鉱街(episode46)
ナイチンゲール誓詞ではありませんが、水門の遣い手は治療の心得を叩き込まれます。
湖から顔を離そうとしたら、そこはもう湖ではなかった。みんな洞窟の中の広場みたいなところに倒れていて私が一番最初に気付いた。とりあえず凪沙を起こそう。ゆさゆさ揺するとおっぱいも揺れる。うん、分かるよ。私もそうなるし。
「あれ、ティア?」
「良かった、凪沙。大丈夫?」
「ん? んん? なんか触手みたいなのいなかった?」
「きっ、気の所為じゃないかな?」
周りは不自然な程に明るい。もしかして女神様のサービスのつもりですかね? 余計な事はやめて欲しい。
「他の人は?」
「ほら」
私が指差した先には倒れているアンネマリーさんとガンマさんが居た。二人ともよく眠っている。私はとりあえず凪沙に飲み水(魔法で出しました)を渡してガンマさんを起こしに行った。
「ガンマさん、ガンマさん」
揺すって起こそうとしたら喉元にナイフを突きつけられた。ひぃっ!
「ん……? あっ、すいませんすいません、ナイフ突きつけてすいません! 咄嗟に、いつもの癖で!」
ガンマさんは私に気付くとペコペコと頭を下げてくれた。いつも起こしてくれた人の喉元にナイフ突きつけてんの?
それからキョロキョロと辺りを見回して言った。
「あれ? 湖は? イカは?」
「えっ、あの、なんの事でしょうか?」
「いたじゃないですか、大きな触手生物」
「あー、なんか洞窟内にガスが出てたんじゃないかと思うんですよ」
「私にはその手のガスは効かないんですよ」
はぁ? ガスが効かないって人としてそんな事あるの? いや、あるのかなあ。キューちゃんもなんかそういうの効きそうに無いし。
「ちゃんと説明してください。私、気になります!」
古典部のヒロインみたいなこと言うなあ。あ、愛読してますか。ちょっと叫んでもいいですかね?
それから信じてもらえるかは分からないけど、巨大なイカが居たのは説明した。なんで無くなってるのかは分からないとは言っておいた。いや、実際にあのイカを女神様がどうしたかなんてわからないんだもの。
「イカの身を持って帰りたかった。研究所辺りに売れば臨時収入にはなったと思うのに」
「あー、まあ、その、毒水の原因もそいつみたいですし、残ってなくてよかったのでは?」
「逆です、逆。そういう毒物なら更に価値が上がります。何せ分解不能毒素とかになるかもしれませんし。何しろ原因不明ですよ?」
なんでも毒に犯された鉱山の人達は未だに回復してないそう。あー、多分私なら浄化出来そう。
水門の毒を治癒する魔法は中級だけど、どこまで酷い毒だろうと、体内から消しされる。まあ毒で死んじゃったらもう無理だけど。
でもまあそんな事言ったら色々駆り出されそうだもんね。言われたらやります。
「仕方ない。まあティアさんが分からないならどうしようもないですね。一番早く起きてたんだろうし」
ガンマさんは色々鋭いみたい。いや、気絶してたんじゃないんかい。それからアンネマリーさんを起こした。アンネマリーさんはおはようございますなんて呑気なことを言ってた。
外交官としてどこでも寝られる、時差関係なく寝れるというのは大事なことらしい。イカの行方については考えても仕方ないからと納得してくれた。現実主義といった方がいいのかもしれない。
その後四人で洞窟内を見回ったが奥の方まで見ても毒水の存在はなかった。ダイヤの原石ならその辺にころがってたけど。いくつかもらって行っちゃダメ?
あ、宝石としてというより触媒として。錬金術の触媒に使えそうだなって。あ、欠片くらいなら許可するって? ありがとうございます、アンネマリーさん!
そのままそこから連絡する為に空港に向かう。正確には空港のそばにある街だ。いわゆる炭鉱町で、ダイヤモンド鉱山が一時閉山になってもどこにも行けずに燻ってる鉱夫たちが酒を飲んだくれてる。
私の年齢では酒場はどうかと思うけど、私以外の三人は成人済みだからね。私はミルクでも頼むよ。あ、私よりもガンマさんの方が止められてる。まあ胸のサイズ的には仕方ないよね。
「ヒュー! 嬢ちゃんたち、こっちに来てお酌してくれよ!」
「なんなら一晩相手になってやるぜ!」
「ヒーヒー言わせてやるから覚悟しろよ」
「お前のじゃ奥まで届かねえだろ?」
「はあ? 巫山戯んなよ!」
ガシャンと酒瓶が割れた音がして一部で喧嘩が始まった。何を見せられているのだろう。
「四季咲コーポレーションの依頼を受けて問題解決に来たエージェントのアンネマリーだ。諸君、喧嘩してないで話を聞け」
アンネマリーさんの恫喝? いや、説得にみんなは鎮まりアンネマリーさんを見た。
「ダイヤモンド鉱山の毒水騒動は終結した。もう毒で倒れる心配は無い」
ザワザワと騒ぎが大きくなる。やがて男が一人出てきた。
「でもよう、現場監督が何人も寝込んでんだ。今まだ療養中なんだよ。目も覚まさねえやつもいる」
どうやら洞窟内で出た毒の被害者はこの街に運ばれてきたらしい。まあ周辺に他に街はないので当たり前なのかもしれないが。
「大丈夫、とは言えんが四季咲や妖世川が全面的に協力しよう。医療チームを派遣させてもらう」
アンネマリーさんは急いで何やら手配をしているみたいだ。医療チームを派遣と言っていたがどれ位で着くものだろうか。私はこれでも水門の遣い手、患者が気になってしまう。これは水門の定めなのかもしれない。
「あの、一応どんな風か見てみたいんですけど、案内して貰えませんか?」
「ティア、薬が作れるの?」
「あ、うーん、やってみないと分からないけど」
凪沙に言われてそういえば薬が作れる錬金術もあるっけなんて思ってしまった。いや、もう水門の解毒魔法しか頭になかったよ。
「治してくれるのか? ああ、まあ、期待はしてないが確かに確認は必要だよな。こっちだ」
男のひとりが私たちを先導して、この街の中では比較的新しい綺麗な設備のある建物に案内してくれた。ドアを開けるとそこには昏睡状態の患者が何人も横たわっていた。