生き残るやつの目
冥序学園入学式の日から1週間後、
僕達1年2組は、地下にある実技ホールへと集められた。
天井は高く、壁は無機質な灰色のコンクールでできていた。ここが学校の施設だとは到底思えない。
「これより、ランク戦Eランク、Dランク第一回戦を開始する」
呼ばれ、僕は思わず身を強張らせた。
同じように顔をこわばらせた生徒たちが、十数人前に進む。
視線を感じて、ふと上を見る。
観戦席には、AやBランクの生徒たちが並んでいた。
――値踏みするような目。
(……見世物、ってことか)
「今回のランク戦は個人戦だ。ランクごとにブロックで分け、一対一になり戦闘不能、再起不能、降参で勝敗を決める。」
「EランクとDランクは各種持ち場に着け。第1試合は...霧崎光一、篠原恒人。」
早速自分の名前が呼ばれ、心臓が飛び出そうになる。
相手と向かい合わせになり、更に緊迫した空気になる。
「能力、発現」
教師の合図と同時に、彼の腕が変化した。
硬質な刃のような形状に歪んでいる。
(攻撃型……)
喉が渇く。
「始め!」
合図と同時に、彼が踏み込んできた。
迷いのない動き。訓練された殺意。
――その瞬間。
僕の視界が、わずかに歪んだ。
彼の感情が、色のないノイズのように流れ込んでくる。
(……殺す気は、ない。でも……)
“叩き潰す”つもりだ。
直感的に理解した。
次の瞬間、僕は反射的に横へ転がっていた。
さっきまで立っていた場所を、刃がかすめる。
「っ……!」
床に激しい音が響く。
「なんだ、今の」
彼が眉をひそめる。
(今の動き……自分でも、よく分からない)
でも、分かっていた。
来る瞬間が、見えた。
僕は息を整えながら、距離を取る。
正面からは勝てない。
でも――。
彼が再び踏み込もうとした、そのとき。
彼の感情が、一瞬だけ揺れた。
(……足。軸が、甘い)
次の動きが“読めた”気がした。
僕は床に落ちていた小さな破片を蹴り上げ、彼の腹を目掛けた。
「っ!」
彼の動きが止まった、その一瞬。
僕は全力で距離を取った。
次の瞬間、彼の体勢が崩れ、膝をつく。
「……くそ」
荒い息。
観戦席がざわつく。
「戦闘不能と判断。勝者、霧崎光一」
先生の声が響いた。
信じられなかった。
僕が......
篠原さんとのランク戦が終わり、
実技ホールの片隅。
篠原さんが医療班に軽く診られたあと、僕は壁際に座って息を整えていた。
「……動けるか」
低い声がして、顔を上げる。
そこには、診察を終えたばかりの篠原さんが立っていた。
さっきまでの荒々しさはなく、腕の変質も解けている。
少し悔しそうに、でも真っ直ぐこちらを見て、彼も僕の隣に座った。
「だ、大丈夫です。篠原さんこそ……」
「平気だ。ちょっと油断しただけだ」
そう言ってから、彼は一瞬言葉を詰まらせた。
「……いや、違うな」
視線を逸らし、床を見つめる。
「油断じゃない。俺は確かに、お前に負けたんだ」
その言い方が、妙に重かった。
「でもお前、俺より力が強いわけでも、速いわけでもないだろ」
「……はい」
正直に答える。
「なのに、確信があった。
――『ここで終わる』って」
篠原さんは、拳を強く握りしめた。
「……あの瞬間だけは、勝てる気がしなかったんだ」
僕は、何も言えなかった。
「不思議な戦い方だな、すごいぜ、お前は」
彼はそう言って、ふっと苦笑した。
「正直、怖いんだ。
何をされたのか、分からないまま倒されること、このままEランクまで下がったらどうなるのかこの一週間、ずっと寮の部屋で考えてたんだ」
彼はそう、弱々しい不安な声で呟きながら目には涙を溜めていた。
「……ごめんなさい」
「謝るな」
「ここは、そういう場所だろ」
彼は笑ってそう答えた。
少し無言の間があった。
「なあ」
「はい」
「お前……この学校、向いてない顔してる」
一瞬、ドキッとした。
「でも」
彼はは、はっきり言った。
「生き残るのは俺みたいなやつじゃなくて、お前みたいな、やさしい目をした奴なのかもな」
それだけ言うと、彼は背を向けて歩き出した。
去り際、振り返らずに続ける。
その背中を見送りながら、僕は強く思った。
(この人は……ちゃんと、戦ってる)
そして同時に、理解してしまう。
次に戦う相手は、きっともっと容赦がない。
観戦席の方を見ると、
天城さんがこちらを見下ろしていた。
無表情。
けれど、その瞳の奥に――
確かな興味が宿っているのが、分かってしまった。




