截拳(episode194)
ミシェルの截拳道はそのうちどこかでまた出るかもね。ジョキャニーヤさん相手とか(笑)
再び距離を離すミシェル。どうやら調子に乗って攻め立てたりすることは無いらしい。……勘がいいのかな。
「あのまま続けてたら勝てたかなあ?」
「さあ、勝てたんじゃない? 惜しいことしたわね」
「あはは、嘘だね。虎視眈々と反撃のチャンス狙ってたじゃない」
しかのこのこのこじゃないけどカウンターを入れるタイミングを狙っていたのは確かだ。だが反射神経を強化する前に仕切り直しをされてしまった。
「まだ隠してることあるよね? 引き出し全部開ける前に死なないでよ!」
「殺すつもりなの?」
「いやぁ、人間って割と直ぐに壊れちゃうからさあ。スラムであたしを犯そうとしてたおっさん達もタマ潰したら動かなくなったもんね。一人はそのまま死んじゃったって聞いたけど」
そういいながらミシェルは薄く笑う。楽しそうというか愛想笑いみたいな感じだ。人を殺すことをなんとも思ってない? いや、違う。人を殺した、という実感がないのだろう。
「結果的に死んでしまった」と「死んでもいいと思いながら」と「確実に殺すつもりで」は全部違うからね。私? 冒険者になる以上は確実に殺すのにも慣れてたよ。相手は領内に出てた盗賊団だったけど。
多分ミシェルは結果的に殺してしまった人なんだろう。罪悪感、というか「暴れたら被害が出た」以上の気持ちはないんだろう。
「あんたはさぁ、壊れないでよね!」
私はおもちゃかってーの。私の聞いた事ある截拳道という技術は敵の「拳」を「截」つのが語源と聞いた事がある。サマーソルトキック! その技は優雅にして華麗! みたいな。
でもあの子は自分から攻め立ててくるのだ。ボクシングの様に拳のコンビネーションを交ぜながら時折足が跳ね上がる。私は防戦一方だよ。ここは搦手で拘束するかなあ?
「何やってんすか?」
のんびりした声が掛けられた。私のではないけどボディガードのはずのイオタだ。
「あんたこそ何やってんの?」
「いやぁ、眼福だなあって思って。動き回る度におっぱいぷるーんですもん」
「……火で焼かれるのと風に切り刻まれるのと水のないところで溺れるの、好きなのを選ばせてあげるわ」
「ひゃー、冗談っすよ。勘弁してください」
全然危機感のないイオタの返答にミシェルも戦闘る気を削がれたみたいで攻撃してこない。
「ちょっとあなた、邪魔なんだけど」
「あー、悪ぃんすけど、ティアさんは船艙の方に行かせてもらえたりしないっすかね?」
「はぁ? 私がなんでここにいるのかはわかってるんでしょう?」
「いやぁ、お姉さん割かし美人だし、あんまりやり合いたくないんすよね。なんならベッドの上の方ならいくらでも」
うひひひひ、と下卑た笑いをうかべる。明らかな侮蔑と嫌悪の色を顔に浮かべてミシェルが「死ね!」と叫びながらイオタに突っ込んだ。
「ごめんちゃい。まともにやり合う気、ないんすわ」
ミシェルがなにかに引っかかって転んだ。えっ、なんだ今の。超能力?
「一体何が……ぐっ、こ、これは!」
「忍法女の子蜘蛛糸がらめ。なんちて。亀甲縛りは今練習中なんで取得したら縛るっすよ。いやぁティアさんの大きいおっぱいはきっと縛ったら見栄えが良くなるっすよ!」
なんかどさくさ紛れに縛りプレイ(物理)の予約を入れられてしまったのだが、これはガンマに相談案件だな。なんなら二人で〆よう。
「あなたね……」
「ティアさん、ここはおいらに任せて船艙の方へ。彼女ほっといて良いんですか?」
「あ、ありがとう。でもなんで?」
「いやぁ古い友人がキリアンの目に居ましてね。頼まれてたんすよ」
なんだと? ということはドナたちのデータも割と早くから入手してたってこと?
「ここまでバカだとは思いませんでしたが。くれぐれもステフお嬢様をお願いするっす!」
「わかったわよ。そいつの拘束は任せるから。あとよろしくね」
「お、おい、私との決着もつけないでステフのところに行こうってのか?」
私とイオタの会話に縛られてもがいているミシェルが反応する。でもまあその格好で続きやるの? 私は構わないけど出来たらタイムロス無しに行かせて欲しいなあ。
「大丈夫。ミシェルちゃんにはお兄さんがあんなことやこんなことをしてあげるっすよ。いやぁ役得役得」
「ちょっと、あんた、その手つきはやめて!」
私の後ろの方でめくるめく遊戯(意味深)が繰り広げられていることだろうが、今はそれどころでは無いので船艙までひた走る。
あいつらが閉じ込められているのは船長室からそれなりに近い第二船艙という話だ。食事を摂る食堂からはそれほど距離もない。というか最寄りだ。
「ステフ、大丈夫?」
私が息急き切って……あ、いや、そうでもないや。割と余裕あったかも。いや急いだんだけど船の中は走りづらいんだよ。
そう、それで船艙に飛び込んだら、両腕をバンザイの状態で床に転がされ、ブラウスのボタンが弾け飛んで平均よりもやや大きめのおっぱいがブラに包まれたまま零れ出ているステフとそれを抑え付けてる男たちが居た。上に乗っかってんのは誰なのかは分からない。だが敵だ。
「ステフ、身体強化!」
「えっ? あっ、そうか。ティアのそばだ!」
ステフの身体に魔力が走る。うん、間違いなく金門の肉体強化の力の流れだ。
「どき。なさい!」
「へへへ、無駄無駄……っておわっ!?」
「おい、ダニエル。なにやってんだよ。女一人抑え付けられねえのか?」
「いや違うんだって。なんか急に強く……あの女が来てからだ!」
上に乗っかってたダニエルは慌てた様子で私を指さした。いやまあそんな悠長な事をしてて良いの? 私はいいのよ? あなたたちがやられるだけだから。
ステフにミシェルみたいな武の心得とかはない。というかどっちかというと本を読んでる方が似合ってる知的な女の子である。
そのステフは強化された肉体で、えーい、とばかりに男たちを突き飛ばす。ダニエルともう一人が巻き込まれて船艙の壁に身体をぶつけていた。