第四十五話&episode45 歪曲
おい、女神
ふと強い眩暈を覚えて目を開けたらそこは白い部屋だった。なんだろう、二人とも寝てはいないのに白い部屋に来てしまったことにびっくりしていた。
手すりのついた大きなベンチにクッションが置いてあるのは前と同じだが、足元に絨毯が敷いていた。実の生ってる木は軽く林のようになっており、並木道が出来ている。実の種類も甘そうなのがいくつか増えていた。ティアはりんごを、キューは桃を手に取る。
そのままテーブルへと移動。テーブルは大きさが広くなっており、テーブルクロスは汚れないようにかコーティングしてあった。椅子にはリクライニング機能がついてて、より長く座っても安心そうだ。一体何を目指しているのだろう。テーブルの上には果物ナイフだろうか、小さめの刃物が置いてあり、二人はそれで皮を剥いて食べた。
りんごは爽やかな酸味が美味しく、その中に甘みもあって、シャクシャクと食べられる。桃の方はみずみずしい果肉がたっぷり詰まってて、かぶりつくと果汁がぽたぽたこぼれそうになっていた。
花壇は何故か家庭菜園どころか農園みたいになってる。最早何をどうすればこんな世界になるのか分からない。その、農園の中に腰をかがめて作業してる人物がいた。駄女神である。
「あれぇ!? なんで二人とも来てるんですか? まだ夜じゃないよね?」
「そんな事言われましても」
「うん、何故か来ちゃった」
「ええ〜」
女神はさも面倒くさそうに呟いた。そうか、この農園を管理してるのは女神様なのか。
「いや、私もおやつを取りに来ただけだから別に農作業に従事してないわよ?」
女神様はそう言うと手の中にあるものを見せた。地球、と呼ばれる基幹世界において、「さつまいも」とか「甘藷」とか呼ばれるやつである。芋ではあるがデザート、スイーツに使われるやつだ。
「いも?」
「そうよ、さつまいもよ。蒸して食べるの」
そう言うと女神様は冷水をどこからともなく出してそこにさつまいもを放り込む。
「こうするとネットリするのよ」
ウキウキしながら女神様は色々準備している。二人は何を見せられているのかとぽかーんとしていたが直ぐに自分を取り戻した。
「いや、なんで私たちはこの世界に連れてこられたんですか?!」
「そう、納得いく説明を」
「あー、まあそうよねえ。それじゃあこの部屋に来る直前まで何やってたの?」
「触手と戦ってた」
二人とも異口同音に言う。そしてお互い顔を見合せた。そういえば何をしていたのかなんて説明していなかったなと。
「その後湖を覗き込んだら」
「そう、キューの顔が見えてびっくりしたわ」
「待ってください。湖にお互いの顔が映ったんですか?」
「ええ、そうよ。最初からそう言ってるじゃない」
女神様の顔がみるみる青くなっていった。
「どどどど、どこですか!?」
明らかに狼狽している女神様の姿は珍しいがいつそうなってても不思議じゃないよな、このポンコツはって二人同時に思ってそのまま見ていた。このままじゃ拉致があかないのでキューが言う。
「ええと、アフリカのダイヤモンド鉱山の奥に何故か地底湖があって」
「私は森の中の洞窟。森林暴走の原因調査中」
二人の言葉に女神様はダラダラ汗をかきながら、何やら薄い板を見ていた。そしていきなり「Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!」と声にならない叫びを上げた。はた迷惑な女神だ。いや、この場には3人しかいないのだけど。
「歪み、歪みが、出来てる。えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」
どうやら錯乱してるみたいなので、キューが念力で後頭部を殴り、ティアが上から魔法で大量の水を被せた。そこまでやればどうやら落ち着いてきたみたいで、座り込んで動かなくなった。あ、もしかして、これは落ち着いたんじゃなくてフリーズしてる?
「女神様、あの、早く対処しないといけないのでは?」
「そうです! 対処しなくては! 二人とも、ちょっと力を貸してください!」
そう言って女神様は二人の手を取って意識をダイブさせた。目の前には洞窟内の湖が広がってる。どうやら湖は自然発生的なものではなく、どこかの世界から転送されてきたものらしい。どこの世界から? 第十三世界からである。
なぜそんなことがわかるのかというと、湖底に培養槽があったのだ。イカとタコの。そして、浮かぶ方向によって、第十二世界と第十四世界にそれぞれ繋がってる。つまりは、湖の中だけ第十三世界みたいな感じだ。
それで合点がいったみたいだ。この白い部屋は元々第十三世界。つまり、湖と同じ世界なのだ。で、二人は一度世界を渡っているのでそういう感覚に囚われやすいのだ。
「ええと、それじゃあ二人の世界とこの湖を切り離すわね。えいっ!」
女神様はえらいテンパった様子で湖を切り離し……って待て待て! いきなり切り離したら湖の存在が! などというツッコミが入ることなく、湖は眼前からその姿を消した。
「あー、もう、戻ったら大騒ぎじゃないですか!」
「あ、心配しないで、そこは湖が無かったことになってるから。洞窟の中にタコがいたり、イカがいたりしたのよ」
「もっと不自然では?」
キューは訝しんだ。女神様は後先考えないでやったので何も考えていないのだろう。幻影だ、で片付くほど世の中は甘くない。
結局、みんなを眠らせて、鉱山や洞窟から出るガスで幻覚を見たという感じに誤魔化すことにした。それで誤魔化されるかは分からないが。ともかく歪みの修正である。
第十三世界にそれぞれの世界からのエネルギーを込める。これはティアとキュー経由で力を流させれば大丈夫みたい。女神様は頑張って作業して、半日かけて歪みを修復した。なんか最後の方はかなりバテてたけど大丈夫だろうか?
「助かったわ、ありがとう! 最悪世界が滅んだかもしれなかったわ」
そんな話は聞いてない。二人は勢いよく飲んでいた紅茶を吐き出した。誰だ、我々の業界ではご褒美ですとか言ってるのは!