秘密(episode195)
女好きのジョエルの名前はジョゼフ(もしくはジョーイ)だったはずなんですが、何故か隠者のおじいちゃんが浮かんで来たので変更しました。逃げるんだよォ!
「おいちちちち……おい、てめぇ! ステフの分際でオレたちに逆らおうってのか?」
「お前の家なんてゲオルグの中では末席だからな、ドナ様の温情でグループにおいてやってるんだ」
「そうだぞ、それなのにオレの告白を断りやがって!」
おい、ちょっと待て。最後のは違うだろう。家の関係で結婚を受け入れるか決まるなら諾子さんは四季咲を飛び出さなかったはず。いやまあその辺は国によって違うんだけど。
ヴェスプッチの命名から建国まで二百五十年、連邦になるまでさらに百五十年、現代から数えて百五十年くらいしか昔じゃない。欧州に比べたらそんな歴史の浅い米連邦でそんな貴族的な制度があるとも思えない。私らの世界じゃないんだぞ?
「失礼ね。私がジョエルの告白を断ったのは単純にもう既に自分のモノって思ってるバカなところが気に食わなかったからよ」
バッサリいったー! というか「お前、オレのものになれよ」…じゃなくて既に所有権を主張してたの? そりゃあダメだろう。
「だいたい今回のキャンプも私は来たくなかったのに、ジョエルにメンバーに入れられているのをドナに聞いて渋々参加したのよ。図書館で本でも読んで過ごしたかったのに」
もうやめて! ジョエルのヒットポイントはゼロよ!
「黙って聞いていれば。お前の家なんてオレの家が一声掛ければ全部がダメになるんだからな!」
「あのね、キリアンの目を舐めてない? 少なくともここに居る家の奴らの不正は全部握ってんのよ?」
「はあ? お前、敵だけじゃなくてグループ企業の事も? 調べてたのか?」
憤慨した様にダニエルが叫ぶ。ステフはなんか水を得た魚のように眼鏡をくいっとしながら話している。まあ暴力で掴みかかって来ても金門の身体強化があるからね。普通の男には抵抗すら出来ないよ。
「まず、ジョエルは学内の別企業グループの女の子を孕ませて示談にしたばかりじゃない。証拠がなくてその子は泣き寝入りしたみたいだけどキリアンの目があるのよね」
「お前、まさか」
「おい、ジョエル。オレたちを巻き込むなよ? 全く迷惑なやつだ」
さっきまでお仲間だったはずなんだけどダニエルとかいう奴はジョエルを切り捨てる気になったのか、攻撃し始めた。まあ最低のクズ野郎だと思うけど。
「あらダニー。あなたも人の事は言えないでしょう?」
「……何が言いたいんだ?」
「あら知ってるのよ? あなた親の会社の金をくすねて好き放題使ってるじゃない。バレるのは時間の問題だと思うけど、婿養子のお父様はあなたに甘々なお母様に意見出来ないですもんね」
「おい、やめろ」
「でもキリアンの目のデータがあればたとえお母様でもどうにもならないでしょうね」
「ママに何をする気だっ!」
ダニエルは激昂した。こいつ、マザコンなのか。もしかして夜も慰めて貰ってたり? あ、そっちのデータもありますか。内容は秘密だけど。
「さて、スティーブ。名前似てるから親近感はあったんだけど、勉強への態度はからっきしだったみたいね」
「な、何の話だよ」
「こないだの前期試験、カンニングの仕方は見事だったけど、キリアンの目には見逃してないわ。このデータを学校に提出すれば退学間違い無しね」
「や、やめてくれ。魔が差しただけなんだ。今回だけだったんだ。だから」
「始めたのは去年からでしょう? 黙認していたらドンドンエスカレートしていくんだもの。今では自力で解いたテストなんて無いんじゃないかしら? ゲームばかりしてるからよ」
ガクリと項垂れるスティーブ。まあカンニングしたところで本人の実力じゃないんだから意味ないと思うんだけど。いや、スマートなブレインを揃えることは悪くない選択ではあるので自ら学ばなくても良い気もするんだけど。この辺は考え方の違いかなあ。
「お前何がしたいんだよ」
それまでずっと口を噤んで何も言わなかった残りの一人が静かに言った。
「ハーミス、例え全てに加担してなくてもあんたも観てたんだから同罪よ。それに……いえ、やめましょう。あなたのはシャレにならないもの」
「おい、知ってんのかよ」
「ドナ共々堕ちたくないなら早々に売人はやめておくことをお勧めするわ。その内売り物に手を出し始めるもの」
「仕方ないだろう。金が必要だったんだ」
「だからと言って私たちに売り付ける為にキャンプを企画するのは流石に狂ってると思うわよ?」
「!?」
えっ? もしかして、このハーミスって奴、違法薬物を売ってるやつ? それを友だちである奴らに売ろうとしてたの?
どうやって? ミシェルとか買わないでしょ。あの子はあれでも純粋なバトルジャンキーだし。そんな身体を蝕むような薬は。
「夜寝てる時にドナと手分けして投与する予定だったのよね。注射まで用意してご苦労な事だわ。まああなたの家は病院経営だから手に入りやすかったのもあるだろうけど」
夜寝てる間に問答無用で注射打って禁断症状が出たら薬で楽にしてやるとかそういうの? うわっ、思ったよりも百倍は外道だわ。
「お、おい、ハーミス。嘘だよな? オレたち友だちだろ? そんな事する訳ないじゃねえか」
「バカ、惑わされんなよ。全部ステフのデタラメだ!」
「ああ、ダニー。あなたはこっちにも関与してたわね。お金、もらってたんでしょ。この旅行の代金も出してもらったのよね。ベガスは怖いわね」
ベガスってのが何か分からなかったので後でステフに聞いたらギャンブルで有名な街なんだそうな。ああ、そういえばなんか聞いた事がある気がする。
もう既にステフをどうこうしようとかそういうのは飛んでる気がする。何もしてないのに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
「こうなりゃステフを人質にとってキリアンの目のデータを出させるんだ」
「おい、そんな事言ったところでお前らがオレたちを嵌めようとしたのは取り消せねえぞ」
「バカ、それはあとから話し合えばいいだろ? お前らもあいつに弱味にぎられてんじゃねえか!」
どうやら四人の短絡的な思考が一致したみたいだ。