携帯(episode49)
携帯電話を持って十年。最近全然電話が来ない。だからぼくの携帯電話は悲しいけれどゲーム機代わり。
八洲に帰って携帯電話買ったら連絡先交換するからってことで急いで帰国。私は、そのまま空港からタケルを呼んで携帯電話ショップへ。
凪沙は疲れたから休みたいとか言ってたのにタケルが来たら頑張って行くって言ってた。うーん、疲れてるなら休んでもいいよ? タケルは取ったりしないし。あのね、凪沙が思ってるほどにはタケルはいい男でもないと思うよ。というかむしろ敬遠されてる側なんじゃないかな?
繁華街。八洲の、それも古森沢が治めている地域というのは活気があって人々も交流を多くしている。
「えーと携帯電話のお店は」
「デパートとか電気屋に行った方がいいんじゃない?」
「多分やめた方がいいと思う」
そう言われて何でなのかは分からないまま携帯電話ショップへ。キャリアという携帯電話会社が五社くらいあるけど、その中でもプチフルールと呼ばれる会社のお店へ。
ごきげんよう、ごきげんよう、さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだま……するかぁ! いや、お店の中は確かに清楚な雰囲気だけど、スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、ゆっくりと歩くというかそもそもセーラーな制服でもないし。
「いらっしゃいませ」
それでも上品そうな店員のお姉さんが案内してくれる。んん? でも、この人、なんか私の事というか私たちのことを見下してるような感じがするなあ。
「お客様、失礼ですがお店を間違っておられませんでしょうか? こちらは最高級ブランドのプチフルールで御座いますよ?」
まあ見た目バイト女の私と凪沙、そしてその後ろで女たちを引っ張ってくるわけでもなく、ただ連行されてきただけのタケル。お店としては私たちみたいな客には来て欲しくないのだろう。いやー、これでも貴族だったんだけどね。
「間違ってません。私たちはここが目的地です」
「そうですか。でしたらあなた方のご身分を証明するようなものでもございますかぁ?」
明らかにバカにした接客。まあ私たちは接客するに値しないと思ったんだろう。まあそうだよね。凪沙、凪沙、もう出ようよ。別の場所に行こうよ。
「はい」
凪沙が何か紙のようなもの、というか一枚の紙を渡した。あ、それが証明書類? あー、そういえば、わたし本人確認書類とかいうのだろうか。凪沙の一枚だけでみんなのが解決したりしないかな?
「本当に出すとは…………ひっ!?」
「あれ、どうしました?」
「あの、こちらは、ホンモノ、で?」
「もちろん」
そう言って凪沙はニッコリと笑った。みるみる変わるその姿、そうだオレはバンパイア……じゃなくて店員さんの顔が土気色になっていく。土門の人?
「お客様、うちのスタッフが失礼を致しました。どうぞ、奥の部屋へ」
異変を察したのかリーダーのような存在感の女性が私たちを奥の部屋に通してくれた。携帯電話ショップにも奥の部屋とかあるんだなあ。
座って出されたお菓子を食べる。うむ、美味しい。こういうのがいいんだよ。でも高そうだなあ。
「お待たせしました」
上品そうなスーツを着た歳若そうな男性が優雅に一礼して入ってきた。うーん、イケメンだけどタイプじゃないなあ。筋肉量が足りない。
「当店の責任者を務めております、四季咲悠介と申します。お分かりですか? あの、四季咲の一人なんですよ、私は」
「あ、ちょっと待ってね」
そう言うと凪沙はどこかに電話を掛け始めた。
「あ、おじいちゃん? ええ、はい、今はタケルと一緒に。またまた、おじいちゃんと呼ぶなって言わないでくださいよ。タケルに代わりますね」
そういうと凪沙はタケルに電話を渡した。
「もしもし? あ、なんだじいちゃんか。うん、今? プチフルールってお店。あのね、ティアの携帯電話を買いに来たんだけど。あ、うん、そう。多分身分証で引っかかるからその辺を何とかしようかと思って。うん、えっ、お店の人に? わかった」
一通り話した後にタケルが店長さんに電話を渡そうとした。
「なんですか? 私に代われって? 全く。私は電話を受けている暇などないくらいに忙しいんですがね。はい、もしもし? おい、何とか言え……ひっ!? あ、あの、違うんです。その、お許しください。はい、はい、決して、決してそのような事は。はい、分かりました。全て仰る通りに致しますので!」
携帯電話をぶらりと下げたまま放心状態になってる店長。
「あのー、すいません。携帯電話返してもらっても」
「も、ももも、申し訳ございませんでした!」
盛大に土下座をキメる店長さん。額を床に擦り付けるという表現があるくらいには凄まじいギャップである。
「あの、ご当主様より、全て仰る通りにせよ、と申しつかりました。なんなりとお申し付けください!」
ご当主様? とか思ってたら凪沙が種明かししてくれた。さっきの電話はご当主様、つまりタケルのおじいちゃんと繋がってたんだって。まああの人タケルにも諾子さんにもメロメロだったもんね。
えっ? 私が命の恩人だから便宜を図るって? ああ、まあ確かに。血液浄化ポーション作ってよかったかな? なんでも携帯電話を作るには身分証が必要という事らしい。これはどのキャリアでも共通なんだけど、世の中には公然とそれをしない店もある。それがプチフルールという四季咲のお店。
プチフルールは社交界の大物とか政財界のトップクラスとかの人が利用しており、その携帯電話を持つためには厳しい審査を必要とするという。その審査の内容は下手な本人確認よりも信用されている。つまり、「身分については四季咲が責任を持つ」という意味合いにもなるそうだ。
当然、私たちのような者は普段は店にも入る事を許されず、店に入るのにも紹介状が必要になるとの事だった。それを凪沙がどこで用意したのかと思ったら空港に届けて貰ったんだって。一人でトイレに行った時だったみたい。凪沙、スパイかなんかなの?
数分後、私の手元には金色に輝くウルトラソウ……じゃない、携帯電話が届けられた。あの、金ピカで目に痛いからもうちょいシックなのがいいなって言ったらピカピカの木目調の高級そうなカバーに包まれたやつが来た。これならまだ大丈夫なのかもしれない。