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困惑 (episode3)

ハゲオヤジの名前はそのうち出てきます。

「それでコモリザワタケル殿?」

「ああ、タケルでいいですよ」

「なんと、貴族の方でしたか?」

「え? いや、貴族って。まあ多少裕福ではありますけど」

「なるほど、大商家で名字を賜った方ですね。失礼しました」

「大商家って、いや、名字くらい珍しくないんだけど」


 タケルは不思議な事を言う。家名なんてものがそんじょそこらに転がっているわけが無い。おそらく私のように周りに名字持ちしか居ない環境で育ったのだろう。私とて冒険者ギルドで初めて知ったのだから。


「お待たせしましたぁ。日替わり定食二つお持ちしましたぁ」


 そう言って私たちの前にパンとスープ、それから何やらの肉を置く。何かいい匂いだ。


「まずは食べましょう」


 そう言ってタケルはナイフとフォークを渡してくれた。む、やはり、この者はちゃんとしたマナーの素養があるな。食べ物を手づかみでもなく、食べるのだろう。


 私も、そう思ってまずはパンを手に取った。かなり柔らかい。食べてみる。やっぱり柔らかい。なんだこれは。実家で食べていたパンよりもかなり美味い。


 続いてスープを飲む。濃厚なスープの味わいが口の中に広がる。具はあまり無いが、中に入ってる黄色いつぶつぶが甘い。


「今日はデミグラスハンバーグですね」


 私は次の料理、肉料理に手をつけた。聞いた事無い料理だが、熱々で美味しそうだ。肉にナイフを入れる。柔らかい。すっと切れていく。小さく切ってフォークで口に運ぶ。甘いソースと肉汁のなんとも言えぬ旨味が口の中に広がり、幸せになっていく。こんな柔らかい肉料理、食べた事ない。


「美味しいですね」


 タケルが何か言ってるが私はもうこの料理に夢中になってしまった。付け合せの野菜もソースに漬けて食べると深い味わいになる。


 時折、飲み物を補充してきてくれていたが、飲んでも飲んでも次が来る。払いは大丈夫なのかと思ったが、ここはお言葉に甘えておくとしよう。


 食べ終えて満足になったお腹を擦りながら満面の笑みを浮かべた。天にも昇る気持ちとはこういうのを言うのだろう。


「タケル、ご馳走になった」

「ああ、いえ、大したことは。あ、詳しいこと聞きたいんでジュースでも汲んできますね」


 そう言ってタケルが戻ってきた時にはタケルの前には黒いシュワシュワ音をたてる液体と、見るからに果物の香りがする飲み物があった。どちらがいいかと問われたので果物の方を選択。


 飲み物を口に入れる。甘い。オレンの実に似ているが甘さが段違いだ。砂糖をかなり使っているのか? だとしたら天文学的な金額になるのだが。


「まず、お金が必要だということですが、どうしてぼくに?」

「いや、そなたは金貸しを生業としておるのではないのか?」

「いや、ぼくは単なる学生なんだけど」


 学生! という事はここは王都の学園の近くなのか? 私は通わせて貰えなかったが貴族や豪商の子弟、優秀な魔法の素質を持つ庶民などが入るという学園だ。どうやら王都にまで来てしまったらしい。


「そうか。では、冒険者ギルドがどこにあるのか分からないだろうか?」

「冒険者ギルド? なんですか、それ?」


 まさか、この者、冒険者ギルドを知らないのか!? あの大陸中の国に支部を持つという一大組織だぞ? 普通に街中で暮らしていれば出会うものではないのだろうか?


「すまない。冒険者を知らないとは思わなくて」

「そんなのがあるんですかね? ぼくは聞いた事ないです」

「いや、いいのだ。それではこの国はなんという国なのだろうか? 国名さえ分かれば何とか」

「国の名前ですか? ここは大八洲おおやしまですけど」


 ほへ? おおやしま? そんな国聞いた事ないぞ!? ま、まさか、ここは大陸すら越えて別の大陸に来てしまったと?


「あー、すまない。少し取り乱した様だ。そうだな。冒険者が無いとなれば金を稼ぐ手段を探さねばならないんだけど、どうしたらいい?」

「お金を稼ぐなら普通にバイトですかね。でも、そうですね。履歴書ないと雇って貰えないかもしれません」


 りれきしょ、とはなんだろう? 今までの魔法の使用履歴でも出せと? これは困った。


「いや、あの、その……」

「……わかりました。それなら身分問わず住み込みで働けるバイトを紹介しますよ」

「ほ、本当だろうか?」

「ええ、ついてきてください」


 そう言われてついて行ったのは何やら明かりがチカチカと眩しい場所だった。やたらとうるさい。


「おじさん、居るかい?」

「なんだ、タケルじゃないか。どうした?」

「ちょっと相談があるんだけど」

「なんだ? 金を借りるほど困ってんのか? それならアニキに言えば出してくれるだろうに」

「違うよ、あのこの子なんだけど」


 そう言われて私は足を踏み入れた。好色そうなハゲオヤジが私の身体を舐め回す様に見ている。いや、そういう視線は慣れてはいるけど。


「こりゃあ上玉じゃないか」

「おじさんのところで雇ってくれない?」

「水商売の方が稼げるだろ?」

「ぼくを助けてくれた人だから、そういうのはちょっと」

「……そうか。まあわかった。雇うかどうかは働きを見てからだ。住むところはアパートを手配してやろう」

「ありがとうおじさん」

「なぁに、タケルに頼られるのは嫌じゃないさ」


 そう言ってハゲオヤジは笑った。きっとタケルにはいいおじさんなのだろう。


「さて、あんた。名前は?」

「ティアだ。家名はない」

「あー、訳ありって事だな。まあいい。ここにはそんなやつは沢山いる。働くにあたっては、二つ注意してくれりゃいい」


 二つ、そう言ってハゲオヤジは指を突き出した。


「まずひとつ、他人の詮索はするな。もうひとつ、時間は守れ」


 普通の事だった。時間というのが何なのかは聞いたことがある。そういえば今日は鐘が鳴らないな。


「とりあえず今日はアパートで休め。仕事については明日以降で説明する」


 そう言うとアパートまで案内してくれた。宿では無いがベッドはある。色々あって疲れたからベッドで休もう。とんだ一日だった。

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