第二十三話 弟君
弟、書類仕事もそれなりによく出来ます。
私はひとまず王都に跳んだ。王都で買い物をする。買うものは隠密行動の為のもの。潜む場所は宿屋なんだけど、そこから公爵邸での動き方を考える。
まず、味方にしないといけないのはベルガーさんだ。今までこの家が崩壊しないでいられたのは公爵様が居たのとベルガーさんが取り仕切っていたからだろう。
「ベルガーさん」
「あなたは……何の御用ですかな?」
私を見る目が厳しくなる。そりゃあそうだ。私の用事は終わったと思ってるのだから。
「ベルガーさん宛に公爵様から書状を預かっています」
「! なんと!」
「お話出来ますか?」
「無論です。旦那様の命令以上に優先せねばならないことなどございません」
テオドールが言ってきたら逆らえないんじゃないかと思ったけど、そこは公爵様が優先のようだ。
「ここならテオドール様にも聞かれますまい」
「聞かれたらまずいことだと察していましたか」
「それはそうでしょう。出なければ私に秘密裏に連絡を取ろうとしようとするはずがない」
やはり頭はいいのだろう。ベルガーさんは状況が読めている。私は手紙を見せる前に公爵様に語った内容をそっくりそのまま説明した。
「ふむ、確かに。ミルドレッド家のお嬢様がいらっしゃれば手玉に取られるでしょうな」
「そんな人がテオドール……様の嫁になったの?」
「そのような方だから、ですよ」
何を言ってるのかよく分からない。優秀な人間ならば王家とかそっちに請われて嫁に行くはず。
「……庶民の世界でも、そうだと思いますが、貴族の世界では女性は慎ましやかであることが求められます。誰も才能など、優秀さなど求めてないのです。求められているのは女性としての魅力。つまり、肉体の豊満さです」
ベルガーさんが私の方をちらっと見ながら残念そうな顔をしたのがわかった。そりゃあまあ、私はそういう魅力に欠けてると思う。あー、そう言えばティアもおっぱい大きかったなあ。私も育てばあれくらいにはなってたのか? 私的には余計なものだけど。
「つまり、そのミルドレッド家の人は頭が良くておっぱいが小さいと」
「……左様でございます」
「よくそれであのテオドールが了承しましたね?」
「公爵様のゴリ押しでしたから。ですが、愛人ならば片手の数では足りないくらいにおります」
「相手の人はそれでいいの?」
「良いのではないでしょうか。報告したら放っておいていいと言われましたから」
あ、テオドールは男として相手されてなくて、リンクマイヤー公爵だからこそ相手はしっぽを出さずに注意していたはずだ。
「ともかく、私は公爵様の依頼で余計なことしないように見張っときますのでベルガーさんはエドワード様をよろしくお願いします」
「そうでしたな。エドワード様には頑張っていただかないと」
こうして私と執事のエドワード応援大作戦が始まった。まずは書類仕事である。公爵様は書類仕事は頑張っていらっしゃったらしく、ベルガーさんはほとんど手伝ってないのだという。
テオドールの関与はおそらく大丈夫だと思ってる。きっと「じゃあお前がやれ」って言われても書類仕事から逃げ出すに違いない。
その点で言えばテオドール様は素直に机の上の書類を処理している。領地の税金などの収入とその使い道である支出に関するものだ。必要なものかどうかを判断して指示を出す姿はなかなか様になってる。
「エドワード様、どうですか?」
「あなたは、確か冒険者の」
「キューよ。公爵様に届け物を頼まれたからまたお邪魔してるわ」
「そうですか。それはご苦労様です」
「あなたの方が余程ご苦労様だと思うけど?」
「あはは、そうですかね? でも書類仕事は好きなんですよ。読めば分かりますし、つたわりますから」
どうやら本当にエドワード様はデスクワークを苦にしてないらしい。処理能力もそこまで低くは無いのだろう。
「何が苦手なの?」
「社交や交渉ですね。相手に気圧されてしまうので」
なるほど。柔和な顔つきだと思っていたらそういう弱点があるのか。ん? となればそういう場合って奥さんがとりしきるものでは?
「あの、失礼ですが、あなたとテオドール様のお母さんはいらっしゃらないのですか?」
「ええ、兄上の母は姦通が原因で離縁、私の母は病気で私が5歳の頃に亡くなりまして」
あー、やっぱり母親は違ったんだな。しかしまあ兄の方の母親が姦通だなんて醜聞にも程がある。それってテオドール自身の評判には関わらないのかな?
「兄は母上、いえ、義母殿のせいで自分が干されていると思っておられるようです」
あー、本人はそう思ってるけど、屋敷内でそれを言ってる人は少ない感じかな?
「義母殿の醜聞を打ち消すべく、兄上の婚約者をミルドレッド家から迎えたのです。ミルドレッド家としても問題ないと思ったから義姉上が嫁がれる事になったのでしょう」
いや、まあ傷物と傷物でくっつけたって感じがプンプンしますね。それでも公爵家同士だから家格を落とさなくていいと好都合だったんでしょうね。
「エドワード、エドワードは居るか?」
バン、と扉を開いてテオドールが入ってくる。私は咄嗟に転移で屋根裏まで逃げた。
「どうされましたか、兄上」
「お前はそんな書類仕事をやっていたのか?」
「父に、言われましたので」
「お前がやる必要はないと言っただろうが!」
「でしたら兄上と代わりましょうか?」
エドワード様の言葉にテオドールが言葉に詰まる。
「ちっ、書類仕事くらいはやらせてやる。お前も公爵家の一員だからな。だから終わったら報告しに来い」
「分かりました」
「それとヒルダが来るからもてなせ」
「義姉上が?」
「そうだ。将来の為にも夫婦で取り仕切る事にした。文句あるか?」
ここであると言えないのがエドワード様だ。案の定「ありません」とか細く応えた。しかし、早速乗り込んでくるみたいだから私が見極めないといけないんだよね。