第三十三話 破棄
公爵様にふりかかる災難!
ヒルダさんの声に扉の向こうで思わず
「ヒルダ!? 何故お前がここに!?」
なんていう叫びが起こっていた。うん、このまま扉挟んだままだと話は進まないよね。
「うむ、同意も取れたので入ってくれたまえ」
中には公爵様ともう一人、割と恰幅のいい男性が座っていた。話の流れから言ってミルドレッド公爵だろう。つまり、ヒルダの父親だ。
「リンクマイヤー公爵様にお目通りするご無礼をお許しください」
「何を言っておられるのか。ヒルダ嬢はすでに我が息子の伴侶となる身。身内として扱わせてもらえれば喜ばしい」
「ヒルダ。お前はいつの間にリンクマイヤー公爵家に行っていたのだ……」
ミルドレッド公爵様はため息を吐いた。あれ、もしかして今回のご来訪は無断で来ましたか。
「嫁入りが何ヶ月か早まっただけではありませんか」
「いや、延期の話が出ていただろう!」
「どの道嫁ぐのです。先延ばしにする理由がありませんわ!」
「エッジの街での醜聞があったからリンクマイヤー公爵家が大変になるのは分かっているだろうが!」
「嫁ぎ先が大変ならば手伝うべきではありませんか?」
「だからお前は……まだミルドレッド家なんだぞ!」
んー、どうやらリンクマイヤー公爵家の傘下で色々事件が起きちゃったから婚約自体が立ち消えになって、結婚話が有耶無耶になっちゃう可能性があったってこと? あー、だから、ヒルダはリンクマイヤー家で爪痕を残すのに躍起になってたのか。言葉は悪いが既成事実を作ろうとしたのね。それならテオドールとさっさとやっちゃえば良かったのに。私だってこう、交われば子どもができる事ぐらいは知ってるんだし。
「……テオドール様は紳士ですから婚姻前の女性に手を触れる訳にはいかないと仰ってまして」
ヒルダにギロリと睨まれた。というか多分ヒルダの考えとしては第一候補がテオドールに襲ってもらって孕むこと、第二候補がリンクマイヤー家にとって有益であると証明して、婚約を継続してもらうことだったのかな。
「まあテオドールならば襲う事は考えていなかったが。しかし、そう思っていてくださったのだな」
「もちろんです、お義父様。私は、テオドール様の妻と既に思っております」
「ヒルダ……お前は」
「それでなんでお父様がここに?」
先程の「お義父様」と今度の「お父様」の間になんか温度差があったと思うんだけど。なんだろう、言葉的には「おとうさま」で同じなのに。
「お前の婚姻の話だよ、ヒルダ」
「まさか、婚姻の日程を早めて貰えるのでしょうか!」
ヒルダが顔を綻ばせながら言う。しかし、ミルドレッド公爵はそれを否定した。
「いや違う。白紙に戻してもらおうとそう申し入れていたのだ」
白紙に戻す? いや、白紙に戻すのはちょっとどうかと思うよ。ほら契約書ってそう簡単に白紙に戻すとあとはバラバラにシュレッダーにかけるしかないじゃない? 裏紙にも使えないし。
「お、お父様、どうしてその様な事を……」
「どうしても何も、この度の騒動でリンクマイヤーが公爵家では無くなるのだ」
「おい、ランドルフ。聞き捨てならんな。それは森林暴走の対処に間に合わなければだろうが」
「ルドルフよ、今の街の状況で森林暴走に対処出来るとでも? お前でも事件の後始末に四苦八苦しているではないか」
「確かに、それは……」
つまり、森林暴走が起こる兆候があり、それに失敗したらリンクマイヤー公爵家はバツが二つで公爵家としての立場を剥奪されるということだろう。
えっと、森林暴走の方は起こるかも、程度ではなかった?
「冒険者ギルドから報告が上がっている。このままだと確実に森林暴走が起こるだろうとの事だ。全く厄介なことだよ」
どうやら事態は刻一刻と深刻なものになっているらしい。これは、私もこの街に戻った方がいい?
「ちょっと、私をちゃんと王都の屋敷に返しなさいよ!」
「それには及ばん。ヒルダ、お主は私と一緒にミルドレッド領に帰るのだ」
王都の屋敷、ミルドレッド邸ではなくてミルドレッド領。つまり、王都から離れて領に帰らされるということ。
「領で私に何をせよと?」
「もちろん、領の事務仕事などやらせてやる。それが出来れば満足なのだろう?」
「私が事務仕事をしたいのはテオドール様のためです!」
だが、ミルドレッド公爵、ランドルフは聞く耳を持たないようだ。
「まあ、商人の後妻程度であればお前が嫁ぐことも出来よう。嫁ぎ先は考えてやるから暫くは事務仕事をしながら大人しくしておくがいい」
「そんな! お父様、どうして!」
「ランドルフ、私は公爵からは降りんぞ。そしてヒルダ嬢はテオドールの嫁として嫁いでもらう」
「ルドルフよ。公爵家同士ならともかく、公爵家でなくなったお主の言に効力が伴うとでも? まあいい。森林暴走の責任を取らされるまでは公爵だからな。それまでヒルダの立場は保留にしておいてやる」
そんな感じでヒルダは父親に連れられて帰ってしまった。ルドルフ、公爵様の顔には疲労の色が見えている。
「公爵様」
「ああ、すまない。取り乱してしまった。しかし、私とてどうしていいやらわからんのだよ」
「森林暴走」
「そうだ。冒険者ギルドからは全力を尽くすと言われているし、領軍を率いる事も考えた。しかし、今からでは間に合わん」
どうやら公爵様の領地にいる軍隊を動員すれば何とかなりそうな気もするけど、自分が領地にいればともかく、辺境の地に来ているので動かせないみたいな感じらしい。あー、その、そういうことなら、私が役立ちません?
私の言葉に公爵様は「その手があったか!」などと叫び声を上げた。そして慌てて手紙を認めると、私に渡してきた。
「これをテオドールに。あやつならきちんと騎士を指揮出来るはずだ。急ぎ兵をまとめて辺境の地に赴くように、と。それまでは我々で持たせればいい」
熱く語ってくれてるとこあれですけど、そっちも何とかなるかも? まあ実験してみないと分からないですが。