~4~ 新しいスタート
数日後、私達は予定通りメディカス国でお兄様の薬を手に入れた。
目星をつけていた街が想像以上に人も雰囲気もよく、私達はすっかりこの場所が気に入ってしまった。
冒険者・薬師・魔法のギルドもあったので、当面の収入には困らなそうだ。
露店もレストランも、種類が豊富で、見慣れた食事もあれば、聞いたことのない食べ物も売っていて、一仕事終えたら食べ歩くのが日課になりつつあった。
食べ物以外でも、見たことのない品々がたくさん売っていて、本当に歩きまわるだけで楽しい。
今まで働いていてばかりだったから、こんなにのんびりと過ごせたのは、いつぶりだろう?
ギルドやお兄様の薬を手に入れた薬局を中心に知り合いが増えてきたころ、私たちは家を購入することにした。
見晴らしの良い丘の上に見つけた、赤い扉の素敵な家。
以前住んでいた屋敷に比べれば小さいけれど、住みやすくて居心地のいい家だった。
家が決まると、薬局から薬師の仕事をしないか?と打診された。
お兄様も、商家の家庭教師として働かないか、とお医者さん経由でスカウトされていた。
給与も待遇も良いので、もう少しのんびり生活を堪能してから始めてみようと思う。
薬師として働き始めた頃、突然お父様がやってきた。
お父様「ジューリアーーーー!!!エリオットォォー!!!会いたかったよーーー!!」
会うなり、おいおい泣きながら私たちをギュッと抱きしめてくれた。
お父様「おまえ達以上に大事な物なんて無いんだ。」
それ以上の説明はせず、お父様はその日から一緒に住むことになった。
お兄様によると、子爵を引退し、財産も投げ打って、私達を追いかけてきてくれたそうだ。
お父様が私たちを愛してくれていたのは知っていたけれど、立場もあり王国を捨てることは出来ないだろうと思っていたので、本当に嬉しかった。
久しぶりに3人で食べたご飯は、とても美味しかった。
お父様から、私達が去った後の王国の近況も聞けた。
マルス氏は取り調べ後、極刑が決まったそうだ。
実は、マルスは20年前に王国と戦争していたスペキュラ王国のスパイだったそうだ。
連続多発少女失踪事件を皮切りに、国内の情勢を揺さぶりにかけていたのだとか。
捕まりそうだと悟ったマルス氏は、少しでも爪痕を残そうして、私達兄弟の失脚を画策したそうだ。
そんなマルスから賄賂を受け取っていた上院議員は少なくなく、今回の件で引退を余儀なくされた者も多いんだとか。
魔法隊では防衛水晶の維持に苦労していて、魔力供給を優先するために魔物討伐に魔法隊員を割けていないそうだ。
その結果、魔物討伐はかなり苦戦していて、毎回負傷者がたくさん出ているそうだ。
身分の後ろ盾がない騎士は、負傷したら路頭に迷うしかない。
そんな世知辛い事情もあり、騎士団を退職する者も続出しているとか。
アントン第一王子は「ジュリア嬢以上のご令嬢はいない。新しい婚約者はいらない。」と、生涯独身を宣言したそうだ。
王妃は療養中にこれを聞き、泡を吹いて倒れてしまったそうだ。
どうやらマルス氏と王妃は深い仲になっていたらしく、そのショックもあったようだ。
たしかに暗示魔法は、本人の気持ちが全く無いことをさせることは出来ない。
少なからず私あるいはフォーティス家の失脚を望んでいたところを利用されてしまった、と考えるのが自然だ。
今後は、病状を建前とした幽閉処分になることが秘密裏に決まったそうだ。
王国内では、もうしばらくゴタゴタが続くだろう。
お父様が来てくれてから一ヶ月後、アントン第一王子がお忍びでお兄さまに会いにきた。
ものすごく疲れたので、詳細は割愛するけれど、お兄さまに恋をしているようだった。
そして、その更に一週間後。
騎士団を退職したレオが私の職場にやってきた。
「魔法ギルドで、ここに来ればおまえに会えると聞いたんだ。」
そう言って、ニカッと笑ってくれた。
懐かしい笑顔に、私はすごくホッとした。
同時に、高揚感に包まれた。
「レオ!!久しぶり!!!!」
気づいたら、私はカウンターから出てレオに抱きついた。
レオはよろけることなく片手で私を受け止めると、私の髪に顔を埋めた。
「会いたかった・・・。」
私が腕をほどくと、レオは後ろに隠していた花束を差し出した。
「なんで花束。。。?」
「俺、騎士団を退職してきた。さっき冒険者ギルドで雇ってもらうことも決まった。」
「おー、おめでとう!レオもここで暮らすんだね。でも退職も就職もしたなら、花束をあげるのは私じゃない?」
「ジュリア、あ、呼び捨てでもいいのかな?この国で俺たちに身分の差はないもんな。。。あのな、おまえは以前とは違って女として暮らせているし、これからは恋愛だって出来るはずだ。だから、俺はおまえに自分の気持ちを伝えに来た。」
まわりから「きゃーーー!」という声が聞こえた気がする。
顔に血が一気に上るのを感じた。
耳の奥で、ドキンドキンと自分の鼓動が聞こえる。
「一緒に戦っていた頃、ずっと隣にいられれば良いと思っていた。おまえの魔法剣士としての強さに惹かれていたし、心の強さを尊敬していた。頼れる最高のパートナーだった。でも、いなくなって、初めて自分の気持ちに気づいたんだ。俺はおまえがずっと好きだったんだ。戦場のパートナーとしてではなく、生涯のパートナーとして。」
「しょうがいの、ぱーとなー。」
「今は、まだそんなことを考える余裕はないかもしれない。色々あったし、まだ新しい生活も始まったばかりだ。だから、俺はただ伝えたかっただけなんだ。俺は、おまえのことを女性として好きだ。返事は今すぐにしなくていい。俺たちは戦場のパートナーとして一生過ごすはずだったんだ。それ以上が望めること自体が奇跡なんだ。どんな返事であっても、俺は待ってる。」
「じょせいとして。」
「ああ。もしお前が俺とそういう関係を望まなくても、それでも、いい。俺は、おまえとおまえの大事なものをずっと守り続ける騎士になる。そう決めてきたんだ。」
「レオ・・・。」
「もちろん、いい返事をもらえたなら俺は世界一幸せな男になると思う。俺は、おまえを養うくらいの蓄えはあるし、家庭をもてるような安全な仕事も見つけた。一生、大事にする。」
「せ、せかいいちしあわせ。」
「うん、だから、まぁ、ゆっくり考えてみてくれよ。あと、何か困ったことがあったら、俺にも頼ってくれ。絶対、力になるから。俺は、しばらくのあいだ赤い馬車亭に泊まっている。いなければ、おそらく冒険者ギルドにいる。もし話したくなったら、そこに来てくれ。今日は、それだけ伝えに来たんだ。仕事中、悪かったな。元気そうでよかった。」
そう言い残すと、レオは立ち去ろうとした。
「あ・・、待って、レオ!あの、私、あと15分で仕事が終わるの。待っていてくれる?」
振り向いたレオの顔に、少しずつ笑顔が広がった。
「おう!」
私たちの新しい生活は、スタートを切ったばかり。
まずは、たくさん話すところから始めよう。