第二百話 応酬
ちなみにヒルダ様は犯罪奴隷の事を知らないわけではなくて、貴族としては「そんな下賎の事情なんて知らない」ことになっているので知らないふりをしています。
お茶会ということで呼ばれて行ったんだけど、これはもうお茶会と言うよりも園遊会と言った方がいいのかもしれない。それほどの賑わいを見せていた。
「ごめんなさいね、話が大きくなってしまって。新しいマリナーズフォートの領主というのはそれだけ注目されているのよ」
私たちが会場に着くや否や待ち構えるように出てきたのは側妃さま。あの夜にあそこで見た人だ。まあヤッピもヒルダ様も初対面なんだけど。
「お招きにあずかり光栄にございます、側妃殿下。東大陸のリンクマイヤー公爵家の正妃、ヒルダと申します」
「側室のララネと申します。向こうの大陸のこと、存分に聞かせていただきたいわ」
正妃。という言い方に悪意がたっぷり滲み出てるんだが、ララネさんはそれを軽く流した。まあそうでもなきゃ万魔殿たる後宮での争いに勝てないか。あ、後宮があるかどうかも分からないけど。
私はヒルダ様と一緒に奥の席に通される。途中でヤッピが何人かの女性に囲まれていた。
「あなたがマリナーズフォートの領主ね」
「あら。随分と若いじゃない」
「前の領主の隠し子? いえ、顔立ちは全くと言っていいほど似てないわ。あそこの奥様にも」
まああのデブ共と違ってヤッピはまごうかたなき美少女だからね。口を開かなければという限定解除されるのも近い日になるだろう。
「皆様、ご指導ご鞭撻よろしくお願いします」
挨拶してくる女性に丁寧に頭を下げる。これは貴族女性の階級としてではなく、新領主として、今まで領地経営をしてきた諸先輩たちにアドバイスを求めるものだからこっちが上でも頭を下げていいそうな。そりゃあまあ旦那が貴族でもこっちは本人が貴族だもんね。例え公爵夫人であったとしてもこちらの方が上だ。
「そんなことよりもいつから貿易は再開されるのかしら?」
「東大陸のポーションが手に入れたいのだけど」
「南大陸の香辛料も早くしてもらいたいわ」
「あのう。珍しい交易品かわ入るのはいつになりますか?」
どうやらマリナーズフォートという場所の特異さの前では礼儀とかどうでもよかったらしい。ヤッピ本人のことよりも貿易がいつ始まるかの方が優先事項らしい。
「大丈夫です。今、慎重に準備をしております。恐らくひと月もしない内に再開のご連絡をお報せ出来ると思いますよ」
ヤッピがにっこりとら笑って言った。これは教科書通りの答えだ。実際にはもうスタートはしてるんだけど、船が出港して戻って来るにはそれなりの時間が必要だからね。元からあったものは目敏い商人たちが王都に持って行ってしまったので不足しているのだ。
まあでもこの分だとここに居る人たちはヤッピを狙ってなさそうでホッとした。まあ一応は障壁の幕で肉体を覆っておくけど。
遅れながらも側妃殿下のお茶卓に到着。座席は二人分。恐らく座るのは側妃殿下とヒルダ様だけだろう。私はボディガードだから普通に立っとくよ。いや、立ってると目立つからあまり立ってたくはないんだけど。
私の肌は白い。というかツルツルのスベスベだ。何故かって? そりゃあ四六時中ずっと治癒が全身に掛かってるからだよ。いやこの場合罹ってるって言った方がいいのか?
見た目で言えば人形の様な美少女というのは自負してるところだ。というかそういう風に作られた。色んな場所に潜入する時に顔がいい方が採用の確率が上がるからだ。これはどこの世界でもおそらく同じだろう。いやまあ中には主人よりも良い顔の女は要らない!とか言う女主人は居るだろうけど。
体型的にはメリハリはないけど、その分服の良さは際立つ。余計な凹凸がないからね。私としては潜入の時に邪魔にならないから特に嫌とかは思ってないけど。まあ同じ顔でおっぱい大きいティアが居たらどんな反応されるのかな?
「ヒルダ様、お茶をどうぞ。毒なんか入っておりませんわよ」
そう言いながらお茶を二つのカップに淹れて好きな方を選ばせる。ヒルダ様が選ばなかった方のカップに側妃殿下が口を着け、ヒルダ様にも勧める。ヒルダ様ももそこまでしてようやくカップを口に運んだ。
「香り高いお茶ですわね」
「北方の領地でのみ採取できる特殊な茶葉なのです。なかなか手に入りませんでしたがこのお茶会に間に合う様にとそこの領主様より提供がありまして」
クマラさんのところだろうか。でもあそこのはもっと北の国から取り寄せたって言ってたから違うかもしれない。
「アスレチックス侯爵領、でしたわね。ヤッピさんのお母様のご実家があるとか」
ヒルダ様がサラリと言う。あー、そう言えばアスレチックス侯爵家も北の方の領地だったね。でも育ててたのは薬草とか葉物野菜って……あ、もしかしてこのお茶もお薬カウントされてたりする?
「ヒルダ様はわが国のことをよくご存知なのですね」
「たまたま縁がありましたところで。まだまだ勉強不足ですわ」
二人で楽しそうに笑っているように見えるが、おそらく二人とも目は笑っていない。これは達人同士の戦いで間合いを計っている感じのやり取りだ。いや、私は詳しくないから知らんけど、そう感じた。
「ところで……そちらの国では奴隷などは使っていないのですか?」
「我が国には奴隷などという時代遅れの身分は居ませんよ。それが何か?」
「ということは貴族が自ら労働をしているのですか?」
「いえ、正当な働きに対して正当な報酬をあたえているだけですよ。当然のことでしょう?」
「誰もが嫌がる仕事もあるでしょうに。そういうのは放置ですか?」
「人が嫌がる仕事は給料を割増してでもやってもらっています。もちろんそれを冒険者たちにお願いすることも多々ありますね」
ニコニコしながら言葉の応酬。どうやらテーマは奴隷制度についてらしい。いやまあ正確に言えば我々の大陸にも奴隷はいたりする。それは犯罪奴隷の場合だ。罪を犯した者が街の労働に従事するのだ。まあそんな奴隷は貴族様の目に入れる訳にもいかないからヒルダ様は知らないのかもしれない。