第二十一話 三信
タイトルは三つの手紙って意味で。
目の前で繰り広げられている兄弟喧嘩。いや、喧嘩にすらなってない。テオドールってバカが勝手に公爵様の言うことに反抗してるだけだ。
こういうバカは私は嫌いである。そもそも無能者にご飯を食べる権利なんてないのだ。私らもそうだった。それで何度食事を抜かれた事か。いや、違うな。それでも私たちには最低限のものは与えられていたんだ。だから私はこうして生きてる。私も無能だったからね。あの夜までは。
「あの、私はそろそろお暇しても?」
「なんだ貴様! 薄汚い冒険者風情がどの面下げてこの私に見えているのだ!」
「テオドール様、この者は旦那様からのお手紙を届けてくださった方で」
「なんだと! ならば、貴様が犯人だな! 貴様、父上の手紙を偽造したのだろう? 弟に、エドワードにいくら貰った?」
私が手紙の内容を知ってるわけが無い。手紙には封蝋がしてあったし、何より、そんな事をするメリットがない。未だに書くのは苦手なのだ。
「私は字が汚いので手紙は書けませんし、読めません」
読めるけど読めないという事にしておいた方がいいだろう。こいつはさっき私のことを「冒険者風情」と罵った。つまり、明らかに見下しているのだ。ならばそこに乗っかるように私の評価を下げてやるような発言をしたら……
「む、そうか。確かに冒険者風情では読み書きもままならんか」
どうやらテオドールは落ち着いたようで少しほっとした。エドワード様もほっとしているが次に矛先が向くのはあなただよ?
「ならば貴様だな、エドワード。いつ手紙を摩り替えた?」
「誤解です、兄上。ぼくはそのような事」
「言い訳しても無駄だ! 私にはちゃんと分かるんだからな!」
分かってないやつほど私には分かると騒ぐ。どこの陰謀論者だ。
「あ、あの、通信の魔法で連絡を取っては?」
「ふん。なぜそんなことを貴様が知ってるのかは知らんが、あの通信の魔法は当主である父にしか扱えんのだ」
どうやらここにいる人は全員資格なしみたいだ。まあそりゃあんなのしょっちゅう使えるなら手紙なんかいらないわけで。
「と、とにかく、私は届けに来ただけですので、お返事いただくなら待ってますけど」
「おお、そうであった。お待ちいただけますかな?」
「ベルガー、返事は私が書く」
「で、ですが」
まごまごしているベルガーさんから手紙を奪い取り、テオドールは部屋を去った。
「テオドール様……」
「いや、黄昏てないで早く返事書いて」
「それはどういう?」
「別に返事は一通でないといけないって事は無いじゃない。私が届けるんだから百枚綴りの大作とかじゃなければ持っていくわよ」
「た、確かに」
ベルガーさんは慌ててペンを執って書き始めた。私はエドワードさんに向かった。
「あなたはどうするの?」
「え?」
「あなたはお手紙書かなくていいの?」
「そ、そうですね。書きます。私も父上に書きます」
そんなこんなで三人の手紙が出揃った。まあベルガーさんのが一番早く書き終わり、次がエドワードさん、最後にだいぶ待たされてテオドールである。
「そら、持っていけ」
テオドールは手紙を私に投げて寄こした。裏には公爵家の紋章が封蝋に刻まれている。ベルガーさんやエドワードさんのにはなかったものた。
恐らくテオドールが書斎を独占したから封蝋は出来なかったんだろう。しかし、ちゃんと封蝋になってるからこいつじゃなくて他の使用人にやらせたのかもしれない。
「お預かりします。では、私はこれで」
「今から出るのか?」
「あ、はい。事は一刻を争うという訳ではありませんが、貴族様のお屋敷は私には敷居が高いので」
「ふん、なかなか身を弁えているじゃないか」
「ありがとうございます」
別にへりくだったところで、私に被害が及ぶこともない。私の尊厳? そんなものはあの研究所にいた頃からなかったよ。
私はお屋敷を出て再び冒険者ギルドへ。ギルドでは私が預けた手紙が場所ごとに仕分けをされていた。こういうのもギルドの仕事なのかな?
「遅いよ、どこほっつき歩いてたんだい!」
「あー、公爵様のお屋敷でテオドールって人に捕まってまして」
「……ああ、公爵家の」
その言葉でなんか全て納得出来た気がした。恐らくここ、皇都でもやつは鼻つまみ者なのだろう。
「とりあえず返事が必要そうなのはないねえ。好きな時に帰ってくれ」
「分かりました」
ギルドからお駄賃替わりに肉串を貰った。割といける味だ。今からだと帰ったら真夜中になりそうだから明日の朝早くに出る事にする。という訳でギルドに紹介してもらった宿屋に泊まる。宿泊費は自腹だ。くそう。
翌朝、早くに皇都を出る。昼までにはエッジの街に着く予定だ。跳躍距離延びないかなと思いながら転移を繰り返すと街に着いた。
まず向かったのは公爵様が仕事してる執務室。代官屋敷の私が忍び込んだ部屋だ。
「おお、戻ったのか」
「あ、はい。手紙預かってきました」
「誰からだ?」
「ええと、ベルガーさんとエドワードさん、それからテオドールってバカです」
「人の息子に向かって馬鹿というのはさすがにどうかと思うが」
忘れてた。この人の息子なんだっけ。もしかして、私、不敬罪とかで処刑されちゃう?
「まあいい。テオドールがどうしようもない馬鹿なのは私が一番よく知っている、だから今回もエドワードを指名したというのに」
言いながら公爵様は手紙を開いていく。ベルガーさんの手紙には了承と判断でテオドールにも手伝わせると。そう書いてたみたい。妥当な判断なのかは分からない。
エドワードさんの手紙には父親の安否を気遣う内容。無理をしてこんを積めないようにとの注意だった。公爵様の口元がほころんだ気がした。
問題はテオドールの手紙。封蝋を開けたらまずなんで自分でなくてエドワードに任せようとするのか、という恨みつらみ。次に自分がいかに優秀かという的外れな自慢。そこからだから今回の父の代役は自分がふさわしいから自分が指揮を執るという所まで。公爵様が頭を抱えた理由が分かる気がする。