闘狂(episode193)
バトルジャンキー二号爆誕。
それから身体強化の術式を教えた。ちなみに私の近くなら魔力が活性化してるから使えるんだけど、どのくらい離れて使えるのかは実験とかはしてない。流石にここから八洲にいるタケルや凪沙は使えないだろうけど、この船の中ならステフは使えるかもしれない。
それから少しだけ戦闘訓練を。金門って言ってみたら肉弾戦がメインの術だもんね。いや、一応薬作ったりするのも金門の技ではあるんだけど。あとは身体を硬化させるやつだよ。
私が使ってるのは〈鋼質化〉だね。身体の任意の一部しか出来ないけど刃物とかはほぼ通らなくなるし、衝撃も吸収してくれる。
ステフは物覚えがいいからすぐにマスターしたよ。暴漢に襲われてもこれで安心だねって思ったけど、結局は私がそばにいないとダメなんだよね。
「ねえ、ティア。私のボディガードになってくれない?」
「ごめんね。八洲でやることいっぱいあるんだ」
「そうよねえ。創薬事業も始めたばかりだものね」
「ステフ、あなたどこまで把握してるの?」
「何でもは把握してないわよ。知ってることだけ」
その知ってる事の範囲がデタラメに広いんでしょうが! 全く、どんな諜報機関を飼ってるんだか。
そんな事をしていたらお昼になった。ステフはあの船艙の奴らに昼食を持っていくらしい。代わりに私のところに来たのがミシェルだ。
「ええと、ミシェルさんでしたっけ?」
「ミシェル・バルナバよ。さっきまでステフと一緒に居たの?」
「ええ、そうね。ステファニーさんとは仲良くして貰えたわ」
「ふぅん。あのドナの言うことなら何でも聞いてたいい子ちゃんがねえ」
ミシェルというこの子はなんかステフに含むことがあるみたい。まあその辺は仲間内でやって欲しい。
「それで私に何か用ですか?」
「船艙の奴らには会った?」
「会う理由なんかありませんよ。私は単なる被害者です」
「みんなボロボロになってたのよ? 悪いとは思わないの?」
悪い、ですか? いやいや、だってあいつらスペアキー盗んで私の部屋に集団で押し入って乱暴しようとした性犯罪者(未遂だけど)なんだよ? なんで悪いって私が思うの? それは銀行強盗に襲われて人質に取られそうになって蹴飛ばしたらそれが元で捕まった奴らの事を憐れに思うかって話だよね?
「残念だけどそんな気持ちは全く起こらない。そりゃあそうでしょう。銀行強盗に同情する銀行員がいるの?」
まあこの場合私の立場は銀行員というより現金の方だと思うんだけど、お金はものを言わないからね。物理的に。
「ダニエルだって傷付いていたのよ」
ダニエル。確か奴らの司令塔みたいなやつがダニエルとかいう名前だったような。いや、リーダーは何も言わずに眺めてた残り一人なのかもしれない。
「誰がダニエルか分からないけど私は被害者なんだって」
「あなた、ダニエルに謝ろうって気にはならないの?」
そんな事言われても。このミシェルという人物はダニエルというやつが好きなのかもしれない。そんな片思いの相手が女を襲おうとして捕まってしまった。
あれ? それじゃああの現場での態度は一体なんだったのか? あの飄々とした態度はとてもじゃないけどこんな狂人みたいな事をするような人じゃなかった。となればもしかして他に狙いが? 私の目をこちらに向けておかなければならない……まさか!
私は船艙に走り出そうとした。その進行方向にミシェルが立ちはだかる。
「ありゃー、もしかして気付いちゃった? だから私は嫌だって言ったのに。まあでもドナの命令だからね。あ、私がダニエルに恋慕してるとかそういう事実はないよ」
ミシェルは通せんぼをしながら不敵に笑う。間違いない。ステフは夜か明日の実行だって言ってたけどそれがフェイクだったんだ。
恐らく昼を届けに行ったステフを男たちが襲って更に人質にとって船長に謹慎を解かせるとかそんな短絡的な内容なんだろう。
「グループに名高いキリアンの目も海の上では役に立たないからね」
朝ごはんを運んだのはこのミシェル。大方ロープに切れ目を入れといて昼になったらステフを襲えとか言ってたんだろう。それじゃぁミシェルは襲われなかったのかって? きっとこいつは荒事担当の家なんだと思うよ。伽藍堂みたいな。
「うちはゲオルグの中でも武闘派でね。強いやつとはやり合いたくなるんだよね!」
ミシェルの身体がブレた。と思ったら沈み込む様にして懐に潜り込み、そのまま顎目掛けてつま先蹴りが飛んできた。
「ヒュウ! あれを交わすの? 初見であれを交わされたのは久しぶりだなあ」
「なかなか足癖が悪いのね。それに船の上だというのにいいバランスだこと」
「私の截拳道の開祖は船の上で編み出したっていうからね。この船は当時よりも安定感ましてると思うし」
ミシェルは軽くステップを踏み始める。割と軽快なステップで初動が見えにくい。いや、ジョキャニーヤさん程じゃないけどね。彼女はノーモーションからでも攻撃飛んでくるんだから。
「截拳道、ミシェル・バルナバ。ゲオルグの敵を討つ嚆矢なり」
「流派なんかないけど、ティア・古森沢。自分の身くらいは護っとくよ」
ミシェルがステップから流れる様にこっちに進んで来る。まるでスケートを滑ってる様な歩法だ。こういうのは私たちの世界にはなかった。まるで世界が縮んでいるかの様な移動だ。
「哈っ!」
進んで繰り出される縦拳を避ける。外側に避けたのがいけなかったのか、そのまま裏拳が飛んできた。私は慌ててブロックしながら後ろに跳ぶ。衝撃を逃がすためだ。
そこからミシェルはバスケのピボットターンの様に踏み込んだ右の足を軸に回転し、私の脳天にハイキックをぶちかまそうとして来た。
私は慌ててしゃがむがハイキックのはずの足がそのまま斧鉞の様に私の頭上に落ちてくる。咄嗟に腕を交叉して受け止めた。ちょっと身体強化も使っちゃったよ。
「へぇ、あれを受け止めるなんて。少しは楽しめそうだね!」
間違いなくミシェルは笑っていた。それも楽しそうに。こいつ、ジョキャニーヤさんと同じバトルジャンキーだ! 連れてくればよかった!