古傷(episode24)
なんかティアちゃんの戦闘能力が留まるところを知らない(元の世界ではそれなりのランクの冒険者相当です)
翌日、私と凪沙、そしてタケルは待ち合わせをして若林さんを連れておばあちゃんのお店に行った。仕事はお休みもらいました。なんでもオーナーもあのおばあちゃんには大変世話になったらしくてそういうことならと快く送り出してくれました。
「若林さん、お待たせしました」
「おう、まあこれも仕事だからな」
「じゃあ案内しますね!」
そう言って私たちは商店街のアーケードを歩き始めた。アーケードは人がまばらにいて賑わってるとは言い難かったが、店の人の売り込む声なんかは耳に入って来ていた。中にはこっくりこっくり船を漕いでる人も居たけど、おそらくこの商店街の本番は夕方からだろうから大丈夫なんだろう。
「ここです!」
私が手芸屋の前まで若林さんを案内したら、なんか若林さんの顔色がすこぶる悪くなっていた。あれ? 歩き疲れたのかな?
「……なあ、もしかしてここの婆さんか?」
「ええ、そうですけど」
「いや、すまん、ちょっと用事を思い出すことにした」
「それって本当は用事なんかないって事じゃないですか!」
「わかってる、わかってるが、今日は星の巡りが悪くてな」
「まだ昼間ですよ?」
「うがーっ、持病の癪が!」
「頭抑えながら言わないでください」
なんで頭抑えるなって話かと言うと、癪というのは胸部や腹部の激痛の事なんだそうな。タケルは物知りだよね。
「なんだい、やかましいね。うちの前で騒ぐんじゃないよ」
「あ、おばあちゃん!」
「おうおう、凪沙ちゃんに、タケル、それにティアちゃんだったね。あと、そこに蹲ってるのはジャックじゃないか」
ジャック? 若林さんの名前は聞いてないけど、もしかして下の名前がジャックって言うのかな?
「くそばばあ! まだ覚えてやがったのか!」
「忘れるわけないじゃないか。あんたが「今日からオレのことは若林じゃなくてジャックと呼べ!」って宣言したんだから」
「うわー、忘れてくれー」
若林、ジャックが頭を抱えて転がり回った。あの、地面を転がるのは汚れるからやめた方が良いと思いますよ。
店の中に通されてジャック……いや、若林さんの事をおばあちゃんから聞かせてもらった。昔、おばあちゃんは子供たちに勉強を教えていたことがあって、漢字の読みで「若」ってのを「じゃく」と教えてやったのが始まりなんだそうな。
若林少年はテレビでやってたヒーローと同じ名前だっ!って大はしゃぎして、「オレがジャックだ!」みたいな事を言い出したらしい。
まあそんな可愛い話も小学校の間だけのこと。思春期が過ぎてしまえば恥ずかしい黒歴史となる。中学に上がって周りの不良たちをまとめていた若林少年は会う度にジャックと呼んでくるおばあちゃんを嫌がって寄り付かなくなったそうだ。
「へー、若林さんって不良だったんですね?」
「昔からガタイがいい方じゃなくてな。色んな格闘技を習ってたから絡まれて返り討ちにしていたらまとめる事になっちまってな」
確かに若林さんは小柄だが大きくなって縮んだとかでは無いらしい。年取ると身長縮んだりするよね。
「それがなんで刑事に?」
「いやまあ、馬鹿やってた時にとっつかまって説教食らってな。その刑事が細くて折れそうなのに全然勝てなかったんだよ」
どうやら警察の道場でメタメタのギタギタにされたらしい。そんで見所があるから警察学校でも言ってみろって推薦してもらったんだって。それで脱落するのもカッコ悪いからと頑張ってたらいつの間にか刑事にまでなってたそうだ。人に歴史ありだね。
「おばあちゃんには暴力振るわなかったんですね」
「当たり前だろう。恥ずかしいからって暴力振るうような卑怯者にはなりたくないからな。それになんか勝てる気しねえんだよ」
あー、たしかに。私もおばあちゃんに勝てる気しないなあ。これは戦闘能力がどうとかそういう話ではなく。人としての格の違いというやつかもしれない。
「しかし、婆さん。皇都に行かねえでまだ残ってたんだな。孝太も進次も佳文も全員皇都だろ?」
「バカ息子たちは良いんだよ」
どうやら若林さんはおばあちゃんの三人の息子の事も知ってるみたい。で、今回の件の発端がその息子のうちの一人が騙されて書いた借用証書にあるというのを聞いて誰か思い当たったらしい。
「なるほど。てことは進次のバカだな。孝太は用心深いから大丈夫だろうし、佳文は金持ってんだろうしなあ」
どうやらおばあちゃんの息子の一人は皇都でも有名な企業の社長なんだそうな。それならおばあちゃんも向こうに行けばいいと思うんだけど、この地を離れるつもりもないみたいだしなあ。
「まあいい。市民の平和を守るのも警察の仕事だからな」
「おやおや、あのジャックが随分と成長したねえ」
「だからその呼び方やめろ!」
とか何とか言ってた時だった。店の前に数台の黒い車が止まった。
「やぁやぁ皆さん。お久しぶりです。そろそろお金返してくださる気になりました? それともここを明け渡して貰えますか?」
「あんたがボスかい?」
若林さんが男に声を掛ける。男は怪訝そうな顔をして若林さんを見ていた。
「赤鷺金融のモンだ。あんたはなんなんだい?こいつらに頼まれたか? 金か? いや、金はねえだろうから身体でも担保にしたのかよ」
「金でも身体でもねえよ」
そう言いながら若林さんは懐から手帳の様なものを出す。
「清秋谷の若林だ。ちょっとお話を聞かせてくれんかね?」
「清秋谷……警察かっ!?」
「おやおや。八洲でもまだ警察呼びする奴がいるとは思わなかったな。あんたら、本当に八洲の人間かい?」
「ぐっ」
いや、そこで言葉に詰まったら「ぼくたちは外国勢力のイヌです」って自己紹介してるっぽくない? 勝手に自滅したのかな?
「いやいや、お巡りさん。ボクたちは健全な八洲の民ですよ。いやだなあ」
そう言いながら後ろの方の人間たちが武器を手に取るのを私は見逃さなかった。というか不意打ちでもするつもりかな? 気配も消してないのに不意打ちになる訳ないよね?