第三十八話&episode38 謝罪
謝罪は誠意を持ってするのが肝心です。
二人が目を開けると、そこは真っ白な部屋だった。いや、もう真っ白な部屋とは言えないかもしれない。置かれているものが前より増えているのだ。置いてあるのはベンチの大きさは大きくなり、なんかクッションまで置いてある。寝転び帽子なのか手すりがついた。実の生ってる木は種類が増えていた。酸っぱそうなのや甘そうなの、色々だ。テーブル自体は前と変わらないが、テーブルクロスがレースのやつが掛けてある。椅子にもクッションが置いてあり、長く座っても安心そうだ。花壇は何故か家庭菜園になってる。一体何を目指してるのだろうか?
お互いの姿をお互いが認識し、テーブルに辿り着いたらテーブルの上にティーポットとカップ、そしてお菓子が幾つか置かれたのはこれまた前と同じだ。お菓子は今度はモンブランとガトーショコラだ。
「また会ったわね」
「そうね。そっちはどう?」
「ぼちぼちやってるわ」
「そうなのね」
「で、どっちにする?」
「あのチョコのやつが食べたいわ」
「良かった。私はモンブランが食べたかったの」
そう言いながらティアはガトーショコラを、キューはモンブランを手に取る。それぞれに確保して席に座り、お茶を淹れる。渋みが少し多いけど味わい深い紅茶だ。ティアは恐らくこれが高級品であると察していた。キューは……まあ苦いけど飲めるからいいかみたいな感じ。
「今ドタバタしてて大変だからゆっくり出来るのは嬉しい」
「なにやってるのよ?」
「ええとね、伽藍堂と清秋谷と妖世川に狙われてる」
「はぁ? 脳筋と陰険は分かるけど、なんでナルシストが?」
どうやら脳筋は伽藍堂、陰険は清秋谷なんだろう。ということはナルシストは妖世川?とティアは頭の中で整理した。そして答える。
「前二つは暴力装置として、残りはほら、私、水を出せるから」
「あー、まあ砂漠地帯とかなら確かに重宝するか。でも、よくわかったね?」
「協力者というか身内に四季咲が居るのよ」
それを聞いてキューはギョッとする。四季咲こそは一番近づいてはならない相手だと教えられてきたからだ。でもまあこの様子だとティアの身には危険は迫ってないみたいだなどと思った。
「私の方はひと段落ついたところ」
「何があったのよ」
「公爵家のお家騒動?」
「はぁ!? 公爵家って……あ、もしかしてエッジのリンクマイヤー?」
「そう。で、あと銅級に昇格した」
「早くない!? 一年は掛かるはずなんだけど」
今度はティアがギョッとする番だった。通常、鉄で登録された冒険者は早くて一年、遅いと五年ぐらい掛けて昇級する。特に鉄から銅は審査が厳しい。討伐依頼の難易度が変わるからだ。特にエッジの街では生半可な事では昇級出来ない。森の脅威は迫っているのだ。
「何があったらこの短期間で」
「ええと、あ、そうそう、森林暴走とかいうやつが」
「ちょっ!?」
さらにびっくりだ。森林暴走なんて百年に一度起こるかどうかのやつだ。下手すると街ごと滅ぶ。だがどうやら解決したらしい。どうやったのかはティアには見当もつかないが。
そんなこんなで話しながら食べて飲んでしていたら天井の方に小さな光がほわほわと浮かんでいた。
「楽しんでおられますか?」
女性の声でそれは話し掛けてきた。ティアもキューも即座に戦闘態勢に入る。もっとも、その光の玉には敵意など感じられなかったので即座に戦闘態勢は解かれたのだが。
「私は怪しいものではありません」
「怪しいわね」
「怪しい」
意見の一致を見たのは間違いないのだが、敵意は感じてないので胡散臭がってるだけである。光の玉はふわふわと浮かんだまま続ける。
「私はこの次元の神と呼べる存在、いわゆる創造神です」
何やら創造神という偉そうな肩書きに中間管理職っぽい悲哀を感じた二人だったが、指摘してもいい事はなさそうなので黙っておいた。
「あの、それで創造神の方がどうして?」
「それには海よりも高く山よりも深い事情があるのですが」
「つまり大した事情は無いと」
「……キュー、黙っててあげましょう」
「そうだね」
二人のチープな優しさに女神は挫けそうになった心を復活させた。何より、ちゃんとミッションをこなさなければ至高神からお仕置されてしまうのだ。いや、もうお仕置はされた後なのだけど。その何倍ものお仕置がまた降ってくるかもしれないとなれば気合いも入る。
「ごめんなさい。あなたたち二人の世界を繋げて入れ替えてしまったのは私のせいなんですぅ」
今明かされる衝撃の事実。ティアとキューはこの女神に理不尽にも故郷を奪われたのだ。なんたるワザマエ!
「あなたが……」
「ど、どのような償いでも致します! ですので、どうかお許しいただければ」
なんか光の玉の中に土下座している女神様が見えた気がした。だが、この二人の胸に去来した思いは共に同じだった。
「ありがとう」
「えっ?」
二人が異口同音に口にした言葉に光の玉が呆気にとられた気がした。
「あのままでしたら私は冒険者になれたかどうかも分からず野垂れ死んでいたかもしれません」
「私も、多分、研究所の追っ手とかに殺されてたかもしれない。それに多分お金も得られないで餓死してた」
「だからありがとう」
そう、この二人は恐らく元の世界では鳴かず飛ばずとか、迫害されておしまいとかそういう運命を辿っていた可能性が高い。図らずも女神はその二人を救ったのだ。
「あ、じゃあ許してもらえる……」
「でも、お詫びは必要ですわよね?」
「そうだね、オトシマエはつけないといけない」
「ひいいいいい」
女神様が光の玉のまま震え上がる。キューが転移で光の玉を掴んで、テーブルに押し付ける。
「さあ、時間は十分にありますわよね?」
「交渉、開始」
二人は心底楽しそうに光の玉に笑いかけた。笑顔とは肉食獣が被捕食者を捕らえて屠る時の顔に似ている。まさに被捕食者の気持ちになった光の玉であった。