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ボルウェイの雫  作者: 風間 淡然
三章 戦端
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九節

「お二方、あまりよい趣味とはいえませぬな。いたずらに恐怖を振りまいていては、いずれ足下を掬われますぞ。汚れ役は下賤の者に任せるとしても、です」


「左様。民草といえば、いずれ我が帝国の臣民となる者達。あまり惨いことをするものではないでしょう」


「しかしよ、ありゃあ見物でしたぜ。どうせ幾ら殺したところで羽虫のように湧いて出てくる連中だ。ちょっときつめに仕置きしたほうが良いと思うんですがね」


 シュタムラーの後に続いて現れた三者はそれぞれに口を開き前に進み出る。順にアブラハム・マイヤー、アーダベルト・ベッシュ、ホラント・ヴィンクラーである。マイヤーは帝国軍少将で爵位は子爵。白髪混じりの痩身を白絹の長衣で包み、そのうえに胸甲を纏っている。ベッシュは帝国軍中将、爵位は男爵。イーデンには僅かに見劣りするものの、見事な巨漢である。鋼を連想する肉体の厚みは人に抜きんでており、その肉体を誇示するかのように、身体の主要な部分のみを鉄板で覆い、他の箇所は鉄輪状の鎧を僅かに纏う。ヴィンクラーは帝国軍少将、爵位は伯爵。まだ少年の幼さが残る顔立ちの若者で、細い肉体は瑞々しい香りを放つ。端正な顔立ちは高貴な生まれの証明のようであった。鎧はその体格に見事に合う、動きやすい甲冑を身に纏う。


「マイヤー殿、ベッシュ殿、ヴィンクラー。よくぞいらっしゃった。それとシュタムラー殿も。ということは、残りお二方もおられるのか?」


 ガーウィンの言葉を待ちかねていたように、背後から二人の男が顔を出す。いくぶん、ふくよかな体型のほうがエルンスト・ネッケ。左足を引きずりながら現れたのはリヒャルト・イーリーである。ともに帝国軍少将であり、爵位は男爵である。歳が近いこと、所領が近隣ということもあり、このふたりはよく連れ立っていた。


「ヘルシュタット卿、ザルツァ卿、お、お久しぶりで御座います。ネッケとイーリー、ただいま、ちゃ、着陣いたしました」「ネッケ、いいから。その、ヘルシュタット卿。ご挨拶遅れて申し訳ありません。リュクセン以来ですなぁ。今回こそは、あの狐めを――」


「うむ。久しいな。ネッケ殿もイーリー殿も元気そうでなによりだ。此度の戦も、宜しく頼む」


 ガーウィンの言葉にネッケとイーリーは「はっ」と畏まり敬礼を返す。猫背と蟹股の二人が持つ独特のおかしさにイーデンは微かに笑う。ガーウィンは真顔のまま、答礼を返し傍らのイーデンを見る。その視線に促されたイーデンが口を開いた。


「ふむ……。漸く揃ったようだの。七人の諸侯達、七諸侯とでも呼ぶかの。長旅ご苦労であった。皇帝陛下の御為、犬馬の労も厭わぬ働きを期待しておるぞ」


「ザルツァ卿、いくらなんでも『七諸侯』などという、その物言いはどうかと思うがねぇ。ワシはともかく、名家のヘンツェ卿を片輪や小僧と一緒に扱うのは、いくら皇帝恩顧の宿老といえども無礼ではありませんかねぇ」


 イーデンの言葉に異を唱えたシュタムラーの言葉に、混沌としつつあった空気が一気に燃え上がった。


「誰が小僧だ! このデブが! 表へ出ろ! ぶっ殺してやる!」「片輪とは私のことですかな? 僭越ながら、この足は陛下をお守りするために捧げたもの。いわば陛下のもの。それを侮辱するとは皇帝陛下のご威光を――」「うひゃひゃ! 面白いねぇ、おい。お偉い貴族様も俺らと同じだな」「ややや、ここはまず抑えて、抑えて」「これだから教養のない者は困るのだ」「まぁ、仮にも戦友になろうってんだ。その物言いはないでしょう」「敬意を払っていただくのは嬉しいですが、ザルツァ翁のお言葉ですからな。まぁ、構いませんよ」


 諸侯と傭兵は口々に感情を口から吐き出す。そのせいで場は騒然となり、声は音としての意味しかなさなくなった。その醜態を目の当たりにしたイーデンは俯きこめかみを抑えて唸る。ゴルドスは口を開けて呆けた様子で立ち尽くす。冷静さを保つアレイオスは主の顔を見遣る。そして氷の面のような主の顔の口元がニヤリと歪むのを垣間見た直後。


「黙れ! 貴公ら恥を知れ! 私が陛下より本軍の全権を委任されているのは存じておろうな? あまり度が過ぎれば相応の沙汰があるということを忘れないでいただきたい。この場で挨拶は終わりだ。先ずは各々の配置へ就かれよ。当方より案内の者を用意してある。指示については追って伝達する故、先ずは軍旅の疲れを癒されるがよかろう」


「ヘルシュタット卿。いくら貴方様の立場とはいえ、そのような仰り方はないのではないか。ワシらはこうして遠路はるばる助けにきたのだ。失礼ながらこのアンゼルム・シュタムラー、黙ってはおりませぬぞ。ワシがどれほどの者か、その軍歴を貴方様も耳にしたことがおありかと存じるが」


 実際に言葉を交わすのは今回が初めてであったガーウィンとシュタムラーであったが、シュタムラーはガーウィンという人間の恐ろしさをまだ知らなかった。だからこそ、主導権を握ろうと声を張り上げ恫喝に出た。こういった駆け引きはシュタムラーが得意とするものであった。


「ほう、シュタムラー殿。よくも滑らかな舌をお持ちよな。戦は槍でするものと心得ておったが、どうも違うらしい。そんなにご自身の軍略にご自信がおありならば、先陣の名誉を授けようではないか。そして貴公の輝かしい軍歴とやらを証明していただくというのも悪くはない」


「む。それは、その……先陣の名誉は他の方々もご希望のはず。ワシが賜るというのも……」


「ちょ! そうだ、そうだ! 俺もウズウズしてんですよ! こんな、こんな、なんだ。まぁ、こんなヤツにゃ譲れませんぜ」


 ガーウィンの皮肉めいた言葉に対し狼狽えるシュタムラーと、違う意味で焦るヴィンクラー。先陣の誉れを心密かに狙うイーデン、ベッシュらであったが、ガーウィンが牽制のためにその言葉を口にしたことを理解していた。だからこそガーウィンの掣肘に心中喝采し、ヴィンクラーの若さに口元が綻んだ。そんなヴィンクラー本人はガーウィンの一睨みで口を閉ざすこととなるのだった。


「さて。同じことを二度言わせないでいただきたい。アルセニア攻略の策は既に用意してある。各々の役割も当方で決めてある。その範囲内であれば如何ようにも手柄を立てて構わぬし、不名誉な行為に走らぬ限り、当然の権利の行使も認めよう。それでは不服というのなら、帝都にご帰還願っても結構。但し、敵前逃亡のそしりは免れ得ぬがな。返答は如何に」

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