第二十五話 従僕
毒殺しなくてもしばらく動けなくすれば良いのです。
基礎侵入実習以来のメイド服である。いや、本当にメイド服なんて着ることあるのかって思ってたんだけど、八洲のお偉いさんはメイド服が割と好きなんだそうな。
「似合いますでしょうか?」
「そうですね。メイド服を特注しなくて良かったとは言っておきましょう」
どうやらエドワード様にはメイド趣味はないらしい。顔を赤くもしない。つまらん。
「基本的に私はエドワード様のそばについておきます。そしてお茶や軽食などは私が用意します」
「あなたが? 作れるのですか?」
「ええ、簡単なものでしたら。複雑な料理を期待されても困ります。それは料理人の仕事ですので」
私の仲間には料理人顔負けのものを作る子もいたはず。私はご相伴にあずかることもなく、ペースト状の食べ物を黙々と食べてたから詳しくは知らないけど。
「それで、エドワード様に何かあった時にはベルガーさんに伝えます。こうやって」
そう言うと私は念話を飛ばした。受信者に素養は要らない。あったら返ってくるだけだね。だからベルガーさんにエマージェンシーを送るくらいしか役には立たないのだけど。でもベルガーさんにエマージェンシー送っても仕方ないかもなあと思う時もある。
「よし、では仕事を再開しよう」
エドワード様は再び仕事に戻った。私はじっとしている。じっとするのはそこまで嫌いでは無い。退屈なのは間違いないが時間を潰す術がない訳では無い。
素数を数える? ノン。山手線ゲーム? ノン。一人古今東西? ノン。私には今、透視がある。つまり、どんな場所も覗き放題なのだ。なんか力が強まった気がして屋敷の範囲内なら見通せる気がするんだよね。
とりあえず調理場。料理人たちがしのぎを削って料理を作っている。ん? あれはヒルダ?
何か囁きながら渡していたけど、なんなんだろう。あっ、その料理人がスープのお皿にそれを放り込んだ気がする。あれはなんだろう。もしかしてテオドールのスープに精力剤入れたとか? いやまあお二人は婚約者同士ですからね。婚前交渉というのがこの世界ではどうかは分からないけど、可能性としては有り得る。
スープを載せたワゴンがカラカラと音を立ててこちらに向かって来る。あれ? なんで? テオドールのところでは?
「失礼致します、エドワード様」
「なんだい?」
「お食事の時間になっても来られないのでせめてスープだけでもいただかれてはとお持ちしました」
「そうか。心配をかけたね。いただくよ」
「はっ、終わる頃に提げに来ます」
そう言って運んで来た男は去っていった。エドワード様がそのスープを食べようとする。あ、ちょっと待って。
「エドワード様、ちょっとお待ちいただけますか?」
「なんだい?」
「失礼して……鑑定」
鑑定で見ると毒と出た。命を奪うものではなく、身体を痺れさせるものだ。しかも遅効性の。いや、屋敷内だから身体が痺れたくらいではなんともないだろうが、ペンは持てなくなる。ペンが持てないと仕事が出来ないから代わりにテオドールがって寸法だろうか。
「エドワード様、スープは飲まないでください」
「ええっ、何かあったの?」
「神経毒ですね。飲むとだんだんと痺れてペンも持てなくなります」
「な、なんだって!?」
エドワード様は信じられないといった顔でスープの皿を見ている。あー、ベルガーさん、テステス、マイクテス。聞こえてますかー?
「むっ? 何かあったのか?」
「エドワード様の食事に毒が盛られました。誰が犯人かは分かりません」
おそらくは十中八九はヒルダの持ち込みだろうけど、しっぽを掴ませるような事はしていないだろう。
「直ぐにそっちに行く!」
そしてバタバタと音がしてベルガーさんが辿り着いた。スープの冷めない距離、というのはこういう事なのだろうか。えっ、多分違う?
「エドワード様はご無事ですか?」
「あ、ああ、キューのお陰でな。でも本当に神経毒が入ってるのかい?」
「まあ信用されてないのは分かってますので、誰か実験台を借りても良いですか?」
実験台という言い方はどうかと思うが、本当に痺れ薬なのかは分からないからね。私の鑑定が間違ってる訳ないけど。
「で、では、使用人を呼んできます。おい、誰か!」
「はい、お呼びでしょうかベルガーさん」
「おお、ショーンか。エドワード様にスープが運ばれてきたがまだ食べたくないそうでな。なんならお前が食べてもいいぞ」
「本当ですか? うわぁ、エドワード様、ありがとうございます。では、いただきます。うわぁ、美味しい! エドワード様ってこんな美味いもの食べてるんですね!」
クリーミィーそうなスープを夢中になって飲んでいるショーン。大変美味しそうでございます。私もお腹減ってきた。
「ふう、ご馳走様でした。こんな雑用ならいつでも大歓迎ですぜ」
「ショーン、身体に何か変な事はないか?」
「は? ありませんけど、ま、まさか、毒でも入ってたんですか?」
「いや、何も無いならいい。美味いものを食っても胃が受け付けないというのがあるからな」
「なんだ、そんな事ですか。日頃からつまみ食いはしてますから……あ、いけね」
どうやらつまみ食いの常習犯だったらしい。いやまあ実害出ないならいいんじゃないかな。でも貴族の食事って毒殺恐れそうなんだけど。
「ショーン、お前はしばらく私を手伝ってくれ。スープを食べたんだからそれくらいはしてくれよ」
「あ、なるほど。手伝いの報酬だったんですね。それならいいや。分かりました。何からしましょう?」
そうしてショーンには書類の片付けを命じていた。なるほど。これならショーンを逃がすことなく留められる。
「あ、あれ?」
「どうしたショーン?」
「いや、身体に、力が、入らなく、なっ」
バタリ。ショーンがそのまま痙攣しながら床に倒れた。やべ、動けねえとかボソボソ言ってる。仕方ないアフターフォローしてやるか。
私は治癒で痺れをとってやる。軽い痺れくらいなら私でも治せるからね。