六節
「偉そうなこと云ったが、実際のところ情報収集は、得意としている連中がいるんだがね。本当に偉いのは彼らだろうさ」
「おい大将。得意としている連中といえば……、あの変態か?」
「うん。あの変態だ」
「失礼ね。ぷんぷん」
と、裏声で云いながら一人の衛兵が振り返る。その姿はどこにも居そうな平凡さを醸しだしつつ、気配を感じさせない。意識して初めて、其処に人がいるのだと気付く。
「ぶはっ! てめぇ、どこから湧いてきやがった!」
「ずっと居ましたよ。ええ、ずっとですとも。愛しいヘクター様をずっと見つめておりました、はい」
「気持ち悪いんだよ、てめぇは! なにが『ぷんぷん』だ! おい大将、いっつも思うんだが、こんなのしかいねぇのか? もっとまともな奴いるだろ!」
「いや、そのクルツほど使える男も珍しいぞ。クルツよりも優秀な人材がいたら紹介して欲しいもんだ。とはいっても、この道で本当に優秀な奴だったら、クルツと争うようなことはしないだろうがね。クルツがいなければ私など、とっくに暗殺されてるからな。はっはっは。なぁ?」
「いや~ぁ、フォルス様。そんなこと……ありますけどね。昨夜も何人か掃除しちゃいましたしね。あれは諸侯の……マイヤー卿かヘンツェ卿あたりの手の者でしょうね」
「いっつも思うんだが、こいつが一番危険じゃねぇのか? こいつの気が変わったらお終いじゃねぇか」
「は、は、は。そんときは仕方ないんじゃないか? くよくよ考えても始まらんよ。なぁ?」
「そうです。そうです。くよくよ考えても始まりません。フォルス様にお仕えするのは楽しいですからね。この方ほど命を狙われている方も珍しいくらいでしてね。おかげで適度に刺激的な日々を送らせてもらっていますよ」
「前から思っていたんですが、クルツさんだったら、こそっと忍び込んでガーウィンも殺せるんじゃないですか?」
「レイ君。それは無理ですね。白銀軍の層はほんとうに厚いんですよ。彼らには戦闘部隊だけではなく、間諜部隊もありましてね。他にも経理や兵站など、しっかりとした組織ですよ。個人確認も、出身の家の情報を管理するほど徹底していますから、潜り込むのも難儀でしてね。それに白銀将軍は、剣の腕も相当の達人です。どうかしたらヘクター様とも渡り合えるくらいでしてね。それよりもレイ君、そういう考え方は良くないですね。災いを呼び込むことになりますからね。そういった思いは呪うのと同じようなものです。良くないです、良くないですよ。不幸なことですよ。人は幸せであるべきですからね。良くないです」
と、ふにゃふにゃ両手を動かしながら、独特の口調で滑舌よく早口に並べ立てる。クルツの言葉にレイは短く頷き、項垂れる。若者を見守る三人の男は、それぞれに視線を交わし、苦笑する。
このクルツと呼ばれた男、表向きはフォルス専属の書記官である。しかし裏の顔は間諜部隊とフォルスの護衛隊を統括する人物である。どこの出身か、正確なところはフォルス以外誰にもわからない。森が鬱蒼と茂る南方の小都市出身で父親は猟師だったという話であるが、それがでたらめであるということは、ヘクターも感づいている。真実は、彼は神聖教団から迫害されている漂泊の民である。漂泊の民とは、信仰する神の怒りに触れたために世界中を放浪しているといわれる民族である。彼らは独自の文化を形成し団結力が強い。クルツの情報網もそこにある。そして頑なで従順なその信仰と生活は、ときに驚異的な能力を発揮する。権力者達はその智恵と忍耐、才覚を恐れ、彼らをときに利用し、ときに迫害してきた。
フォルスの経済力、情報力の根源は、彼ら漂泊の民との交流によるところが大きい。フォルスにとって人種や宗教が違っても「人間は人間でしかない」に過ぎず、彼らを迫害する理由も必要性もない。彼らも同じ土地に暮らし、食事を共にする隣人である。それはフォルスにとっては大切な友であり、守るべき民でもあることを指す。だから協調し助け合う。これがフォルスの論理である。
この頃、ザルディン帝国領内では漂泊の民に対して指定された居住区でのみ生活を許可し、住まう以上は国教である、ディアコノス教への改宗を強制していた。各地域にある神聖教団の教会では、神の下での人類平等を謳いながら、異邦人への監視と、ときには迫害を指揮していた。
アルセニア王国も国教はディアコノス教であるが、神聖教団の異邦人に対する迫害を牽制する立場にある。それはアルセニアが西方の辺境と接しているため、多くの異邦人の血が混じっていることも関係している。現在のアルセニア王家、ロルツィング家は元々西方の守護とディアコノス教への教化を任務とし、神聖教団から派遣された諸侯が先祖であるが、現地民の利害を守ることが自家の利害を守り、独立を保てると判断。現在もその政策は続いているという次第である。結果として、この関係はうまくいっているが、現地民の団結を促し、ロルツィング家と密約を結ぶよう、漂泊の民が裏で動いたのではという見解は当時の歴史学者の間で一定の支持を得ていた。
フォルス自身はディアコノス教への信仰を持っており、教会に顔を出し、親しくしている司祭もいるが、神聖教団への信仰は無いという。むしろディアコノスの教えを守るのであれば、迫害は忌むべき、恥ずべき行動であると認識している。戦争も本来はすべきではないと思っている。しかし時代の奔流は容赦なく、フォルスを呑み込み戦場へと押し流してきた。




