王立リエダン競竜場シリーズ2024、グランプリデイ:エスコート竜グルーガーの咆哮
日本の競馬では出走馬の列をリードする誘導馬を採用しています。引退したなじみ深い馬に再び出会えるチャンスでもあります
海外では、リードするだけでなく出走する馬に付き添ってレース場内をエスコートするお仕事があります。制服を着た騎手が乗っていて、出走する馬と並んで、一緒に歩いています
出走馬と同族のサラブレッドとは限らず、ポニー(小柄な馬)であることも
この作品は、海外競馬を見てエスコート竜を発想、お話にしたものです
私の名は、グルーガー。20歳牡竜、7.1t、キンドレイ種である。キンドレイ種は賢いと定評がある、当然であろう。
私は、かの高名な“パテオン”とともにコルヌコピア杯に出走したという輝かしい戦績を持っている。パテオンは私の親しい友であり、今はフィンドレイ・スタリオンで種牡竜を務めている。冬場の放牧で顔を合わせ、あの日のレースについて懐かしく語り合うこともある。
サークレット杯では、高貴な“ダイアナミラー”の後ろを走った。実に芳しい牝竜であった。私が直後を走って、お護りせねばならぬと、ただその一心で追従したものだ。最後の50mはもうお付きすることができず、心から声援を送るばかりであった。
え? 私の順位? そんなことはどうでもよいことですよ。
ええー、さて。
本日は、騎手カンパネラが愛竜セレッソとともに5tクラスにデビューする日。
カンパネラはエスコート竜界でも評判がよい。人間の世界の貴族令嬢という種族らしく、気品高く美しいと言われているとのことだ。竜としては人間の美醜に興味はないものの、竜に対して優しいかどうかは大問題だ。
竜舎はローズバンク、開舎して4年ほど。所属竜を卵から育て、5tクラスまでにするとは実に優秀である。舎主であるカンパネラ自らが卵を時々撫でているとも耳にする。 嘉きかな。
我とおなじキンドレイ種のストイックも出走である。同種として応援の気持ちは強い。ぜひ頑張ってもらいたいものだ。
え? もう一頭のキンドレイ種? ああ、スタウトね、あれはねぇ。スタウトはいい子なんだ、本当に。指示に従順だし、闘争心もある。だがなぁ、騎手がなぁ。アミアン、あれはいかん。プライドが高いのはまあ良いとしておこう。問題は、竜の扱いだ。あれは本当に質が悪いのだ。
鞭を入れるのはよいとしておこう。レースであるから、ここが勝負の分かれ目というところを竜に教える為ならやむを得ない。しかし、アミアンの質の悪さはそこではない。鞭を入れると同時に、騎竜靴の固い踵で、肋骨に強い圧力を掛けるのだ。見ている人間にはわからないだろうが、竜にも刺激されると特に痛いと感じる場所があって、そこをじわっと押してくる。鞭を強く入れるのは禁止されているらしく、合図程度にしか使えないからだろうな。痛みで支配してくるのだ。
これは、アミアンに騎乗された竜から広まり、今では競竜界で悪評高い騎手となっておる。今日もレースで痛い思いをさせられるだろうスタウトには、出走前から同情が集まっておる。
竜の恨みを背負ってアミアンに思い知らせる竜が出てくる日も遠くはあるまいて、フン。
さて、パドックに出る時間が来た。背に騎手を乗せ、パドック入り口で出走竜を待つとしよう。おお、パドックを知らぬとな、よろしい、教えて進ぜよう。
簡単に言えば、出走直前の竜のコンディションを観客に見てもらうところである。ここ、リエダン競竜場のパドックは、半円形になっておる。装按を終え、出走準備が整った竜を、普段竜舎で最も身近に世話をしておる「竜安人」が手綱を引いてともに歩いて来る。
竜安人とは、竜が卵から生まれる前から付き添い、生まれた直後の仔竜の全身を拭き、立ち上がるのを助け、声を掛け、湯で柔らかくした草を口元に持って行く、母竜の代母として育て上げる役割の者を言うのだ。
生まれて5日目ほどから背に布を掛け、首に紐を掛けて放竜場の周りに作った散歩コースを共に歩くのもその仕事だの。あまりにも日常的なことゆえ、竜安人が首の綱を握れば、ともに歩くのは成長した竜にとってもごく自然なこととなる。この信頼関係がなくては、竜は競竜となりえぬ。
竜安人に引かれた出走竜が、入場ゲートからパドックに出る。そこから私の仕事が始まる次第だ。出走竜の少し後ろ内側を歩き、コンディションを見ながら、興奮しすぎているなら甘めの声を出して宥め、恐れているなら「クー」と励まし、問題なく歩いているなら「うむ」と褒め称える短い声を掛ける。
エスコート竜は競竜としての経験が豊富な者から選ばれるから、声掛けのタイミングも心得たものである。
半円形のちょうど半ばまで歩いたところで、次の竜が誘導竜に付き添われて入場してくる。
出口までゆっくりと歩くと、出口では竜騎手が台の上で待っていて、騎乗する。
私は、再び入り口に向かい、そこで3番目の入場竜に付き添う。そういう手順である。
竜騎手を乗せた競竜は、地下通路を歩いてコースの中央部から坂を上って出てくる。坂の出口には他のエスコート竜が待っていて、1頭ずつゆっくりとスタート地点へとリードしていく。距離によってスタート地点が異っておるゆえの。
エスコート役には、優勝した竜に付き添い、興奮した竜を落ち着かせながら表彰の場まで導いていくという役割もある。われらにとっても、表彰場までの栄光のステップを思い出す瞬間でもあるし、その日付き添ってくれた先輩竜の誉め言葉が蘇り、微笑みが出てしまう時間でもある。
「よくやったな」
「いい試合だった」
「みんなお前を喝采しているぞ」
「この気持ちを忘れるなよ、いい走りだったぞ」
ああ、輝かしき日々よ!
パドック・エスコートを終えた我らは、短い地下通路を抜けてコース内に入り、スタート地点に急ぐ。そこでにらみを利かせて、スタートを見守るのも大事な仕事である。
スタートラインを合図前に越えた場合は、ラインより前に戻ってきちんとラインを越え直すのがルールであるから、出走竜がフライングしないよう睨みを利かせるのもわれらの役割。戻って再度ラインを越え、何竜身も遅れて集団を追うことにでもなれば、競竜歴の屈辱となるゆえのぉ。
さて、スタート地点に竜が揃い、スタート・ファンファーレを待つばかりとなった。このレースの出走は7頭。鎧竜1,キンドレイ2,角竜1,首長竜2、タングレイ1である。角竜は少々気が荒いところがあるので注意しておかねばならぬ。 セレッソはタングレイである、美しい……。
本日はよい天気で、観客も多い。比較的近いところには多くのパラソルが出ており、競竜舎組合所属竜からの情報では、セレッソとカンパネラの応援隊席もあるとのこと。われらはそれほど多くの色を見分けることができぬようなのだが、香りには敏感である。パラソルの席からは、甘いフルーツや砂糖のかおりが漂って参る。砂糖は、競竜でいる間は口にすることができぬ。エスコート竜になってから、角砂糖というものを口に入れてもらえるようになったのだ。始めて口にしたときは、口の中が快感を覚えたほどであった。エスコート竜舎へと差し入れがあった日は、竜舎全体がさわさわ、うきうきしておるの。
スタート台にスターターが登ったの、よし、ファンアーレ、スタート旗が振り下ろされる、無事に発走か。いや、首長種の片方がよそ見して出遅れおった。 愚か者よ。レースに油断は禁物であろうに。
追走を開始するぞ、皆、油断なく行こうぞ!
よしよし、順調であるな。エスコートしてきた者たちは、コース内柵沿いにゆっくりと追うのが任務である。あまりスピードを出すと、内柵内に飛び込んできた竜や騎手に衝突するゆえの。
パドックから来た我らは、外柵沿いをコースで追う。最初はさほどのスピードではないが、油断はできぬ。いつ乱闘にならぬとも限らぬ。乱闘や逸走が発生した時こそ我らが真価を見せる時。
スタートをキメた首長種が前を睨みながら粛々と逃げる。首長種は、首を水平に保ち重心を前に置くことで肢を前に出しやすくなるまでが難しい。だが、パラレルネックはこの走りを素早く獲得し、常に優勝を狙える場所で走っておる。優れた竜である。
そのしっぽがちょうど顔の少し前に来る位置で、アミアン騎乗のスタウトが走っておる。パラレルネックが風よけとなり、力を温存できる位置だ。
7mほど離れて、ストイックだ。もう少し間を詰めた方がよいが、ナビゲラ騎手は熟練の竜騎手、うまく上がっていくであろう。その後ろがセレッソ。ストイックにスピードを合わせ風よけとしながら走っておる。セレッソは最後の追い上げに特徴を見せる竜、力を温存しているのであろう。
おい! ゴールドアーマーがフィンドレイ騎手を振り落としたぞ、内柵エスコートチーム、頼んだぞ!
おいおい、エンデバーがロングリブに当たったぞ、マズい! う、騎手が落ちてしまったゴールドアーマーが、エンデバーに突っかかっている。エンデバーももう騎手の言うことなど聞かないであろう、鎧竜と角竜の乱闘になると、騎手には手出しできぬ。
出番だ!
「うー、ガオガオ」 君たち、落ち着きたまえ。
「ガオ、ガオン」 落ち着けと言うておる。われの声が聞こえぬか。
「ガガガガオーン」
いい加減にしたまえ。竜のプライドはどうした、恥ずかしいではないか!
オハン、オイの言うことを、アヤ、イテ! この、ウザラシか!
(いうことを聞け、あ、痛い! この、うっとうしい!)
はあ、はあ、はぁ、疲れた。もうこいつらはー。仕事だからやるけどな!
おかげで誰が勝ったかわからぬままであったではないか!
え? セレッソ? セレッソが勝ったのか。何たること、表彰場へのエスコートが……
はあ、はあ、はあ……
ああ、セレッソのエスコート役が……
はあ~
その夕方は、マミアナ竜主から「ご迷惑をおかけしました、ありがとうございました。こちらをグルーガーちゃんはじめ、エスコート竜の皆さんに」と、ガリアンと角砂糖の差し入れをたっぷりいただき、満腹の腹を舐めながらも、優勝竜エスコートができなかったことがまだちょっぴり悔しいグルーガーであった。
エスコートの後半生も、悪くない。 悪くはないが……次こそ……zzzzzz
For all the people gathers at Nakayama Racecourse tomorrow!
Happy Day! Granite
2005年2月22日、猫の日投稿で言及した、年賀状です
十二支に猫がいないのは寂しすぎる、を思いついたのは、年賀状を書いていた時でした
えっと、グルーガーを現在エスコート竜舎で面倒見ているのは、王都に来てからも出身地の方言を愛用している人です。対人では王都言葉で話しますが、かわいい竜にはお国言葉で話しかけるので、グルーガーも愛用、つい出てしまうのでした
ミニ競馬知識:このお話で出てくるエスコート役
JRA(日本中央競馬会)およびNAR(地方競馬全国協会)では採用していないシステムです。香港、オーストラリア、アメリカ、フランスなどの競馬場で採用しています
日本の競馬で採用している誘導馬は、パドック周回が終わった出走馬を、出走すべきコースまでリードする役割を負っています
このお話で描かれているエスコート役は、一頭ずつに付き添って歩く仕事をします
見ている限りですが、馬場内で出走馬に付き添ってエスコート役をしている馬は、「一緒に走る他の馬はやたら速そうじゃないの、なんか負けそうな気がする、もう帰りたい~」とか思っている(かもしれない)出走馬の横を歩いて落ち着かせる仕事をしているようです
興奮しすぎている馬には、落ち着いて行こうよ、と穏やかに接しているようにも見えます
また、試合が終わったら優勝表彰式が行われるのですが、その場所までゴールしてまだ興奮が続いている優勝馬に寄り添って、(多分宥めながら)一緒に歩いています
最も重要な役割は、おそらくですが、出走ゲートから遁走し、騎手をゲート内に残して(騎手は身の安全のためにゲートの鉄棒を掴んで残っているように見えます)走っていく馬を追いかけ、連れ戻すことではないかと思います。馬が一度走りだしたら、大きいし、早いし、到底人間では制しきれません。高価なサラブレッドですから、怪我をさせるのも怖いですね。走るのをやめてくれるのを待つばかり。
馬場内でエスコート役を務める誘導馬がゲート付近に待機していれば、「ひとりで行っちゃっても、すぐボクが追いついちゃうよ~」と、遁走を防止する効果があるのではないでしょうか。
出走直後に暴れて騎手を振り落とすことで発生する、危険な落馬も防げているかもしれません
遁走する馬が実に嬉しそうにパカパカ単独で走っていて、なかなか捕獲できないでいるシーンは時々見ます。ある程度走るとふと我に返って「もしかしてしかられちゃう?」 とか思い始め、今度は逃げ回っているように見えることも
気持ちはわかるよ、かわいい子。仕事だから、さっさとゲートに帰って、とりあえず一周してこようか
1周くらい走って来たのに、レースに出て着に入る馬もいます。メイショウアワジだったでしょうか、馬券を買った人は大喜びだったでしょう、絶叫応援が聞こえていました
普通は、遁走した馬は「馬体に疲労がみられ」出走取り消しになります。すると、馬券は元返しです。そこを着に入ったのだから、喜びも一入だったことでしょう
JRAでは、馬場に入ってからスタートするまでの間に、騎手を振り落として単独で馬が走ることを”放馬“と呼んでいるようです。
エスコート役の馬を採用すれば放馬防止効果があるかもしれませんね。引退馬の就職先も増えることですし、ちょっといいシステムかも知れません