第二百八話&episode208 仮決
九月も終わりですねえ……
「ビクトリー、いぇい!」
ティアがハイタッチを求め、若干戸惑いながらもキューが応じる。もちろんティアの元の世界にこんな仕草はない。だいたい武器持ってるからね。キューの元の世界にはもちろんあるんだけど、キューは研究所で育ったからそんなハイタッチなんて映像でしか見たこと無かった。
「いやぁ、でも凄かったね。あの結界?? 全然冷気が漏れないんだもん」
「あー、うん。魔力を通さない感じになってるらしいよ」
「えっ? じゃあ私の魔法なんで発動したの? それなら手前に着弾するんじゃない?」
「多分だけど無意識のうちに座標を着弾点にしたんじゃない?」
「いやいや、それでも私の魔力が通ったって事になるよね?」
二人が相談して言い合っても結論なんて出ないんだからやめときゃいいのに、色々考察してしまう。そうこうしてたら頭の中に声が響いた。
『説明しよう! って言ってみたかったのよねー』
仕事をどうしたのか知らないが女神様が頭の中に話しかけてきた。
「そう言えばあの白い世界に行けるんだよね。行って話そう」
「うん。そうだね。っていうかどうやったら行けるの?」
『心の声に耳を傾けるのです。そして行きたいと強く願いなさい。信じる心が力になります』
この女神様のやる事はいまいち信頼出来ないのだが、言われるがままに念じて二人は目を閉じた。
再び目を開くとそこは白い部屋。もちろん仮称だ。もう白い部屋というか雑多なものに溢れた場所になっている。
基調は白なのは変わらない。ベンチベンチとクッションは無くなってて柔らかそうなソファーがそこに鎮座していた。前に隅っこに置いてあったソファーなのかと思ったけど、座る部分にシミなどない上に前よりも柔らかい座り心地になっていて、新調したのだろうと当たりをつける。
足元の絨毯は無地だけど色はチャコールグレー。セパレートなのは前と変わらない。もちろん前に見た時と違うが、これはこれで落ち着いた雰囲気で好感が持てる。絶対女神様の差配ではないだろう。
周りに生えている木は果物だけでなくどんぐりやイチョウ、カエデ(サトウカエデのはず)は言うに及ばず、ゴムの木やコーヒーノキ、カカオツリーなどの実用的な木が増えていた。カカオとか採取してもチョコレートを作るには長い道のりがあると思うんだがなあ。まあ女神様はそこまで考えてないのだろう。
木の生えている真ん中にテーブルがセッティングされている。おかっぱの髪、純朴そうな顔のセリオースさんがお茶の準備をしてくれていた様だ。席には温めてあったカップとお茶請けのお菓子が並べられていた。
「ティア様、キュー様、おかえりなさいませ。お待ちしておりました」
綺麗にカーテシーではないけど丁寧な礼をされた。どうやら私たちを賓客としてもてなしてくれるようだ。よく見たらホストが居ない。普通にお菓子とお茶を飲み食いしてると二人して思ってたんだけど。
「創造神様でしたらただいま仮決算に向けて書類の作成中でございます」
仮決算、という言葉を聞いて、キューは「あの伝説の。この世界にもあったんだ」と思うに留まったが、ティアの方は明らかに顔色が悪くなっていた。まあ会社を設立したばかりだからまだ仮決算などはないのだが、明日は我が身というやつである。何しろタケルからも裕也からも散々に脅されているのだ。
とりあえずセリオースさんにお茶を入れてもらう。キューは砂糖をドバドバ入れる。ティアも最初はドバドバしてたが、八洲では別に砂糖は貴重品ではないと知り、適量に抑えた。いやまあ魔法使ったあとは甘いものが欲しくなるのでそれなりには入れているみたいだが。
「二人ともお待たせー」
ラフな格好の女神様が姿を現した。ラフな格好、というのは女神的な服装ではなくジャージ姿ってことだ。いやまあ確かに今更取り繕われても困るだけだから別にいいんだけど。
「ごめんね、決算書類が終わらなくて」
「大変なんだね」
「いつまでなんですか?」
「……ええと、今日の夜六時くらい?」
「今何時ですか?」
「お昼過ぎたぐらいだからまだ時間はあるって」
「あとどれ位あります?」
「………………半分は終わった」
ということは残り半分が残っているのだ。これは終わらないだろう。もしかして終わらなかったらペナルティがあったりする? 例えば担当交代とか。いや、調和神様が出てくるならそれは我々にとってはご褒美では?なんて思ってた二人だったが、
「担当の交代もあるかも。多分新しい人は新人だろうね。私の世界を幾つかに再分配してからになるんじゃないかな。普通の地方神だと権限少ないし」
それを聞いて二人はガタッと立ち上がった。やる事は一つだ。
「手伝います。今からやりましょう」
「詳しい話は終わらせてからゆっくりしましょ。打ち上げも兼ねてね。いいよね、セリオースさん?」
「もちろんです。お嬢様方が手伝ってくださるなら万の援軍を得た思いです」
「ちょっとセリオース!? 私の意見は無視なの?」
女神様が悲痛な叫びをあげる。だがセリオースさんは動じた様子もない。ロボットだから? マシンだから? ロボットじゃないです、ア・ン・ド・ロ・イ・ド。
「いやまあ正確には対有機生命体奉仕用ヒューマノイドインターフェースなんですけど」
そんなセリオースさんの言葉は無視して仮決算の必要書類を運ばせる。とりあえず領収書の整理からやる事になった。というか女神様は月毎に作っててその都度領収書の山から探すみたいなやり方だったのでまず月次で領収書を整理した。というかそんな事すらやってなかったんかいって感じだ。
「ほら、収入出して。ええと各世界からの収支? これはどこ当たったら分かる?」
「ご心配なく。データは全て把握しております」
「さすがセリオースさん! 頼りになるぅ!」
「ちょっとセリオース!? そんな事聞いてないわよ?」
「聞かれませんでしたので」
「むきー!」
まあ女神様が怒ったところで作業が進む訳もないから黙々と続きをする。やり遂げたのは六時まであと五分という時間だった。