第三十五話 勝鬨
サインはV(この世界にはアルファベットはありません)
私はどうやらテオドール様という人間を過小評価していたらしい。あの人、猛将だわ。伽藍堂みたいな人間だわ。いやまあそれはそれで困ったちゃんなんだけど。
「うおおおおおおおお!」
雄叫びを上げながらテオドール様は突っ込んでいく。敵の部隊と交錯したと思った瞬間、敵の部隊が何人も宙に舞った。テオドール様は大きいバスタードソードっていうのかな? それを振り回してる。というか鉄塊とまではいかないけど、かなり重くない、あれ?
「兵たちよ、我に続けぇ!」
おおー! という感じでテオドール様の掛け声に、紡錘状態になった軍の先頭をテオドール様が走る。あれ、マジでむちゃくちゃ強いんじゃない?
テオドール様は時々魔法も使っている。まあ使ってるのは風っぽい。攻撃を逸らすとかそういう使い方だ。よくは分からないけど身体強化とかも使ってるのかもしれない。私は魔法に詳しくないから今度ティアに会ったら聞いてみよう。
しばらくすると段々と動くものが少なくなってきた。これはもう楽勝かな?って思ってたら森の向こうの方からズシンズシンと一つ目の巨人が現れた。
「サイクロップスだと!? こんな街にまで出て来るとは。さすがは森林暴走。おい、お前ら! 最後の踏ん張りどころだ!」
おおーっと周りで声が上がる。サイクロップスはオプティックブラスト……ではなく、巨大な腕を薙ぐように攻撃してきた。私? 私はただ見てるだけだよ! だって私は非戦闘民だもん。
これからあいつがどこを狙うか分かれば対策が立てられるのでは? ふと思いついたので暇つぶしにやってみようと思う。見守るだけが仕事じゃないもんね。よし、頑張るよ、鑑定。
『オレサマ、オマエ、マルカジリ』
うん私が馬鹿だったよ。あんな低脳とコミュニケーション取れると思ってた私が馬鹿だったんだ。
『チョコマカ、ウットウシイ』
あ、イライラしてる。確かにテオドール様の剣技は割と素晴らしい。実は勇者でしたって言われてもあまりおかしいとは思えないよ。
「これでトドメだ!」
『カカッタナ!』
テオドール様が大上段に剣を振り上げて、ジャンプして脳天にそれを振り下ろそうとしたら、サイクロップスは剛腕をテオドール様に叩きつけて吹っ飛ばした。口から血を吐いてるから割とヤバそう。転移で近付く。
「テオドール様、大丈夫ですか?」
「ぐっ、ぐぐぐ」
どうやら口もまともにきけないようだ。これは仕方ない。治癒術士をここに連れてくる訳にもいかないよね。だから緊急避難ってことで。
「治癒」
私の手をテオドール様の身体に押し当てて、そこに回復のイメージを送り込む。体内細胞の活性化は上手くいきそうだ。
「なんだこれは? 力が湧いてくる」
「テオドール様、サイクロップスが来てます」
どうやら仕留めきれなかったと理解したのかものすごい形相でこちらに向かってくるサイクロップス。いやまあ目がひとつしかないんですけど。
「火門 〈氷結地獄〉」
その時響いたのはエレノアさんの声。どうやら氷魔法を使ってくれたみたい。すごい、サイクロップスの足が鈍ってるし動きも遅くなってる。それでも凍らずに動けてるのは流石と言うべきか。
「キューよ、私を連れてサイクロップスの上まで跳べるか?」
「お易い御用です。行きますよ!」
私はテオドール様を抱えてサイクロップスの頭上に転移した。そこでテオドール様とはお別れだ。あとは、分かるな?
「喰らえ、必殺、唐竹割り!」
この世界にも竹ってあるのかーなどと思いながらテオドール様の斬撃を見ていた。重い剣の重量に落下の威力が加わり、サイクロップスの身体は真ん中辺りまで切り裂かれてそこでテオドール様は剣を落として地面に落ち……たら死んじゃうかも? やばいやばい!
あっ、副官の人が落下地点に部下を走らせてたみたい。無事受け止められたよ。
「皆の者、よくやった! 勝鬨をあげよ、勝ったぞ!」
「えいえいおー、えいえいおー!」
いつの間にか現れたギルドマスターの号令に戦場のあちこちから轟音が響いた。残党も居たのだが、そのまま森に帰ってしまった。いや、逃がす訳にはいかないので冒険者の有志で討伐隊は編成されたけど。
「テオドール様、お見事でした」
「英雄殿にそう言っていただけるのはとても光栄であります」
「他のみなもよくやってくれた!」
「祝勝会だ! 飲んで食べて騒ぐがいい!」
テオドール様が祝勝会を言い出した。ギルドマスターはとめないどころかウンウンと頷いていたのでおそらくは構わないのだろう。
「テオドール、見事だった」
「ち、父上!」
そして様子を見に来ていたらしい公爵様。どうやらいてもたってもいられなくなったみたいだ。
「やはり私の後継はお前しかおらん。精進するがいい」
「父上、ありがとうございます! あの、エドワードは」
「うむ。エドワードならばお前を支えて良い補佐役になれるであろう?」
「父上……」
どうやらテオドール様が領地を継ぐのは既定路線みたいだ。いやまああれだけのカリスマと武力を見せられたらそりゃあまあ納得ってもんですよ。ヒルダ様もあれを自分を助けるためにやってくれたとなればそりゃあ落ちますわな。
もっとも、私はあんな脳筋バカよりかは頭の良さそうなエドワード様辺りの方が好みだけどね。さて、ヒルダさんも心待ちにしてるだろうし、私は最後にもういくつかお仕事しますか。
そう思いながら私は王都に向かって転移を始める。やはり、ヒルダ様も祝勝会に居た方がいいよね。だってテオドール様、割とカッコよかったし。女の子なら放っておかないかもだもん。正妻にはなれずとも愛人とか。ほら、貴族だし? そういうのもあるかも。
「キューさん! テオドール様は、テオドール様は?」
私は静かにブイサインを出したが、ヒルダ様はなんのこっちゃと首を傾げた。あー、ブイサインが通じてないのか、この世界は。