第五十話 密約
女神様と書いてポンコツと読む。
下手なカバーストーリーを考える暇もない。何より真偽の箱とやらがあるのだ。私の嘘がバレてしまう可能性はあるだろう。鑑定してみる。
【真偽の箱:相手の魔力の揺らぎから真偽を判定する。魔力にはその人の感情が現れるという話もある】
なるほど、魔力の揺らぎで嘘か本当かを判断するのか……って、私、魔力あるの? もしかして私には魔力ないのでは? 試してみる価値はありそうだ。ダメなら改めて本当の事を話そう。
あー、でも異世界出身というのは話しておいた方がいいかもしれない。エレノアさんなら大丈夫だと思う。
「まず、私はある商家の娘でした」
箱は光らない。これは、いける!?
「ふむ、本当の様だな」
「父に望まぬ結婚を強いられて嫁ぐ前の日にどこかへ消えてしまいたいと思っていたらいつの間にか森の中に居たのです」
箱はやっぱり光らない。これは、魔力が私にはないという事だろう。超能力は魔法じゃないって再認識したよ。
「ふむ、強い願いによりこの世界に召喚されたとかそういう御伽噺みたいな体験をしたと?」
「そのようです。というか私にはあまり理解できなくて、流されるままに日々を過ごしていました」
「そうか、苦労したんだな、君は」
アリュアスさんが同情してくれてエドワード様ももらい泣きしている。エレノアさんはじっと手を……じゃなくて私を見る。
「キューちゃん? あなた本当に商家の娘なの?」
「おい、エレノア、真偽の箱も反応しなかったんだ。間違いないだろう?」
「あらギルドマスター、それではお聞きしますが、どこの世界の令嬢に薬草を持って帰る袋がないからと服を脱いで全裸で持ってくるバカがいるんですか?」
ググッ。エレノアさんは痛いところを。あれはちゃんと反省したのでもう忘れてくださいよ!
「それに、キューちゃんは魔法が使えません」
「なんだと? あの転移は魔法ではないのか?」
「ええ、魔力の流れは一切感じませんでした。そうよね、キューちゃん?」
ニコッと氷の微笑を浮かべる。ふりがなはしゃろーんでいい? いやいや、アイスピックで刺されるのは勘弁だよ!
「わ、私の世界ではそれはご褒美……じゃなくて、まず、生き残ることを優先したので。お金が無いと生活できませんからね」
エレノアさんにじーっと見つめられた。そんなに見つめないで、恥ずかしくて私、どうにかなっちゃいそう!
「はぁ。わかりました。それではエドワード様とギルドマスターにはここから出てもらって私とキューちゃんの二人にしてください」
「お、おい、そんな事になって、転移で逃げられたらどうするんだ?」
あ、やっぱり転移で逃げ出すことを頭に入れてたんだ。まあ今の状態からでも転移は出来るんだけど。
「大丈夫ですよ。キューちゃんはそんな恩知らずな事はしないもの。ねえ?」
あー、エレノアさんには色々お世話になってるからどうしようもない。アリュアスさんだけなら良心なんて痛まないし、エドワード様には貸しがあるからね。
でも、エレノアさんはダメだ。世話になり過ぎてる。ベルちゃんさんもだ。この二人には頭が上がらない。私は、ベルちゃんさんの家で飲んだスープも、ビリー君とリリィちゃんを引き取ってくれた時のエレノアさんも忘れるなんて恩知らずな事は出来ないんだよ。
二人が部屋を出て部屋の中は私とエレノアさんだけになった。エレノアさんは私を抱き締めながら言った。
「大丈夫、ここにはあなたがどんな人でも迫害する人はいないから」
涙がこぼれた。私の胸の中にあったつっかえみたいなものの正体。それは、私が元の世界ですら異質な存在だったということ。普通の家庭で育って普通に暮らしていたら恐らくもっと早くに言えていた。
でも、私は異質なのだ。あの世界においてさえ、私の仲間は十人しか居なくて、あとの世界は全て敵と言っても過言じゃなかった。いや、下手すると仲間すら敵に回るかもしれない。三号とかそりが合わなかったし。
「エレノアさん、全てお話します」
とはいえ、女神様のことは私とティアしか理解出来ないと思うから、女神様のミスについては語らないことにした。
それから私が元の世界で研究所というところで身体を色々いじられたり、実験や開発をされていたこと。あ、開発って言っても性感帯じゃないよ? 超能力だからね。そんな生活が嫌で逃げ出したこと、逃げた先がいつの間にか森みたいなところでこの世界に来てしまったことを伝えた。
「という事はあなたは自分の力で世界を渡ったの?」
「あ、いや、そういう訳ではないと思います。死にものぐるいで転移した時に何らかの事故に巻き込まれたんじゃないかと」
「なるほどね。それなら帰れないわよね」
「まあ、帰りたいかと言われれば帰りたくは無いですけど」
向こうに戻ったらきっと追っ手に捜索されるだろう。下手すると仲間だった子が出てくるかもしれない。四号とか外に出しちゃダメだと思うから出てこないだろうけど。
「それならいいわ。もし帰りたくなったのなら相談してちょうだい」
「他には何も聞かないんですか?」
「必要になったら聞くけど、あなたが教団の手先じゃないってわかっただけで十分よ」
ああ、そうだ。確かに教団の関係があるかどうかを調べてたんだっけ。まあ森の中でグスタフさんに出会わなければ教団とやらに拾われてたかもしれない。
聞いてる限り、教団って頭のイカレ方が研究所の奴らと似たり寄ったりなんだよね。多分馴染んでたと思う。この世界に来たのが私じゃなくて三号とかだったら本当にヤバかったよ。あいつのサイコキネシス、止められる気しないもん。
「それで、あの巨大生物を持って行くのを見ていたのは何故?」
「あ、それなんですけど、実はなんか不思議な声が聞こえて回収させてもらうとか言ってたんです。そしたらすっと消えてしまって」
エレノアさん顔面を蒼白にしていた。
「まさか、女神様の関与!?」
えっ、なんでそこで女神様の事が出てくるんですか?