~2~ 貴族牢は快適だった
初めての牢屋で過ごす晩は、お兄様と交代で寝た。
もちろん衛兵が監視しているが、こういう場所では何が起きるか分からない。
用心しておいたほうがよい、というのが私とお兄様の見解だった。
とはいうものの、私達の待遇は思っていたより良かった。
牢の中は暖かくて、衛兵が追加で持ってきてくれた布団もふかふか!
食事も温かくて美味しかった。
(城で食べる食事は毒味役が味見するからか、大抵冷たい。)
支給されたお洋服は、可愛いし着心地が良くて動きやすい。
窓から見える景色は、街を一望できた。
食事と同時に本も差し入れされたので、久しぶりにゆっくり大好きな小説を読めた。
まさかのティータイムとお菓子まで出てきた。
お兄様が隣の牢にいるので、話し合って時間を過ごせるのも良かった。
貴族牢は、人によっては発狂する場所だと聞いていたので、おそらく異例の待遇なのだろう。
もしかしたら、私もエリオットお兄様も城内で名がそこそこ知られていて、国の防衛に貢献してきたからかもしれない。
エリオットお兄様は、ジュリアとしてアントン第一王子を刺客から何度も守ってきた。
婚約者としてだけではなく、護衛として重宝されてきたことを近衛兵や一部の衛兵なら知っている。
私も魔物討伐で何度も実績を残してきた。
国の防衛基礎となる城内地下にある巨大水晶(通称、防衛水晶)に膨大な魔力を注ぐ役割も担っていたので、城内で働いている人達にも顔見知りが何人もいる。
魔力供給が疲れることを知って、お菓子を差し入れてくれるキッチンスタッフもいた。
私達は、悪いことをしたくて入れ替わっていたわけではない。
それを理解してもらえているのかもしれない。
そんな待遇の良さもあり、私達は情報が入るまで大人しくしていることにした。
入れ替わりがバレてしまった今、私達兄弟にとって一番都合が良いのは国外追放だ。
それ以上の極刑は、戦闘を意味するので避けたい。
国外追放という未来を獲得するためにも、今はあまり悪目立ちすることをして心証を損ねないほうが良い。
国外追放になった場合の生活も、考えてある。
まず、兄の病を治す画期的な薬が開発された隣のメディカス国に向かう。
定期的に薬を摂取する必要があるから、少なくとも一年は滞在することになる。
追っ手があるようなら、一年の滞在後、さらに東へと向かう。
いずれにしても、魔法を駆使した護衛仕事や薬作りで生活していく手はずが整えてある。
二人とも、いつ国外追放になってしまっても良いように、ある程度の資産を宝石に換金しアイテムボックスに入れてある。
なんなら、今回の一件は良いタイミングだったかもしれない。
というのも、治癒魔法に頼りすぎている我が王国では医療の発達が遅れていて、兄の持病を治す薬が開発される見込みはない。
他国の薬の認可にも力を入れていないため、メディカス国の薬を公式に輸入するとしたら少なくとも10年はかかるだろう。
一番早く手に入れる方法は、お兄様が隣国の医者にかかり、直接処方してもらうこと。
でも、これまでは魔法隊副隊長と第一王子の婚約者という立場上、正当な理由なく国を行き来することは出来なかった。
隣国の医者を迎え入れることも考えたけれど、手続きが煩雑すぎて数年はかかる見込みだった。
国外追放となれば、一年以内に薬を手に入れることが出来る。
天は私達に味方しているのかもしれない。
それにしても、今回の王妃様の行動は意外だった。
エリオットお兄様も驚いていた。
普段の王妃は堅実な人として知られている。
それなのに、証拠も不十分な状態で私達に処罰をくだしたがっていた。
昨夜、暗殺者が送り込まれなかったことから、今のところ殺す意思はなさそうだけれど、何らかの理由で貴族牢の中か、国外にいてくれたほうが都合が良いのだろう。
それも含めて考えると、今は貴族牢で大人しくしている方が良さそうだ。
ガシャンガシャンガシャンガシャン
そろそろ衛兵交代の時間なのだろうか。
やけに衛兵の靴音が耳につく。
ああ、そうか。
いつもなら、この靴音は魔法隊の隊長と騎士団の団長が近づいていることを意味する。
お二人とも悪い方ではないのだが、たいてい断れない厄介ごとを持ち込まれる。
しかも指示がざっくりしすぎているのだ。
だから、この音を聞くとちょっぴり逃げ出したくなるんだ。
ジュリア「スーーー、ハァ。」
私は思わず、いつもと同じように深呼吸して心を整えようとした。
レオ「よお、とらわれの身にしてはリラックスできてそうだな。」
目を開けると、ヘルメットを片手に持ったレオがニカッと笑っていながら立っていた。
ジュリア「・・・レオ!」
レオ「こんにちは。えりお、、いやジュリア嬢?とエリオット殿、ですかね。普段エリオットと呼びすてにしていたから、こそばゆいな。すみません、これからお二人をどうお呼びしたら良いですか?」
ジュリア「ジュリアで良いわよ。」
エリオット「こんにちは。いくら仲が良いとは言え、未婚だから呼び捨ては良くないよ。ジュリア嬢にしておけ。僕はエリオットで構わない。敬語もいらないよ。妹から色々聞いている。妹がいつも世話になっていた。」
レオ「いえ、こちらこそ妹さんにはいつもお世話になっておりました。あ、敬語はいらないのか。すみません、貴族の作法は不慣れなので助かります。」
ジュリア「それで、今日はどうしたの?」
レオ「どうしたも何も、今大騒ぎになってるぞ。俺がどれだけ大変だったか。。。」
ジュリア「あー、、、ごめんね。」
レオ「おう。。色々言いたいことはあるが、起きてしまったことはしょうがない、、よな。まずは、魔法隊の隊長からの伝言。おまえ、次の魔物討伐どうすんだよー!!!だ、そうだ。」
エリオット「え、それを考えるの隊長の仕事じゃないの?」
ジュリア「あー。。。騎士団もそうだと思うんだけど、隊長や団長クラスの人は対外的な調整や体裁に関わる仕事を担うことが多くて、現場の調整や指揮は副隊長や補佐クラスが行ってるんだよね。」
エリオット「丸投げってこと?」
ジュリア「まぁ、そういう表現もできるね。。そのかわり表彰されるのは副隊長や補佐が多いでしょう?」
エリオット「たしかにね。。。ジュリア、頑張ってたんだね。」
レオ「遮るようですみません。それで、おまえ誰か後任を育てていたか?」
ジュリア「うーん。申し訳ないんだけど、私と同じように魔法剣士として前線に立てる人はいないよ。20年くらい猛特訓したらキースが魔法剣士と名乗れるかもしれないくらいだね。だから今後は、違う戦略で戦うしかないと思う。たとえばヴィクターは攻撃魔法が得意だから、遠方から初手で仕掛けて、魔物にできるだけダメージを与えたり目潰しを狙うのはどうかな。その後は、騎士が主体で戦って、魔法隊は後方支援に徹する、とかね。」
レオ「やっぱりフォーメーションを変えるしかないよな。。これは訓練し直したほうがよさそうだな。」
ジュリア「うん、ごめんね。」
レオ「いや、しょうがないよ。おまえは100年に一度の人材だと言われていたからな。今まで楽させてもらったんだろう。他に引き継ぎが必要なことはあるか?」
ジュリア「もう一つ、一番大事なのは防衛水晶への魔力供給だね。先日の表彰式の前に私がしておいたから、しばらくは供給しなくても大丈夫。でも一ヶ月後くらいから定期的に供給開始したほうが良いと思う。魔力供給は、魔力を登録した人にしか出来ないんだけど、私以外に二人の魔法隊員の魔力を登録してある。おそらくその二人が専任で供給しても魔力量が足りないから、回復薬を飲みながら頑張るか、人数を増やすしかないと思う。セキュリティ上、供給者の名前は言えないから、隊長に2人いることだけ伝えてもらえれば良いと思う。」
レオ「おまえ、それも担当してたのか?魔力供給って、すごい疲れるって話じゃないか。エリオット、、じゃなくてジュリア嬢がいない魔法隊は、てんやわんやになりそうだな。。」
ジュリア「他の細々とした仕事は何とかなると思う。書類関係は秘書さんに聞けば分かるだろうし、仕事部屋にある机の一番下の大きな引き出しに引き継ぎ資料が入ってるから、それを見るようにって伝えて。」
レオ「準備良いな。」
ジュリア「まぁ、いつこうなっても良いように出来ることはしてあっただけだよ。」
レオ「なるほど。。。」
エリオット「ねぇ、君は、僕たちの入れ替わりを知って、あまり驚いてないの?」
レオ「え?あ、いえ、俺はエリオット・・ジュリア嬢が女性だということは気づいていたので、何らかの事情があるとは思ってました。でも、ご兄弟が入れ替わっているとは思っていなかったので、それはビックリしてます。」
エリオット「へー!君も気づいていたの?ちょっとジュリアー、大丈夫?ちょっと詰めが甘かったんじゃないのー?」
ジュリア「えっ、そんなつもりは・・!」
レオ「俺以外は、誰も気づいていないと思います。戦場のパートナーとして、何度もぶつかり合う中で感じた小さな違和感を総合して気づいただけですから。男として、そうだと良いなと思っていたところもありましたので。」
エリオット「へぇ?」
レオ「あ、変な意味はないですよ。エリオットは・・ジュリア嬢は、素早くしなやかで、舞っているようなのに的確に相手にダメージを与える剣士です。魔法を身にまとって剣を構える姿は、騎士として惚れ惚れする佇まいでした。剣を振る姿の美しさに、エリオットが女だったら!と思う者は、少なくありませんでしたよ。」
エリオット「へーーーー。。。。。。。。なるほどね。。それで、外の様子はどう?」
なんだか部屋が少し寒くなった気がした。
レオ「あっ、はい、先程もお伝えしたとおり大騒ぎです。本件について、上院議会が長時間にわたって開催されていますが、結論はいまだに出ないようです。」
カシャッと音を立てて、レオが膝を床に着いた。
レオ「ここだけの話ですが。。」
ジュリア「あ、ちょっと待って。【サイレント】」
レオ「え、今のは防音魔法?」
ジュリア「うん。もう何を話しても大丈夫だよ。私達三人しか聞こえない。」
レオ「お、おまえ、なんで魔法使えるんだよ?貴族牢では魔力を吸われるから、魔法は使えないし、魔力供給しているようなものだから体もきついって話じゃないのか・・・?」
ジュリア「うん、一応そういう設計なんだけど、私は人より魔力が多いからか今のところ平気なんだよね。大がかりな魔法は使えないけど、これくらいなら使える。」
エリオット「僕は体が重いよ。魔法も使えないし。ジュリアが特殊なんだよ。」
レオ「・・・なるほど?」
ジュリア「で、何を言おうとしていたの?」
レオ「あ、はい。お二人は国外追放になる可能性が高いです。詐称は重い罪ですが、兄弟間で行っていたので階級を超えることはありませんでしたし、国の損益の観点から考えるとお二人の行動は貢献度のほうが高いという意見が有力です。また、王妃が話していたジュリア嬢の罪に関する証拠が見つからないため、罪状を破棄し情状酌量の余地があると考える議員も多いです。」
ジュリア「うんうん、計画通りだね!」
エリオット「・・・なにか処罰が決まらない理由があるのかな?」
レオ「あ、はい。あの、おふたりにとって聞くのは辛いかもしれないのですが、王妃が極刑を望まれているそうです。」
エリオット「なるほどねー。」
レオ「はい。。ですが、今回の王妃の行動は不可解です。なので、近衛隊と騎士団が秘密裏に王妃の身辺調査を始めました。」
ジュリア「そうなんだ。。。」
レオ「うん。それもあって今日俺は会いに来たんだ。もし上院議会で話が進まなければ、王妃が強引にことを進めようとするかもしれない。たとえばジュリア嬢の罪を証明する工作をしたり、口封じをしようとするものも出てくるかもしれない。王妃がそんなことをする人だと思いたくないけれど、君に何かあってからじゃ遅いんだ。用心してほしい。」
レオは、片手を私の手に置き、真剣な目で見つめてきた。
ジュリア「わかった。。。ありがとう。」
レオ「魔法を使えると分かった今、だいぶ安心したけどな。」
レオがニカッと笑った。
エリオット「オッホン!期間は決まっているの?」
レオがパッと私の手を離した。
レオ「3日間です。上院議会が結論を出す期限です。」
ジュリア「3日。」
レオは、私とお兄様を見比べながら、2人の牢屋の間にあるタイルを指さした。
レオ「お二人が大変お強いことは分かっているつもりです。ですが、もし万が一、何か困ったときは、このタイルを5回ノックして下さい。」
エリオット「ノックだけで良いの?」
レオ「はい。このタイルの下は空洞になっていて、振動音が衛兵待機所に筒抜けになるように設計されています。万が一、脱獄があった場合にいち早く察知できる仕組みなんです。今、騎士団も衛兵待機所に常駐しているので、合図を聞いたらすぐに駆けつけます。」
ジュリア「えー、そんな仕掛けがあるんだ。知らなかった。」
エリオット「わかった、ありがとう。」
レオ「いえ、また来ます。お二人とも、気をつけて。」
エリオット「ジュリア、魔法解除を。」
ジュリア「【解除】。ありがとう。またね。」
ガシャンガシャンガシャン
レオが遠ざかったのを見計らって、私はまた防音魔法を唱えた。
ジュリア「【サイレント】」
エリオット「どう思う?」
ジュリア「魔力はレオのものだったから、レオ本人で間違いないよ。でも魔力の色が安定していなかったから、感情が揺さぶられていたのかも。だから情報が正しいかとか、そういうのは分からなかった。」
エリオット「そっか。ありがとう。僕は、あいつを信頼できると思うよ。」
ジュリア「なんで?」
エリオット「うーん、男の勘・・・かなw。あとは、差し入れされてる情報と一致していたからね。」
ジュリア「え?お兄様、情報差し入れされてるの?」
エリオット「うん。僕の小鳥ちゃん達が良い仕事をしてくれていてね。食事や本と一緒に来てたり、いろいろね。」
ジュリア「そうなの?小鳥ちゃん?お兄さまは、他に何を知っているの?」
エリオット「うーん、色々知ってるけど、お父様も元気だよ。」
ジュリア「あー、その言い方!それ以上教えてくださる気はないのね。でも、お父様が元気で良かった。。。」
エリオット「さすが我が妹、よく分かってるね。あとで面会に来てくださるようだよ。」
ジュリア「本当に?それは楽しみだわ!」
エリオット「うん。そうだね。」
その後、お兄さまの言ったとおり、お父様が面会に来てくださった。
でも、お父様も幽閉されている身なので会話は許されず、お互いの顔を見て元気なことを確かめられただけだった。
それでも、私はお父様の元気そうな顔を見れて安心した。
その後、私は暇になったので、頭を整理していた。
私達の罪状は二つ。
確定しているのが詐称罪。
もう一つ、王妃はなんと言っていただろうか。
魔女疑惑と春を売る・・だったかな?
ジュリア「【サイレント】ねえ、お兄様。王妃は何とおっしゃってましたっけ?魔女疑惑と春を売る事業、、でしたっけ?魔女疑惑は、我々が代々強力な魔法使いだから仕方ないとしても、春を売る事業って何でしょうね?なにか覚えあります?」
エリオット「うーん。。。兄の口からは説明しにくい。。」
ジュリア「そうなんですか?」
エリオット「うん。いずれにしても疑惑レベルで立証できないと思う。有罪とされても数年の禁固刑が一般的だから、詐称罪の処罰のほうが重たいよ。だからジュリアは心配しなくても良いと思う。」
ジュリア「うーん。二つの罪が重なったら処罰が重くなったりしませんか?」
エリオット「そうかもしれないけど、王妃が提示した罪で僕たちを裁くことは出来ないよ。陛下がそれを許さないと思う。詐称罪も、平民が貴族の名前を語った場合は極刑になるけれど、僕たちは階級を超えることはしていない。詐称による金銭的利益もジュリアが受け取った給料分くらいだから、極刑を要求するにも、よほどの理由がないと難しいよ。」
ジュリア「そうですか。。」
エリオット「大丈夫。もし極刑になっても、ジュリアと僕が力を合わせれば、ここから脱出できる。それはジュリアも分かっているでしょう?牢屋でも自分が使える魔法を調べてあったのは、そういうことじゃないの?」
ジュリア「そうだけど。。。」
エリオット「・・・捕らわれていると、情報は限られているし、時間があるから、不安を感じやすいよね。日も暮れてきたし、今日はもう寝たら?先に僕が寝ずの番をするから、ゆっくり休んで。そしたら気持ちも明るくなると思うよ。」
ジュリア「そうかな。。ありがとう、お兄様。」
エリオット「魔法の解除だけよろしくね。おやすみなさい。」
ジュリア「【解除】おやすみなさい。」
エリオット「・・・・しっかり寝ておいてね。長い夜に、なりそうだから。」