第二百二話 軍議
ぼくは絶対に、絶対に、嘘なんか言ってない!(商人の子ども談)
「なるほど、それは確かに戦争するしかないな」
テオドールまで何言ってんの!? いや、こいつは脳筋だから戦争出来るのが嬉しいのかもしれない。文句があるなら剣で文句言えってやつだろう。本当にこのバカは。
「おい、キュー。お前オレが脳筋だから歓迎してんだろとか思ってないか?」
バレテーラ。あっ、ヒルダ様の視線が痛い痛い。ごめんなさいごめんなさい、テオドールの事脳筋のバカとか思っててごめんなさいいいいい!
「そんな理由で戦争起こすならこちらのミリアム殿が反対の声を上げてるだろうが」
そう言われてみれば自分の国が攻められるかもしれないというのにミリアムさんは涼しい顔をしている。なんで?
「全く。キュー、あなたには理解出来ないかもしれないけど、我々王族や貴族というのはメンツ、体面を傷付けられることを最も嫌うのよ。何故だかわかる?」
「ええと、実力がないから?」
「違うわよ! それが国の根幹に関わることだからよ。だから他国の貴族から舐められるというのは自国が舐められること、ひいては自国の国民を守れないと思っているってことなのよ」
ひええ、そこまでは考えてなかったよ。そりゃあそうか。テオドールだってヒルダ様だって、それぞれに重たいものを背負ってるって事だもんな。
「だから我々は公式の場では相手を尊重するように取り繕う。内心はどう思っていてもね。それが外交であり、社交というものなのよ」
「ですが、今回、側妃がやったことは紛れもなくお茶会のルールを破るもの。つまり、ヒルダ様の前ではルールを守る必要がないと宣言したも同じ」
「更に言えばヒルダはオレの伴侶を名乗っていた。つまりはオレの顔にも泥を塗った。我が国の公爵家後継であり、外交特使であるオレの顔に、だ。この状況でまともな外交交渉など成り立つと思うか?」
外交特使の顔に泥を塗る。つまりはお前とは外交的な話はする必要がない、更には特使とは認めてないのでどれだけ嘘をついても構わない。約束は対等の立場のものがすることだから一方的に破棄しても問題ない。まあここまで思ってるのかは分からないが、それに近いものだろう。まあ露帝国みたいな国だなあ。
「となればどうするか。軍馬を以て相手に実力を、上下の序列を分からせるしかあるまい。だから戦争なのだ」
「ええと、つまり、話が通じない人間だから殴るってこと?」
「酒場で言っても分からん男に絡まれたら殴り飛ばして分からせるだろ?」
えー、私は障壁で締め出して静かに無視するけどな。まあそもそも酒場にもそんなに行かないし。こう見えてまだ未成年……あ、いや、八洲でも法律改正されたから成人か。まだ選挙権行使してないのに異世界に来ちゃったなあ。
「ええと、事情はわかったけど、それで私は何をすればいいの?」
「話が早いな。オレの部下たちを連れて王都まで跳んでくれ」
「あー、まあ、あの森林暴走の時みたいなのをやれって言われるとは思ったけどそのまま?」
「別に玉座にそのまま出ろとは言わんぞ? 王都の入口でいい。入場も高らかにやらんといかんからな」
いやまあ玉座も一度行ってるから出来ないことはないんだけど。一発チェックメイトだと何が起こったのかわからんだろうからね。
「あ、それからこちらをお父様に届けていただけますか? テオドール様とその兵たちを送っていった時で構いませんので」
ミリアムさんに手紙を渡された。いつの間に書いてたのか分からないけどどうも近況報告のお手紙じゃなさそうだ。
「あの、こちらはどんなお手紙なんですか? 聞いてもいいやつ?」
「いいですわよ。私とヤッピの連名で、今回の外交非礼に対する抗議と、それによってマリナーズフォートが独立するということを宣言したものです」
…………は? マリナーズフォートが独立? つまり、王国の支配下じゃなくなるってこと!? そんなこと勝手に決めていいの?
「キュー、こういうのは領主が決めていいんだよ。それも領主の裁量権のひとつなんだから。それに独立するからと言って国家になる訳じゃない」
「えっ? だって王国じゃなくなるんでしょ?」
「グランドマイン王国ではなくなるが、別の王国になるだけだって」
どういうこと? この大陸の他の国なんて知らないし、その国の代表にも会ったことない。って、この大陸じゃなければ? もしかして……
「あの、ヤッピ、もしかしてもしかすると」
「キューの考えてる通り。私はロートシルト王国の飛び地を治める領主になるのよ!」
嘘でしょ!? いやまあ、確かに私のいた世界でも法国の飛び地が色々あったりするけとさ。それも始まりはだいたい元植民地だったとこじゃない?
「まあやる事は変わらんが税は免除するって言ったら快く引き受けてくれてな」
税の免除! ってそんなこと簡単に決めていいの?
「あのなあ、お前はオレを誰だと思ってんだ? 公爵家後継にして今回の外交交渉の全権代理者だぞ?」
「これも外交の一端ってこと?」
「思いがけずこの大陸に橋頭堡を築けたのは喜ばしい成果だ。陛下もお喜びになるだろう」
もう既に外交というか軍事行動な気もするけど、外交の最強硬策は戦争だって言うもんな。まあいいや。みんな納得してるならそれでいいよ。
「ちなみに私がロートシルト王国の代官だそうで」
「ミリアムさんってここの王族でしょうが!」
「いや、王家の生き残りがいるならその方が統治に都合がいいからな」
生き残りって……王族皆殺しにするつもり? あ、いや、死んだ方がいいやつはそれなりにいたと思うんだけど。あー、出来れば第三と第四の王子様あたりは無事だといいなあ。そこまで悪人じゃなかったし。
「わかったよ、テオドール……様。それでいつ運んだらいい?」
「今夜頼む。夜襲で一気に王城を落とす。住民の犠牲は出したくないからな。もちろん略奪も禁止にする」
夜襲か。みんなが寝静まった夜。窓から外を見ていると、とてもすごいものを見たんだ。みたいな感じで大挙する兵士たち。悪夢の類だね。