第三話 組合
寝床を得ることが出来たキューちゃん。
「さあ、着いたぜ、キューお嬢様」
「お嬢様じゃ、ない」
「何言ってんだ。名字持ちなら立派なお嬢様だろうが」
「家は……捨てた」
「はぁ、やっぱり家出人かよ。いいか、嬢ちゃん」
グスタフさんはため息をひとつ。そして言葉を続けた。
「世の中はな、あんたが生きてきた世界と違ってそんなに甘くねえんだ」
そう言いながら頭をぐりぐりと撫でる。痛いけど少し気持ちいい。
「しゃあねえか。よし、お嬢様もギルドに来い。そこで親に連絡取って貰おう」
ギルドというのが何なのか分からなくて頷いてついて行く。街の喧騒の中を歩いていると時々馬車とすれ違う。あんなものがあるとは聞いたことがない。異世界だからと分かっていたがしみじみと実感する。
グスタフさんは一軒の大きな建物に着くとそのままドアを開けた。少しエチルアルコールの匂いがした。いや、これがお酒の匂いなのだろうか。
「おっ、ベルちゃん、ギルマスは居るかい?」
ベルちゃんと呼ばれた娘はカウンターの向こうにいるから受付嬢なのだろう。仕事のできる女って感じだ。メガネとかこの世界でもあるんだなあ。
「あ、グスタフさん、おかえりなさい。どうでした?」
「森はそこまで異常なかったぜ。まあフィアーベアが居たから狩って食ったけどな」
「もう、グスタフさんくらいですよ、食料を現地調達しちゃうの。ところでその子は?」
「あー、ちょい訳ありでな。ギルマスに相談しようと思って」
「わかりました。ギルマスに伝えてきますから待っててくださいね」
そう言うとベルさんは奥に引っ込んだ。しばらくして、戻ってくるとグスタフさんに応接室に来いと言ってました、などと伝えていた。
カウンターを避けて奥の部屋に繋がるであろう通路に向かう。そっちはもう表側からは見えない様になっている。しばらく歩くと上に上がる階段と横にいくつかの扉がついていた。
そのうちの一つ、応接室と書かれたプレートの扉をグスタフさんがノックする。中から「入れ」という声がする。
「邪魔するぜ」
部屋の中にはソファとテーブル、そしてソファに腰掛けている男性。かなり若い様に見える。顔も整ってる割とイケメンだ。もっとも、私の好みでは無い。
その後ろにはやたら美人の女性が秘書なのかイケメンの後ろに立っている。手には何か書類を抱えているのでお仕事中だったのだろう。
「グスタフ、話とは?」
いきなり話し始めるギルマス。こちらは困惑しかないんだけど、グスタフさんが何を話すのかの方が気になるのでスルーした。
「実は森でこの子を拾ったんだがどうやら名字持ちの様でな」
「なんだと? 捜索の依頼は来てないんだが」
「それが家出らしくてよ。見るからに慣れてなさそうだったからとりあえず連れて来たんだ」
「そうか、それは済まなかった。ええと、君はどこの家門の人かな?」
イケメンが胡散臭い笑顔で私に話しかけてくる。答えたくないし、答えられない。まさかこんな大事になるとは思わなかった。
「アリュアス様、家出人が自分の素性を素直に吐くとでも?」
「エレノア、そうは言うがね? 万一にも無礼があって文句言われちゃたまらないんだよ、ギルドとしてはね」
どうやら私の取り扱い形で揉めてるみたい。これはラッキーなのだろうか?
「王都の方には捜索願が出ているかもしれません」
「あー、それはそうなんだけど、いちいち調べるの?」
「それはそうでしょう。あなた、お名前は?」
「キュー・リンドです」
咄嗟に答えてしまった。いや、偽名だからいいんだけど。そもそも私には本名が無いし、バレたところであの場所には戻されないだろうから。
「リンドねえ。聞いたことないなあ」
「私も寡聞にして知りませんでした。もしかしたら外国の貴族なのでは?」
「ここまで逃げてきたって? それは割と国際問題じゃない?」
「ええ、普通なら家出で終わる話が誘拐したしないの話にまで発展するかもしれません」
なんかどんどんと話が大きくなってきつつある。これはダメだ。
「あの、私、家を追い出されたので、その、何か稼げる仕事をしないと、いけなくて」
思い切って言ってみた。
「追い出された? うーん、となると支度金くらいはあるよね?」
私は首を振る。そんなものあるわけない。
「……よし、わかった。君の言い分を全て信じる訳にはいけないけど、幸いにしてここは冒険者ギルドだ。私の権限で君を冒険者にして、仕事をしてもらおう。それでいいかね?」
イケメンさんの思いがけない提案に、私は飛びつく事にした。とりあえずこれで生活費はゲット出来るはず。あとは、寝る場所なんだけど。
「しばらくはギルドの宿泊施設を使うといい。ちょうど今は誰も使ってないからな」
「わかりました整理しておきます」
「頼んだよ。さて、グスタフ?」
「分かってるよ。今夜の飯はオレが出す」
あれよあれよという間に私の寝床と今夜の食事まで確保出来てしまった。いや、食事にはグスタフさんだけじゃなくてイケメンさんや秘書さんも一緒に来るのかもしれないけど。
ギルドに併設してある酒場に連れ込まれる。お酒は飲めないんだけど、と思ったら大盛りのご飯が出てきた。いや、お米じゃなくてパンだけど。
スープにパンを浸しながら口に入れる。たっぷりのスープを吸ったパンは甘みが増した。これなら硬いパンでも大丈夫そうだ。
私の食事の世話をしてくれるのは秘書さん。男性二人は何やらボソボソと話している。きっと私の今後の処遇だろう。順風耳を持っていれば内容を聞けたかもしれない。
お腹もいっぱいになって、秘書さんに連れられてギルドの寝室に案内された時は既に瞼が重くなっていた。いや、ダメだ。もうちょい頑張って、せめてベッドで寝ないと。
とんだ一日ではあったけど、野宿とかはしなくて済みそうだ。いざとなったら転移で逃げようと思う。目的地は王都かなあ。そういえばこの街の名前知らないや。まあどうでもいいか……