第二百三話 悲愴
いそいそと行ったら査問会だったみたいなララネにとっては天国から地獄に落とされたみたいな展開。
夜です。山小屋の一番のご馳走はパチパチ燃える火とみんなの歌よ……ってご飯ないじゃん! じゃなくて私たちは晩御飯をちゃんと食べてからミリアムさんの別荘のそばの広場に集合した。
「注目」
テオドールの副官の号令にざわついていた兵たちが静まり返る。この副官さんの名前は知らないけどちょくちょく見かけてるからきっとテオドールの信頼も厚い人なんだろうなあ。
「総員傾注。只今よりテオドール閣下のお言葉をいただく!」
「みな、楽にせよ。戦闘前に強ばっていては実力が発揮できん。オレなんかふにゃふにゃだぞ?」
部隊から笑いが起こる。テオドールってこんな冗談も言えるんだ。
「さて、我々はこの西大陸に降り立ち、今日まで戦闘らしき戦闘もなく、退屈にして来た。もちろん、我々の軍は万が一に備えてのものだから出番がない方がいいに決まっている」
そりゃあそうだ。いくらテオドールが好戦的だからって平時に乱を起こしていいわけが無い。望むのは戦争ではなく協調、そして貿易なのだ。というかまあ奴隷を返還されなければ戦争も辞さないなんて覚悟はあったらしいんだが。
「だか、その万一が起きた。我が妻、ヒルダはこの国の王妃に辱められ帰って来た。これを許すことなどオレには出来ん!」
兵の中からは「閣下とヒルダ様って結婚したの?」「いや、正式にまだだが一緒に暮らしてるしもう結婚してるようなものだろ」「まあどう見てもヒルダ様が新妻って違和感あるよなあ」「家に帰ったら裸エプロンのヒルダ様がおかえりなさいって迎えてくるってこと? すげぇな」なんて言葉まで聞こえてくる。まあ裸エプロンのヒルダ様とか破壊力高いよね。ああっ、ヒルダ様、違うんです! ジト目で見ないでっ。
「オレはこれを我が国に対する外交非礼、宣戦布告と受け取り、その為の軍事行動を起こすに至った。諸君らには悪いが休暇は終わりだ!」
ガチャガチャと武器を鳴らす音が聞こえる、やってやりますよ、というやる気の表れだろう。
「ただいまより、王都に攻め上がる! 移動はキューの転移魔法で行う故、現地に着いたらすぐに戦闘行動に移れるように準備するのだ!」
おおー、おおー、と大きな声で返事をする兵士たち。いやまあ良いんですけど。
準備をしてみんなを転移させる。出て来たのは王都の門の目の前。私たちの登場に門番たちが戸惑い誰何の声を上げる。
「全員、突撃!」
テオドールが号令をかけると鬨の声をあげながら黒い一団が王城へと向かっていく。門番さんたちは武器を捨てて逃げ出した。死んでなくて良かったよ。
「邪魔にならない街の民に手を出すな! 王都の民は我々の敵では無い。畜生働きは許さんぞ! 我らが敵は王族貴族のみ!」
テオドールが高らかにそう叫んだのはわかってるみんな向けではなくてそこらにいる王都民たちだろう。少数とはいえ出歩いてる人も居るのだ。そんな人達はテオドールの言葉を聞いて慌てて道を開ける。
たまに平然と立ってるバカもいるがそいつは実力で排除されていた。いや、腕に覚えがあろうと軍を相手に単独で挑んで勝てるなら金級どころか白金級、魔法銀級とか魔法金級とかそっちの……あ、そういうのはないんですか。そうですか。
私は私でやることがあるからそのまま転移で王城に跳ぶよ。目指すは王様の寝室。というか城の中はなんかどったんばったん大騒ぎになってた。うー、がおー。
「何奴!」
「国王陛下、キューです。ミリアム様からの手紙をお届けにあがりました」
「ミリアムから? 渡せ!」
王様は私から手紙を受け取るとそれを読み進めて行った。みるみるうちに顔色が悪くなる。
「キュー殿、この手紙に書かれている非礼というのは本当に?」
「何が書かれているかまでは存じ上げませんが実際にあったことであるのはその場にいた私が保証します」
「そうか……ララネを呼べ」
王様がララネを呼ぶとスケスケな夜着のままの女がやって来た。王の寝室に呼ばれたから「そういうこと」をするのかといそいそとやって来たのだろう。
しかしそこに居たのは怒りに充ちた王様である。ついでに言えば私も、特に目立たないけど正妃様もいたりする。こちらは私の事を天使様ってずっと言ってるからこそばゆい。さすがミリアムさんのお母さん。
「王よ、これは一体? 私は複数プレイは好みでは無いのですが」
「それはワシも好みでは無い。呼び出したのは他でもない。この書状を読んでみよ」
「はい、ええと……なっ、マリナーズフォートが独立!? 陛下、このような事をお許しになるのですか!」
いや、前半のお前が原因って部分は読み飛ばしてんのかい。それともマリナーズフォートの独立が余程ショックだったか。まあ貴族の手紙は用件に入るまでの言い回しが長いから先に結論の書いてある後ろから読む人とか居たらしいけど。
「そこも問題だが最初の方だ。ここに書かれてあるのは本当にあったのか?」
そう言われてララネは改めて最初の読み飛ばした部分を読んだ様だ。読んでいくなり顔が青くなっていくのがわかる。
「デ、デタラメです! このような事私がするわけが!」
「おばさん、私の顔見忘れた?」
「!? お前はあの時の!」
「ある時はミリアム様の病を治した天使、ある時はヒルダ様のボディガード。しかしてその実態は、冒険者のキューだよ!」
いや、別に何も隠してないし、冒険者だってのは最初の謁見の時には言ってんだけど、誰も聞いてなかったしなあ。
「ララネよ。もう一度聞く。ここに書かれているのは本当にあったのだな?」
「本当に……ございます」
観念したのかララネはガックリと膝を着いた。王様は頷いてララネを衛兵に捕まえさせるとどこかに連れて行った。
「キュー殿。ミリアムの手紙、ありがとうございます。娘には元気でやるようにお伝えください」
「今は天使様がいるから大丈夫と思いますが、身体の弱い子でしたからどうぞ後を頼みます」
二人が深々と頭を下げてきた。えっ、もしかしてここで死ぬつもりなの?