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ボルウェイの雫  作者: 風間 淡然
三章 戦端
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十一節

「とにかく、貴族議会への対策は今この場で論じても益無きこと。

 七諸侯について論じるならば、ネッケとイーリーは一人であれば半人前だが、二人で組めば三人前くらいになるゆえ侮れぬ。ヴィンクラーは物怖じしない強み、停滞を打破する爆発力がある。ヘンツェは自分というものをよく知っている。だからこそティツィアーノなどという輩を連れているのだろう。マイヤーも己の戦い方を心得ておるし、良くも悪くも知謀に抜きんでておる。ベッシュに至っては我らと同等の働きが期待できよう。

 問題はシュタムラーよ。把握している限り、奴がご自慢の戦績とやらは反乱軍の鎮圧や弱小勢力の制圧ばかりだ。それも内部分裂を催し、裏切り者を更に裏切るというような手法でな。まともに戦ったという記録はどこにもない。あの男がどこまでやれるのか、正直私にも読めぬ。今回もアルセニアに何らかの工作を仕掛けている可能性もあるが、その情報を当方に寄越すこともないであろう。勝手に判断し行動されても邪魔なだけよ」


「随分と辛辣しんらつな意見ですな。儂もシュタムラーは良く思っておらん。しかしいまの貴殿の態度は偏ってはおらぬかのぅ。あれはあれで使いようもあるというもの。それを生かすのが将たる者の務めぞ」


「これには理由があるのですよ、ザルツァ様。ヘルシュタット様にとって戦は芸術なのです。それを邪魔する者は何者であろうとも容赦しないでしょう。画家が絵筆に触れられた場合、どのような気持ちになるか。ということです。私もその……このことを呑み込むのには少々手間取りましたが」とアレイオスはやや声を潜めて柔和な表情でイーデンに事情を語り、「なんと。そういうことか……くふふ、ガーウィン殿も人の子であったか」とイーデンは相好を崩す。その遣り取りに対し当の本人は片眉をやや上げ溜息を漏らした。


「そういうことは本人のいないところで語るものだ。だが内容は外れておらぬかもな。それと年長者のご忠告、しかと留め置こうと思う。かたじけない。ついでに伺うが、イーデン殿ならば今回の初戦、どう攻めるか教示願いたい」


「儂であれば……そうよの。最も頑強な兵をもって先陣を務めさせ、初戦を獲りますな。その勢いを駆って敵を一気に揉み潰すか、または削り取るかといったところじゃの」


「赤竜軍、でございますか」と呟くアレイオスの声に父は視線を送り口元をニヤリと歪ませる。「いや。帝国正規軍だろう。皇帝陛下直属の軍に先陣の誉れを捧げるという形ならば、誰も文句はいえないからな」と、すかさずガーウィンが答える。その言葉にイーデンとアレイオスは顔を見合わせ驚き

の表情を認める。つまりイーデンは自らが先陣に相応しいと考えていたということである。


「なんとまぁ。お見事でございますな。儂もそこまでは予想できなんだわ」とイーデンの感嘆に対し「イーデン殿。まだ早いですぞ。問題はその軍を誰が指揮するか、ということになるのだからな。陛下からお預かりしたのは兵と下士官まで。彼らを指揮する者として派遣されたのが今回の七諸侯になる。つまり、彼らの誰かに指揮を任せるということになるのだ」ガーウィンは更にその一歩先の言葉を放つ。


「なんと。ならば同じではござらんか。結局七諸侯の誰かということになるのじゃからな。貴殿と儂の出番がないというだけの違いであろう」


「いいや、同じではないのだ。道筋が明らかに違う。同じ方向を向いていたとしても、その道は違う道なのだ。そして私が提示した道は、この戦の勝利と、その先に向けて明確に引かれた筋に沿うよう、考え抜いてある」と矢継ぎ早に言葉が飛び交う。


「うぅむ。戦のこと以外になるとさっぱりじゃわい。アレイオス、お主ガーウィン殿の考えがわかるか?」


「は。愚考しますに、七諸侯を纏めるならばヘンツェ卿。シュタムラー卿を孤立させ、意のままに操ろうとするならばシュタムラー卿に先陣を任せるというところでございましょうか。他の方々についてはくつわを着ける必要性がありませんから」


「ほう、アレイオスよ。できるようになったな。とりあえずその考えは合格点だ。だがまだ詰めが甘い。私の策は――」


 こうしてガーウィンの口から漏れ出た言葉は、イーデン、アレイオス、ゴルドスの想像を超えたものであった。そしてその答えから、なぜその選択になったかを三人は瞬時に悟る。悟らずにはいられない答えであったし、それはつまり七諸侯にとっても同じであろうということになる。


「その手があったか! むむむぅ、なんという策よ……」


「ヘルシュタット様、しかしそれはあまりにも――」


「構わぬ。イーデン殿と赤竜軍に脇を固めて貰う所存だ。万が一、討たれた場合、ふふふふ……戦場は大きく荒れ狂い、我らの勝利は盤石のものとなろうな。だがそういう勝ち方は狙っておらぬし、望んでもおらぬ。だからこそ、イーデン殿。貴殿に脇を固めていただきたいのだ。私がその役目を負った場合、どう見られるかはご存知であろう」


「――そうじゃな。他にあるまい。貴殿が出れば最早引き下がれぬことになり、事はこの戦場だけの問題では収まらなくなるわ。他の諸侯では分裂を招くことになろうしの。しかし、まことに、まことに恐ろしき御仁よ」


 このときアレイオスは感嘆と共に悔しさを感じていた。そして、まだまだ努力の必要があると心に誓う。同時に思う。兄ブランドルであれば、主の策を見抜けたのであろうかと。


 同じ頃、ガーウィンは心中で呟く。


「ブランドル、お前であれば、見抜けたであろうな。ブランドル……」

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