第二十二話 批評
黒いカードは先生のしるし、なのかどうかは不明です。
なんで私が公爵様の手紙の内容を知ってるのかと言うと、公爵様に意見を求められたからだ。公爵様にはテオドールもエドワード様も同じように可愛いらしく、いや、なんならテオドールの方により可愛さを感じている。
これは私見なので公爵様には言ってない。というかテオドールのことを言う時は仕方ないヤツめ、などと言いつつ顔が綻んでいる。だけど、手紙を読み終えた時に頭を抱えたの本当だ。
「客観的な意見を聞いてもいいかな?」
「なぜ私に?」
「実物を見たからだな」
「不敬罪で処刑されたりしません?」
「まあ、ここには私と君しかいないからな」
「使用人の方とかたくさん居ますよね?」
「問題ない」
あー、意思決定する人物が私と公爵様しか居ないってことだろうな。公爵様の命令に従う人たちは沢山居そうだけど。
「そういうことでしたら。ええと、まずはテオドールからですね」
「そうだな。敬称をつけてない時点でどうかは分かるが」
「あれはダメですね」
私はハッキリキッパリと言ってやった。ちゃんと理由もあるのだよ。
「何故だ? あれでも貴族としての教育はして来たし、学校の成績も悪くなかったのだが」
「人の話を聞かずに自分の都合のいい様に考え、違っていたら陰謀だ、仕組まれたと話す。正直、貴族として以前に人として生活できるかどうか疑問に思えます」
「ぐぬぬ」
「あんなのほっぽり出したら一日もたずに死にますよ? 死に方は……街の外に出れれば御の字でしょうね。まず、どこかでトラブル起こして死にます」
「い、いや、さすがにそこまででは」
どうやら公爵様には現実が見えてないようだ。ここはきちんと突きつけなければなるまい。
「家を追い出されたらまず、あのバカは何をすると思いますか?」
「仕事を探すのでは?」
「違います。まず、家を出る時に貰ったお金で酒を飲んで騒ぎます。間違いありません」
ああいうアホは後先考えずに持ってる金を使おうとする。それもこれも金はいくらでも湧いてでるものだと思ってるからだ。自分で働いて稼いだ訳でもないのに。
「そ、そんなことをすれば」
「ええ、早晩金は尽きます。そしたらどうするでしょうか?」
「こ、今度こそ働くのでは?」
「違います。身分を笠に着て、お店から食べ物や飲み物、店の商品を強奪します」
「なっ!?」
今度こそ公爵様は絶句している。でも多分間違いない。ああいう奴は自分の持ってる特権を自覚していて、それを使って少しでも楽をしようとする、いや、そういうのが世界だと思っている。
「さて、店に拒否されたらどうなると思います?」
「やはり働くことにするのでは?」
「いえ、持っている武器で店の者を殺すか大怪我を負わせますね」
最早公爵様は何も言わない。テオドールってバカはそこまでやらかすほどの傑物、いや、欠物なのだ。
「な、なら、エドワードはどうだ?」
「エドワード様ですか? うーん、まあ言われたことは何とかこなすのでは?」
「そうだろうそうだろう」
「ですが、指示にないことは対応出来ないでしょう。お兄さんに虐げられてきたんでしょうね」
エドワード様はいわゆる「いい子」である。だから優等生みたいに与えられた事には対応出来るけど、自分での判断は苦手なんだろうね。言われるまで手紙を書こうとしなかったので間違いない。
「えー、最後に執事のベルガーさんですが」
「ベルガーまであるのか」
「もちろん。恐らく彼に任せておけばどれもなんとかなると思います」
「何が問題なんだ?」
「エドワード様にもテオドールにも逆らえないというところで使用人として諌められないというところだと」
「そうか」
公爵様は肩を落としている。でも、あのね、ここからが本番なんだよ。
「それを踏まえると、現在の皇都の公爵家は非常にまずいです」
「な、なんだと!?」
あ、公爵様が慌てた。ということは気づいてなかったのか、あえて目の前の出来事に目を瞑って耳を塞いでいたのか。
「勝手に動いてイニシアチブをとるテオドール。手紙にないことばかりやられてオロオロするエドワード様。そして、テオドールに手を出すなと命じられて黙って見てるだけのベルガーさん。そりゃあ崩壊してもおかしくないと思いますよ」
私の意見を聞いて愕然とする公爵様。いや、公爵様の家庭内だけで済むならまだ大丈夫だろう。しかし、もし、公爵家の外部から干渉を受けたら?
「あの、つかぬ事をお伺いしますが、テオドールのアホに婚約者はいらっしゃいますか?」
「あ、ああ、テオドールに箔をつけねばと同じ公爵家のミルドレッド家のご息女を迎えている」
「その人が傑物だったら公爵家乗っ取り完了になりますね。恐らくテオドールなんて片手で転がせますから。私でも出来そうです」
公爵様の顔色が明らかに悪くなった。そして私を引っ掴んで縋ってきた。
「頼む、テオドールの暴走を停めてくれ。この通りだ」
「私が出任せを言ってるとは思わないんですか?」
「そんなはずは無い。君には何のメリットもないのだ。嘘を吐かずとも放っておけばいい。貴族の不興を買う必要も無いのだ」
「それはまあ、そうですね」
そもそも貴族とかあまり信用してないし。だって八洲の八家みたいな奴らでしょ? 古森沢みたいな穏健派でもない限りは見れたもんじゃないもの。
「で、私は何をしたらいいのですか?」
「私の名代として監視役を頼む。その気になれば処断してくれても構わん」
「私が悪用したら?」
「それこそ公爵家はおしまいだ。どちらに転んでもな。つまり信じるしかないということだ。それに、報酬を積めば何でもするのが冒険者だろう?」
こんなこと冒険者としての職務には含まれないと思うけど、乗りかかった船だし、何より、あのテオドールを放っておいたら大変なことになりそうな気がする。
「分かりました。とりあえず皇都での当面の生活費をください。それから買い物等は全て公爵家につけておきますので」
「公爵家のではなく私個人につけてくれ」
「あー、分かりました。別会計があるんですね」
「そうだ。このカードを出してくれればわかる」
差し出されたのは黒いカード。この世界でブラックカードを持つとは思わなかったよ。