が思ってるより……」

 天城さんは、はっきりと言った。

「強いんだよ」


 言葉が、胸に突き刺さる。

 そのとき、スピーカーから教師の声が響いた。


「Aランク戦闘、準備」

 天城さんは、その声に視線を向ける。

「私の番だから、もう行くね」


 そう言ってから、振り返りざまに言った。


「ねえ、霧崎くん」

「……はい」

「ちゃんと見てて」

 その笑みは、完璧な優等生のものだった。


「“本物”を見せてあげる」


 彼女が歩き去ったあと、僕はしばらく動けなかった。

(……完全に、目をつけられた)


 観戦席に座りながら、僕は思う。

 篠原さんは、僕を生き残るやつの目だと言った。


 でも――

(この学園で一番危険なのは)

 きっと、

 生き残る人を試してる人だ。


 実技ホールの中央で、天城玲奈が立つ。


 その姿を見つめながら、僕は自分の能力について考えた。


実技ホールの空気が、はっきりと変わった。

「Aランク戦闘、開始」


 そのアナウンスと同時に、観戦席のざわめきが一段低くなる。

 さっきまでとは、明らかに違う。

(……雰囲気が、重い)


 視線の先。

 天城玲奈は、すでに闘技エリアの中央に立っていた。


 背筋を伸ばし、表情は穏やか。

 まるで、これから戦うとは思えないほど落ち着いている。


 対する相手は、同じAランクの男子生徒。

 全身に緊張を張り付かせ、能力を展開していた。


「始め!」

 合図と同時に、相手が動く。


 床を蹴る音が響き、相手から物理攻撃が放たれた。

 ――けれど。



 天城玲奈は、避けなかった。


 正確には、避ける必要がなかった。



 彼女が一歩、前に出る。

 たったそれだけで、相手の動きが乱れた。

「……っ!?」


 男子生徒の声が裏返る。

 攻撃の軌道が、わずかにずれた。

(今の……何だ?)


 次の瞬間、天城さんは相手の懐に入り込んでいた。


 動きは速いのに、無駄がない。

 ――そして。

 彼女は、相手の胸ぐらを掴み、顎を嬲ると、ゴンッ、という鈍い音が鳴る。


 男子生徒の身体が大きく揺れ、膝をついた。

「……は?」

 観客席の人達と相手の男子生徒は何が起きたのか、分かっていなかった。


 天城玲奈は、もう一歩近づき、相手に穏やかに手を差し伸べた。

「大丈夫?」

 声は、驚くほど優しかった。


「まだ、続けられる?」

 ――甘い。


 でも、その問いに含まれる感情を、

 僕ははっきりと“感じてしまった”。

(……逃がす気、ない)


 男子生徒が差し伸べられた天城さんの手を掴んだ。

 天城さんは、その次の瞬間――相手の指を折り、相手の叫び声だけがホールに響き渡った。


「勝者、天城玲奈」

 先生の声が響く。


 観戦席から、どよめきが起こった。

 歓声ではない。

 理解が追いつかない音だ。



(……これが、Aランク)



 いや、違う。






(これが……天城玲奈)



 彼女は、倒れた相手を一瞥すると、何事もなかったかのように振り返った。

 



そして――


 観戦席の、僕を見つける。

 目が合った。

 微笑む。

 さっきと同じ、完璧な笑顔。


 でも今度は、分かってしまった。



 あの微笑みは、安心させるためのものじゃない。――彼に逃げられないと、教えるためのものだ。


 天城玲奈は言った。

「ちゃんと、見てた?」

 喉が、ひくりと鳴る。


(……見てしまった)




 この学園で、



 一番甘くて、








一番危険な存在を。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ