~1~ 表彰という栄光から、牢獄生活への転落
「こたびの魔物討伐における活躍を表彰する。魔法隊副隊長エリオット・フォーティス、騎士団長補佐レオ、前へ。」
「ハッ。」
「エリオット殿、おぬしはフォーティス家の名に恥じぬような働きをしたとのこと。魔法を主としながらも、剣士としても果敢に切り込んでいったそうではないか。また、レオ殿。平民出身であるにも関わらず、討伐のたびに腕をあげ、一騎当千はそなたのためにあるような言葉だと聞いておる。おぬしらのチームワークも非常に良いものだそうだな。二人とも、これからもよろしく頼む。」
「ありがたきお言葉にございます、陛下。」
「ありがとうございます。」
私とレオは頭を深く下げ、勲章を首にかけていただくのを待つ。
頭を下げたまま一歩下がり、頭を上げ、くるりと90度まわり、陛下の御前から歩き去る。
私が勢いよく頭を上げたため、顔が見えぬほど深く被っていた魔法隊制服のローブが思ったよりずれてしまい、陛下に少しお顔を見せてしまった。その際に、陛下と目が合ってしまい、「おや?」というお顔をされていたが、私は慌てて軽くうつむいた。そのままの姿勢で広間の端まで歩き、ついた瞬間にローブを深く被りなおす。
陛下は、そんな私の様子をじっとご覧になっていた。
陛下の沈黙をチャンスと捉え、王妃が突如口を開いた。
「エリオット殿、レオ殿、こたびは誠にご苦労であった。さて、このめでたい席に誠に心苦しいが、本日は残念なお知らせも伝えねばならぬ。これは王国の社交をとりまとめるものとして、発言させていただく。エリオット・フォーティス殿の妹のことだ。アントン第一王子の婚約者であったジュリア・フォーティス嬢に魔女疑惑がたびたびあがっている。それだけではなく、春を売る事業の斡旋をした疑いがもたれている。いずれの罪も疑惑の段階ではあるが、王子の婚約者として不適切な言動が散見されていることは否めない。よって、アントン第一王子とジュリア嬢の婚約を破棄することを決定した。」
思わずぎょっとした。
隣のレオも心配そうに、こちらに顔を向けた。
大きなホールに動揺とざわめきが少しずつ広がっていくのが分かる。
私は家族の姿を必死に探した。
王「王妃よ、その件は、罪が確定してからという話ではなかったか?」
王妃「お言葉ですが、陛下。ここ何年も彼女の罪にまつわる証拠を秘密裏に集めてまいりましたが、あと一歩のところで毎度逃げられております。このように公にすることで、さらに証拠が集まるでしょう。」
王「王妃よ、それは彼女が無実だからという可能性はないのか。。。?」
王妃「陛下、もちろん考慮いたしましたわ。しかしながら、もともとジュリア嬢はほとんど社交に出てまいりません。参加しても病弱を理由にほとんど話さず、話したかと思えば茶器が割れるなどの被害が絶えません。服装も【男装の麗人】として知られるほど、正装の場であっても頻繁に男性のようなカジュアルなものを選択されます。このような趣向を持つかたを将来の国母として良いのでしょうか?別の形で国に貢献していただいたほうが、よっぽど良いと私は考えております。」
王「だとしても、このやり方は褒めたものでない。。。。王妃、お主らしくないではないか。ああ、フォーティス伯爵、本当にすまない。」
陛下は困りきった顔でお父様に頭を下げた。
王妃はそれを見て、すねたように顔をそむけてしまった。
「陛下。。。」
お父様は、突然のことで言葉が出ないようだ。
無理もない。
もともとお父様は武官。
こういった場面は不得意だし、どちらかと言えば口数は少ないほうだ。
それに、第一王子との婚約も、昨今、魔物の動きが活発化していることから王家からの打診で決まった政略的なものであった。
フォーティス家が望んでいたことではない。
お父様が言葉につまっているのを見て、王妃が声を上げた。
「さあ、ジュリア嬢!ここに姿をあらわし、これまでの罪を白状なさい!」
おずおずと父上の影から、紺色のベールで顔を隠した少女があらわれた。
体をできるだけ小さくしようとしているが、背の高さは隠せていない。
パンツドレスがほっそりとした長い手足をよく引き立てている。
「こちらにおります。。。」
私はそれを見て、おもわず駆け寄った。
「え、、ジュリア!」
「・・・どうしよう。」
「もう、ばらしたほうがいいかな?」
「うん。そうしよう。」
私は、力強く返事すると深く被っていたローブをおろし、顔をあらわにした。
それを見て【ジュリア】もベールアップし、背筋を伸ばした。
私は【ジュリア】を見上げ、頷くと深呼吸した。
私「王妃殿下。【ジュリア】に関する発言を私は重く受け止めております。しかしながら、お伝えしなければならないことがございます。」
エリオット「陛下、王妃殿下、誠に申し訳ございません。私達、フォーティス家の兄弟は、長年入れ替わって社会的活動を行っておりました。」
お父様「・・・言っちゃったよ。」
陛下「・・・言ってしまったな。」
王妃「なんですって?!?!」
ホールがあらためてざわめいた。
心なしか、私達の顔を見ようと人々が少しずつ近づいてきている気もするが、この場の圧倒的なプレッシャーと、つき刺さるような視線を感じているだけかもしれない。
私「陛下、お気づきだったのですか・・・?」
陛下「うーむ。。」
エリオット「大変申し訳ありません。すべては私が成人間近に難病が発病したことが原因です。持病のため、普通の生活は出来ますが、武人としての生活は現実的ではありません。しかしながら、病気のご報告をする前に徴兵通知が届いてしまいました。魔法使いの家系であるフォーティス家に徴兵通知が来るのは当然のことです。徴兵通知が届いた当時は、いまだ病名はついておらず一時的な症状だと考えられておりましたので、妹が短期的に私の役割を引き受けてくれたのです。その後、私の病気は今のこの国の医学では完治が難しいことが判明し、同時に妹の魔法剣士としての才能が開花し、そのまま入れ替わった状態で日々を送ってしまっていたのです。」
私「お兄様の持病が治ったら、入れ替わりも終えるつもりでした。ですが、いつのまにか私も魔法隊での仕事に、貢献している実績が見えることに夢中になってしまいました。私のような少女が、どうしても参加しなければならない社交場は限られていますし、この国の貴族女性の間では、ベールや扇などで顔や表情を見えにくくするのが上品だとして流行っております。騎士や魔法使いも顔をはっきり見せる場面は限られております。なので、魔法隊での仕事も、フォーティス家としての社交も、両立できると考えてしまっていました。私が社交の場にあまり出なかったのは討伐などで不在にしていたからです。どうしても出席せねばならぬ事柄は、エリオットお兄様にお願いしておりました。」
エリオット「ジュリアは、魔法隊の副隊長になれるほどの魔法の使い手です。魔女と疑われても仕方がないところもあるかもしれません。しかし、春を売る事業に関するジュリアの潔白は私が証明できます。ジュリアは魔法隊の仕事を精力的にこなし、それ以外の時は社交場に出ていました。さらに別の事業を担うほどの時間はありません。それに彼女が社交の場に出る場合は必ず私も出席しておりました。いかがわしい者とのやりとりは一切ありませんでした。また、私がジュリアとして社交の場に出る場合も、持病がありますので万が一のことを考えて誰かを携えていました。ですので、私の潔白も証明できると思います。」
王妃がベール越しに口をぽかんと開けているのがわかる。
想像を超えた状況に思考停止に陥ってしまったようだ。
王妃のそばに仕えていた側近が見かねて耳打ちする。
それを聞いた王妃はハッとし、声を上げる。
王妃「そ、そうだとしても!そなたらの行動は兄弟間であっても身分詐称にあたります。重い罪です。情状酌量の余地がある場合でも国外追放になります。それをふまえると、やはりジュリア嬢はアントン第一王子の婚約者としては不適切です。」
王「うーむ。。。詐称罪か。。。」
お父様は、詐称罪という言葉を聞いて現実逃避をするかのように、天を仰ぎながら小さい声でぶつぶつつぶやき始めてしまった。
お父様「やっぱり。。。なぁ、ソフィアよ、俺はどこで間違ってしまったのだろうか。。。やはり男親のみでの育児に無理があったのだろうか。。。」
お父様の反応も無理はない。
いつか入れ替わっていることがバレてしまったら、詐称罪に問われるだろうと分かっていた私とエリオットも、言葉の重みに一瞬息をのんだ。
王妃「フォーティス兄弟、あなたたちを本日より社交界から追放いたします!さぁ、陛下!この罪人達を投獄、あるいは国外追放なさってください。」
ジュリア「・・・・陛下、王妃殿下、皆さまを騙すようなことをしてしまい、申し訳ありませんでした。しかしながら、私たちは極刑になりうることを理解したうえで、私たち自身、そしてこの王国のメリットになると考え、入れ替わりの生活を送ってきたつもりでございます。」
エリオット「私がこのようなことを申す立場ではないことを重々承知しておりますが、わたしはともかく、ジュリア・・いえ、皆さんがご存じのエリオット魔法隊副隊長はこの国に多大なる貢献をしてまいりました。ぜひ、それをご考慮の上で処罰を決めていただきたく存じます。」
アントン第一王子「母上、私からも寛大な処罰をお願い申しあげます。ジュリア嬢、、、いえ、エリオット殿は、私を何度も刺客から救ってくださいました。社交界でジュリア嬢が優雅とは、ほど遠いイメージを持たれているのも、それが一因でございます。これは父上もご存じのことでございます。」
王妃「アントン、あなたまで何てことを・・・。」
王「うむ。。。王妃よ、この場でフォーティス兄弟の処罰を決めるのは早急ではないか?」
第一王子と王の言葉に、王妃がたじろいだ。
そこで、側近がまた王妃の耳に囁く。
王妃「・・・そうね、このまま証拠隠滅をはかられたら、たまりません。陛下、少なくともフォーティス兄弟を投獄してくださいませ。彼らには詐称罪の他にも様々な疑いがあります。火のない所に煙は立たぬ、といいますでしょう?おっしゃるとおり、余罪を調べてから処罰を決めてもよいのかもしれません。」
王「・・・そうだな。確かに、疑わしくないものに、これほどまで疑いがかかるのも不自然だ。フォーティス伯爵、申し訳ないが本人達が認めてしまった以上、ご兄弟を少なくとも詐称の罪に問う必要がある。当面の間、二人には貴族牢へ行ってもらう。その後の処罰は審議してからだ。フォーティス伯爵、貴殿も関係者として、城の客室に幽閉処分とする。」
王妃「衛兵!衛兵!この者たちを引っ立てなさい!そして外部との連絡を必ず遮断するように。良いですね?」
衛兵が私とエリオットを取り囲んだ。
でも、なぜか誰も私たちに縄をかけようとはしない。
衛兵「エリオット殿、ジュリア嬢、お二人を貴族牢へとご案内します。」
そうして、私達は品格を保ったままホールを出ることが許された。
ホールから出てから少しした頃に、アントン第一王子が駆け寄ってきた。
アントン第一王子「ジュリア!!!あ、いや、、エリオット殿。必ず、必ず助けますので、どうか俺を待っていてください。」
エリオット「・・・え?」
ジュリア「・・・んん?」
衛兵「お進みください。」
アントン第一王子「出来るだけのことをしますから!!それまで頑張ってください!!」
アントン第一王子は、私達が見えなくなるまで手を振ってくださった。
彼が見えなくなった頃、私はエリオット兄さまに疑問をぶつける。
ジュリア「え、アントン王子、今お兄さまに待っていて、って言った?」
エリオット「たぶん勘違いだ。いや、聞き間違いだ。混乱されているのだろう。婚約者はお前だからな。俺じゃない。俺は男だ。こんな格好だけど。でもこれ、一応ズボンだし。。。」
ジュリア「・・・そうですよね。勘違いですよね。。。。ところでお兄さま、男装の麗人と呼ばれていたんですね。」
エリオット「・・・どうしてもドレスは嫌・・・ではなく、サイズが合わなかったのだ。」
ジュリア「ドレスは・・おいや。。ではなく、サイズがなかったんですね。すべてオーダーメイドですけれど。」
エリオット「オーダーの採寸中に、入れ替わりがばれたら困るではないか。身長差が少ないといえど、同じドレスを着たら違う人だと気づく方もいるかもしれないからな。」
ジュリア「・・・たしかに、そうかもしれませんね。」
衛兵が、牢の鍵を開けてくれた。
衛兵「お二人には、しばらくこちらで過ごしていただきます。隣室となりますが、会話はできるだけお控えください。」
ジュリア「ありがとうございます。」
エリオット「・・・はい。」
私達が入ったことを確認し、鍵を閉めながら衛兵が独り言のようにつぶやいた。
衛兵「お二人は、まだ罪に問われている段階であり、処罰が決まったわけではございません。外部からの連絡を遮断するようにとのお言葉もありましたが、お立場を考えると、そういうわけにもいかぬでしょう。ただ、あまり目立つことはしないでいただけると、我々も柔軟に動き続けやすいので助かります。」
ジュリア「・・・肝に銘じます。お心遣いに感謝します。」
エリオット「ありがとうございます。」
衛兵「では、後ほどお食事を持って参ります。」
こうして私とエリオットお兄様の生活は、表彰される伯爵家の一員という優雅な立場と暮らしから、監獄生活へと一変した。