十二節
ガーウィン達が談じている頃。一旦自陣へ到着した七諸侯は、その後ヘンツェの陣に集合していた。陣の主に招かれたためである。
「ほほ。皆様方、お集まりのようですな。此処にお集まり願ったのは他でもない。我ら七人がどう動くか、身の振り方について忌憚のない意見をいただきたいと思いましての」
「密談、ということですかな。ヘンツェ卿らしいですな。私は構わぬが、御大将がこれを知ったらどう説明するつもりですか? 『任せておけ』という言葉を一応信じはしましたが、まことに大丈夫でありましょうな」
「マイヤー殿の云うとおりだ。むしろ某は、こういった屋根裏を這い回る鼠のような真似自体に感心できぬがな」
「ぬははは! マイヤー卿にベッシュ卿、よいではないか。どうせあちらでも密談している頃であろうよ。ザルツァ卿はともかく、ヘルシュタット卿はそういうことにも長けておるようですしな。我らも一致団結して当たるべきかと思うぞ」
「シュタムラー。貴殿はすぐそうやって安易なことを口にする。先ほどヘルシュタット殿にやられたのがそんなに気にくわないのかね。貴殿の口ぶりからすると、我らの敵は正面よりも後ろにあるように聞こえますぞ」
「そ、そんなことはない! マイヤー卿こそ口を謹んでみたらどうだ。ワシは皇帝陛下の御為にだな――」
「ぷぷ……だっせ」
「ふん。そういえばこの場に相応しくない者が一人、紛れ込んでおるようだな」
「あぁん? 誰のことだよ? 俺か? てめぇは女子供かよ。さっきから喚き散らしやがって。煩いんだよ」
「ヴィンクラー! 貴様、云って良いことと悪いことがあるぞ! 先ほどの暴言といい、なんなんだ貴様は! 貴族としての自覚はあるのか。小僧めが」
「んだとこらぁ! 決闘で片着けるってんなら俺はいいぜ。此処にいる皆が立ち会い人たぁ豪勢じゃねぇか」
「ぬぬぅ。若造めが。ワシを見くびるのも大概にせいよ。その生意気な口を削いでくれるわ!」
「まぁまぁまぁまぁまぁ! お二方、それくらいにしときましょうよ。ほら、話進まないですよこれじゃあ」腰の剣に手を掛け、引き抜こうとする二人を前に、イーリーが言葉を掛ける。そしてネッケと二人でシュタムラーとヴィンクラーを取り押さえようと動いた。ベッシュとマイヤーは見慣れた光景だといわんばかりに呆れ顔を背け、ヘンツェは物珍しそうに眺める。ティツィアーノは腕を組んだまま火事場の見物でもしているといった表情で、各人は思い思いの反応をみせる。
「おほん。そのくらいにしては如何かな。これでは話が進まぬではないか」
ヘンツェは緊張感のない言葉でそう云うと、ティツィアーノに目配せをする。ティツィアーノは雇い主の合図を見逃さず、やれやれと戯けた素振りのあと、諍いを続けるヴィンクラーとシュタムラーに歩み寄っていく。
「あー、ヘンツェ様もああ仰せでございます。お二方、鎮まってはいただけませぬか」
「んだと? てめぇ、さっきから何調子こいてんだよ。手討ちにされても文句いえねぇ立場じゃねぇのか? 生意気なんだよ」
「おやおやおや。これは失礼いたしました。若殿様――と言い終わらぬうちにティツィアーノはヴィンクラーの背後にするりと回り込む。その動きは雨水が排水溝に音もなく滑り込む様に似ていた――ガキが。粋がってんじゃねぇぞ。その脈打つ血管にちょいと傷つければどうなるか、試してやろうか。んん? 止めて欲しければ泣いてみろよ、ほらほらほらほらほら」そう嘲りながら短刀を首筋に密着させ、蛇眼を細め嬉々として弄ぶ。その様子にヴィンクラー本人だけではなく、傍にいたシュタムラーさえも顔面蒼白となった。自分も傭兵隊長に文句を云おうとしたからである。
「こ……の野郎! ただで済むと思ってんのか――」生きた心地のしないヴィンクラーは、それでも殺せはしまいと心の底で抱いた確信に従う。
「ほんっと、ガキだな。無礼なのはあんただぜ。ヘンツェ様のが偉いの。わかる? 俺、その命令で動いてるだけ。耳と頭、あんよな? ここは戦場なんだぜ。あんま勝手やってると『名誉の戦死』しちゃうことになるぞ? なめんなよ」
云い終わるや首筋にあてた短刀に力を籠めていく。徐々に、力を籠めていると解るよう、ゆっくり、ゆっくりと死への予感を高めさせていく。短刀をみつめ、脱出しようと腕を動かす若者は、しかし巧みに身体を抑えつけられて身動きがとれない。そしてふと視線をヘンツェに向けると、ヘンツェは笑っていた。その笑顔はティツィアーノが反乱軍の女性兵士を陵辱し、命と精神を削るのを楽しむ様を見つめるときの、あの恍惚とした表情に似ていた。それがどういう意味か察したヴィンクラーは咄嗟に叫んでいた。
「わ、悪かった。俺が悪かった。ヘンツェ殿にも、文句はないんだ。シュタムラー殿も、す、済まない」
「あ、あぁ。ワシこそ、その……悪かった、な。ヘンツェ卿、貴公にも申し訳なんだ」
汗と共に搾り取られたその声に蛇は満足して拘束を解く。主はそれを見て満足と失望の入り交じった眼を若者に向けた。シュタムラーは隣でその様をみて自らも若者の苦痛に劣るものではあったが、同種のものを体験していた。ヘンツェとティツィアーノに対する恐怖は男達の理性に刻み込まれていった。