十三節
「で。ヘンツェ卿、本題に入ろうではありませぬか。このままでは開戦の合図が始まってしまいますぞ」
「うむ、そうであったな。皆様方、マイヤー卿の仰る通り。これより議題に入ろうかと思う。議題は……如何にして我らが一致し、今回の戦役での利を得るか、についてとする」
「へ、ヘンツェ卿、そ、そうは仰っても、お、お言葉でございます、すが、い、一致とは程遠いげ、現状をでですな、如何に纏めるお、おつもりか」
ネッケの辿々しい言葉にシュタムラーは鼻をならし、ヘンツェは苦笑する。僚友が"また"恥をかいてはと、堪らずイーリーがネッケに何事かを囁いて口を開く。
「ネッケと同じです。先ほどの失態といい、団結とは程遠いのではないですか? それに、軍略についてはヘルシュタット卿に策もあるでしょう。我らが此処でいくら論じたところで、益になることも薄いのではと思いますが」
「ふん。イーリー、では貴公は、あのヘルシュタットの言いなりになり、兵どもを無駄に殺してよいと思っているのか。そうして得た手柄も、奴のものとなってしまうのだぞ? それでも構わぬのか。ワシはお断りだ。ヘンツェ卿、こうやって我らを呼び集めたからには、何かしらの策はおありなのでしょうな? 是非、その策を聞きたいものだが」
ネッケを嗤ったことの報復ともいえる、イーリーが指摘した"失態"の当事者であるシュタムラーは敵意を敏感に察知して反撃をする。こういったことには抜け目がない者とは、どこの世界にもいるものである。シュタムラーは、まさにそういった者であった。
「ははは。シュタムラー卿は気がはやいですなぁ。マイヤー卿、ベッシュ卿は何か策がおありですかな?――その問い掛けに二人は沈黙で答える――無いようでしたら、私の考えを述べさせていただこう。まず、皆様方の手元にヘルシュタット卿からの指示書は届いておられよう。その内容を要約するとこういうことになる。つまり、各人所有の兵力を五人を一隊とし、その隊を指示された数、指示された場所に配置すべし、ということでしてな。
まずはこのことに対してご意見は?」
「ヘルシュタット殿らしい、合理的な判断かと存ずる。我ら個々の指揮によってではなく、統一された組織体系により、全軍を手足の如く扱う、理想的な布陣かと思うが」
「なるほど。ベッシュ卿らしい、的確なお言葉感謝する。左様。理想的な布陣ですな。ヘルシュタット卿にとっては、だが。何も考えずに、この命令に従うとどうなるか。答えは自明。手柄と声望はヘルシュタット卿一人のものとなろう。こうあっては我らの顔が立たぬ。
我らの目的は二つ。一つはこの辺境に皇帝陛下の御威光を示し、蛮族共を傅かせること。もう一つは貴族議会の権威を高め、国政を円滑に運ぶことにある。そのためにはどうするか。それが問題でしてな」
「ヘンツェ卿、その問題の解も貴公が用意してあるのではないか? でなければ態々(わざわざ)我らを呼び集めもしまい。話し合う時間など、無いということは明白なのですから」
「マイヤー卿、さすがですな。左様。既に対策も考えてある、だがその前にもっと良い手はないものか、あるならば是非聞きたいと願うのも人情というもの。お許し願いたい」ヘンツェの言葉にマイヤーは微かに笑い返答とする。その様子に気分を害してはいないと確信したヘンツェは多の諸侯を見渡す。彼らも一様に次の言葉を待ち、沈黙をもって返した。
「良いようですな。では続けよう。ヘルシュタット卿の指示には、こうも書かれている。各人の護衛は各人が選抜した兵力によって固めるように、とな。これはつまり、ヘルシュタット卿の兵は我らを守るためには割かれないということになる。我らの兵を使いながらも、自分の身は自分で守れ、ということよ」
シュタムラーは顔をしかめ、ネッケとイーリー、マイヤーは無表情のまま。ヴィンクラーは「ふーん」といった様子で、ベッシュは気付かれぬよう顔色を消しつつ、ヘンツェに侮蔑の眼差しを向けていた。戦場で自分の身を守るのは当然のことである。それを任せるとしたガーウィンの言葉は至極真っ当なものであり、不義にあたるものでもなんでもない。ヘンツェほどの者であれば、そのことを理解していよう。それでいて、あえてそういう姑息な手を使うのか、という非難めいた感情を抱いた。
「そこで私は卑劣なる策に屈しないため、一つの対抗手段を考えた! それは最精鋭の軍を護衛とし、戦力を温存しつつ、機を見て私から号令を掛ける。その号令を受けたときに、皆様方の最精鋭の軍力を一つに集結させ、一気に敵を屠るという策よ! そうなれば、如何にヘルシュタット卿といえども、我らの勢いを止めることは相成らぬ。どうですかな? この策は」
熱を帯びたヘンツェの演説に、シュタムラー、ヴィンクラー、ネッケ、イーリーは歓声を挙げ、拍手した。それに合わせ、マイヤーとベッシュも疎らな拍手をする。拍手による満場一致を見て取ったヘンツェは手を振り笑みで皆を見渡す。
「では、これにて解散! 当方より皆様方の陣に伝令を付けておくゆえ、勿論目立たぬようにな。何かあった際はその者に連絡を言付けていただきたい。また、指示があった際は当方より伝えるゆえ、皆様方は安心してご自身の働きに専念していただきたい。よろしくお頼み申しましたぞ」
ヘンツェの号令を合図に、諸侯は自陣に戻っていった。同じ方向であるマイヤーとベッシュは馬を並べて談じるに、
「ヘンツェ殿の、あれは宮廷仕込みかね」
「さぁ。しかし彼の御仁の経歴をみますと、そうでありましょうな。戦場であれが何処まで通用するか、良い勉強の機会でしょう」
「ほぅ。そういう貴殿のも宮廷仕込みになるのかね?」
「はは。ワタシのは戦場仕込みですよ。宮廷事情には疎いものでしてね。宰相閣下に睨まれぬよう、立ち回るのが精一杯です」
「まったく。よく云うよ。で、貴殿はどちらの付くのだ?」
「そうきましたか。そうですねぇ。シュレーゼン、というのも一興ですね」
「しゅ、シュレーゼンだと! 貴殿は!」
「はは、戯れですよ。本気でそう思っていたら云いませんよ。わかるでしょう?」
そう答えたマイヤーの目はしかし、笑ってはいなかった。ベッシュはもしかしたら、この男が一番危険なのではと内心肝を冷やしながらも、隣の策士の戯れを笑って返すのだった。