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ボルウェイの雫  作者: 風間 淡然
三章 戦端
13/25

十節

 ガーウィンの発する雷鳴に、シュタムラーは完全に打ち砕かれた。こうなっては他の諸侯も最早口を出す訳にはいかなくなった。その雷迅の言葉は並み居る諸侯を圧した。どう足掻いたところで今は勝てぬと悟ったシュタムラーはふんと鼻を鳴らし、案内の兵を小突いて陣を出る。ヘンツェとティツィアーノは顔を見合わせ、やれやれといった所作をつくると、ガーウィンに一礼して去った。去りゆくシュタムラーの後ろ姿に挑発的な身振りをしたあと、ガーウィンに舌を出しヴィンクラーもその場を後にする。怯えた様子のネッケとイーリーはともにガーウィンとイーデンそれぞれに礼をして案内に従う。残されたマイヤーとベッシュは暫くその場でガーウィンを見つめていたが、ガーウィンの頷く姿に催されたかのように、頷き返したあと陣を出て行った。


「ふはは、お見事でござった。一癖も二癖もある七諸侯を一喝で打ち負かしてしまいましたな。白銀の獅子という渾名、あながち大げさとも思えぬわ。お見事、お見事」


「イーデン殿、貴公まで何を仰るか。私は当然の筋を通したまでのこと。しかしシュタムラーは面倒な男よ。あの男は監視を怠らず、手綱を握っておかねば軍規を乱す恐れがある」


「ヘルシュタット様。それならばティツィアーノも要注意でございます。ヘンツェ卿の動きも気になります。蛇眼はいわば、蜥蜴の尻尾。頃合いを見て切り捨てることは容易に想像できます。問題は、その頃合いは何時になるかということ。ヘルシュタット様の声望を地に落とす機会があらば、彼らは間違いなく動くでしょう」


「ふむ。それは貴族議会が裏で糸を引いているということか? それならばシュタムラーも議会の犬じゃしな。ネッケとイーリーも飼われておる。あの二人はまぁ、恐れるに値しないと思うが。ガーウィン殿、何か思うところはおありか?」


「こちらも網は張っておるが、特にこれといった影も掴めていないのが実情だ。それよりも不気味なのがマイヤーよ。あの男、常にどっちつかずでいるが、ここぞというときには抜け目なく利を得ているからな。尻尾は掴めていないが恐らく裏で貴族議会とも相当な繋がりを持っているはずだ。ああいう男は危険に晒し、身を守らずを得ないように仕向けることが肝要。しかし思わぬところに毒があるとも限らぬから気は抜けぬ。他の者については心配ないだろう。そしてティツィアーノについては、アレイオスのいうように切り捨ての駒であろうな。ならば使いどころをヘンツェに選ばせぬようにするまでのこと。私が選ぶ。奴にとっては本当の捨て駒というわけよ」


「相変わらずガーウィン殿は恐ろしい男よの。ならば最も警戒すべきはマイヤーじゃな。確かに奴は危険かも知れぬ。儂にとっては何があったという訳でもないのだが、肌で感じる寒気のようなものがある。だが、だからこそ我らにとっても奴の知略は重要な切り札となろうもの。ベッシュは儂と同類で戦しか頭にないだろうし、坊やについては……のぅ」


「ふふ。ヴィンクラーはそうだな。それ以前に社会というものを知ってもらわねばならぬな。だが、あの若さ。あれは何よりの才よ。皆が持ち合わせているが、時と共に喪われてゆくあの無謀さ。それが良い。イーデン殿、躾は頼みましたぞ」


「ぬはははは! 何を云われるか。この老体には荷が勝ちすぎるというものよ。そういうものは大将たる貴殿が背中で見せれば良いこと。心配は要らぬよ」


「ふ……、イーデン殿には頭が上がらぬわ。しかし、背中で教えるというのならば、貴殿も同じこと。お互いに迂闊なことは出来ませぬな」


 ガーウィンの言葉にイーデンは笑い声で返し「反面教師というものもありますがなぁ」と更に笑う。老雄の流れるような智恵に感服しながらも、その笑いをガーウィンは共に楽しんだ。釣られて笑うアレイオスであったが、顎をぐっと引き締め、声を絞り出すには。


「しかしお二方。貴族議会がこのまま何も干渉してこないのは考えにくくございます。必ず、何らかの手を隠し持っているとみたほうが宜しいかと。貴族議会議長レンバッハ宰相閣下がヘルシュタット様の大功を良しとは思わぬでしょうから」


「あの老いぼれか! ガキの頃からヤツはいけすかなんだわ。昔虐められて泣いておったのを助けてやった恩を忘れ、ちびちびと小細工ばかりしよる! いっそのこと馬上試合で勝負をつけることができたならばどれだけ胸の晴れることか!」


「ザルツァ様、その話はいまは関係ないものかと――」


「戯けが! 貴様もザルツァであろうが! まったく、生真面目な男になったものよ。誰に似たのやらのぅ」


 息子の言葉に対する父となって反論するイーデンはふと傍らのガーウィンをちらりと見る。その表情を察し「何か?」と口の中で問い掛けるガーウィンであったが、イーデンは溜息で返答した。


「レンバッハ卿については、ここではどうしようもないこと。あの御仁にも宰相としての職責もあろうしな。今回の遠征において貴族議会の代表格はヘンツェであろう。他は補助や連絡係といったものだとみている。連中には適当に甘い汁を与えつつ、苦い汁も与えるつもりでいる。無駄な怒りを誘わない程度にな」


「流石、抜け目ないことよのぅ。そっちの戦いはどうも苦手じゃ。儂を相手にするときがあるならばお手柔らかに頼みたいものよの」


「イーデン殿は湿っぽい策謀など好まれぬであろう。貴殿とやりあうならば槍にて決しよう。それが友への礼というものだと心得ているつもりだ」


「ははは! それは有り難い。ガーウィン殿、儂も良き友であろうぞ――それにしてもアレイオス、貴様の主はほんとうに生真面目よの」


 イーデンは呵々大笑しながらガーウィンへの友情を確かめたあと、小声で息子に語りかけた。アレイオスはいつもの冷静な表情を崩し、父に笑いかけることで答えとした。

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