第二話 邂逅
こっちはサクッと街に到着。ありがとうグスタフさん。
小石の当たったクマはなんかこっち見てる。うん、石をぶつけられたら大して痛くなくてもイラッってするよね?
「グルルルルルル!」
あー、怒ってる怒ってる。いや、転移を駆使すれば逃げられると思うんだけど、出来たら水のある場所は手放したくないんだよなあ。
とか思ってたらクマさん、私に突っ込んで来たよ! 速い!? 車よりも速いかも。映像でしか見たことないけど。あ、もう眼前まで迫って来た!
「ひゃあああああ!」
私は慌てて転移した。テンパっててもちゃんと発動してくれてよかったよ。このままクマさんが私を見失ってくれれば。
ヒクヒクと鼻を動かしてクマさんは私の方にギョロリと向く。完全にロックオンされてますね。ええと、逃げなきゃなんだけど、私の転移だと何処に行くのか分からないから視界の範囲しか試せないんだよね。
「ええと、私、多分、美味しく、ないよ?」
なんて言葉が通用するはずもない。クマさんは「わかった!」なのか「知るかよそんなの!」なのか「胃に入りゃ一緒だ!」なのかは分からないけど、私の方に大きく吠えた。ひょえー。
「なんだ? 誰かいるのか?」
そんな事を言いながら歩み寄ってくるおじさん。顔には傷があり、精悍さが二割ぐらい増している。身につけてるのは普通の服だけじゃない。その上に何やら鎧の様なものを着ている…。
「あ、あの」
「ん? 嬢ちゃん一人か? こんな森の奥まで来やがって。危ねぇだろうがよ。通りかかってよかったな」
そう言うとおじさんは私を庇うように立ってクマさんを牽制しだした。
「おいおい、大人しく巣に帰りな。さもねえとズンバラリンだぜ」
この人の剣は大きくてまるで鉄塊とまではいかないけど、斬るよりも叩き潰すの方が相応しい使い方だと思う。ズンバラリン出来るのだろうか?
「金門、〈気刃〉」
刃にまとわりついていた様な気がした何かがクマに飛んでいく。それはクマにぶつかり、クマはそのまま吹っ飛んで気絶してしまった。
「けがはないか? しかしなんだってまあ。あ、ヒール茸か。この臭いは動物を寄せるからな」
私はこくこくと頭を下げた。ええと、とりあえずお礼を言って自己紹介だね。と、そこでふと気づいた。私には名前が無い。
「助けてくれてありがとうございます」
素直に頭を下げよう。今はそれしかできない。おじさんは厳つい顔を無理に崩して私に微笑んだ。微笑んだという表現で正しいのかは分からない顔だけど。
「オレはグスタフ。冒険者をしている。お前はどこの子だ? 家まで送って行ってやる」
名前、そして冒険者という言葉。間違いないだろう。ここは私の知ってる世界では無い。どうやら国境どころではなく世界すら越えてしまった様だ。
「どうした? しゃべれんのか? まあ無理もない。フィアーベアに襲われりゃそうなるさ」
どうやらあのクマはフィアーベアというらしい。だからどうだという訳でもないんだけど。
「あうっ」
とりあえず喋れないフリはしておこう。その方が都合が良さそうだ。おじさんには色々聞かないといけない。あ、でも喋れない状態だとダメかな。とりあえず、少しずつ話せるくらいに。
「えと、ここは、どこ?」
「森のどの辺かは分からんが角森のそこそこ深い場所だ。街までは……分からんだろうな。連れて帰ってやるから安心しろ」
どうやら人のいる場所には連れて行ってくれるみたいだ。それに角森という森らしい。なんか変な固有名詞じゃなくて良かった。
とその時、低く唸るような声が聞こえた。もしかしたらさっきのヒール茸とかいうやつの臭いを辿って他の動物が来ているのかもしれない。私は身構えた。
「あー、すまんすまん。腹減っててな。ちょうどいいからフィアーベアでも捌いて食うか」
どうやらグスタフさんのお腹の音だったらしい。私はクマを食べるなら、と火を熾すことにした。発火で木の枝に火を点ける。
「おっ、なんだ、〈着火〉か? 魔法が使えるんだな」
魔法? いや、超能力なんだけど。いや、でも、今はそんなこと訂正しても仕方ない。グスタフさんはクマの解体を始めた。血の臭いが辺りに蔓延する。これ、かなり臭い。
「よぉし、なかなかな肉質だな。後は焼くだけだ」
肉を木に串刺して、火で炙る。肉汁がボタボタ落ちるのがまた魅力的だ。
「おお、いかんいかん」
とグスタフさんが肉に何かをすり込んだ。おそらくは、塩だろう。どうやら味付けという概念はあるみたいだ。
「よし、そろそろ良いだろう。お前も食うか?」
私はこっくりと頷いた。肉汁が滴る肉に噛み付く。肉の良質な脂が口の中に広がる。塩での味付けも相まって、これが美味しいということか、と悟る。さっき食べた魚も塩があればもっと美味しかったのだろう。
「美味いか? 沢山食えよ。どうせ持って帰れねえからな」
フィアーベアの大きさは三メートルくらい。確かにグスタフさん一人では運べないと思う。
「ふぅ、食った食った。とりあえず街まで帰らなきゃな。家はどこだ? あと、名前は?」
家、名前、どちらも私にはない。素直に鱗胴研究所の実験体九号などと言ったところで首を傾げられてしまう。あるいは奴隷制度がある世界かもしれない。そうしたら逃亡奴隷として捕まってしまうのかも。
「キュー。キュー・リンド」
「名字持ちか! ううむ、こりゃあ厄介な事になりそうだ」
ついつい鱗胴九という名を思いついて、異世界だからとひっくり返してみたんだけど、実は名字は余計だったらしい。しまった。私、キューの一生の不覚。でも今更どうしようもないので、街にまで連れていってもらう事にした。
森を抜けるのはそこまで大変でもなくて、しばらく歩くと林道の様な場所に出た。グスタフさんはこの道までにしとけって忠告されたよ。更に歩くと日暮れ前に大きな壁に囲まれている街に着いた。門番にグスタフさんが一言二言話してくれて、私は街の中にすんなり入ることが出来た。