編物(episode20)
まだ平和。
目当てのお店はそんなアーケード街の外れにある小さな手芸屋。お店の中は明るく照らされてるけど、ところどころが古くなってて趣があると言うべきか素直にボロいと言うべきか。
「いらっしゃい」
今どき自動ドアでもない店のドアをカラカラと開けて入るとカウンターに座ってるおばあちゃんが声を掛けてくれた。あ、自動ドアと思って入ろうとして鼻をぶつけるより前におっぱいがぶつかって後ろに弾んだのは秘密ね。
「こんにちは、おばあちゃん」
「おやまあ、凪沙ちゃんかい? 大きくなったもんだ」
「えへへ、ご無沙汰してます。覚えててくれたんだ」
「当たり前だよ。あんたみたいなべっぴんさんを忘れるもんかね。もう一人のべっぴんさんはお友達かい?」
「あ、うん、同じパチンコ屋で働いてるティアちゃん」
「あ、ティアと申します」
凪沙に紹介されて慌てて頭を下げる。店員のおばあちゃんはにこにこしながら応えてくれた。
「おやまあ、そんなに丁寧にしなくていいんだよ。私はこの店の店主さ。よろしくね」
ふわりと柔らかく笑うおばあちゃんに心がポカポカする。とても素敵なおばあちゃんだ。
「そうかい、源三の坊やも立派になったもんだねえ。こんな子たちを働かせてやってるなんてね」
源三、というのはオーナーの事だ。それを「坊や」だなんて言うとはこのおばあちゃんは一体何年前からおばあちゃんなんだろうか。もしかして長寿な種族だったりする?
「それでおばあちゃん、私、マフラー編みたいんだけど」
「編み物はやったことあるのかい?」
「いや、それが無いんだよね、えへへ」
「やれやれ。それじゃあ編めるものも編めないだろう」
凪沙が編み物した事ないのは分かる。どっちかって言うと編み物をもらう側だもん。
「仕方ないねえ。仕事終わってからでいいからうちに来な。私が教えてあげるよ」
「えっ、ホント? やったぁ!」
凪沙が私の手を取ってぴょんぴょん跳ねてる。まあこれでプレゼントは出来そうだよね。良かったじゃない。
「この後時間はあるかい?」
「ある!」
「じゃあ奥に来な。私が教えてあげるから」
そう言いながらおばあちゃんはゆっくり入口に向かって行き、表の営業中の札を下げてお休みの札を掲げた。こんなに簡単に休業してしまっていいのだろうか?
というか何故か私まで人数に含まれているようだ。いや、私は別にやらなくてもいいんだけど。
「ついでに夕飯も食べていきなさい」
「はい、分かりました!」
コンビニ弁当やラーメン以外のご飯が食べられそうなので喜んで招待に応じよう。
店の奥は少し高くなっていて畳が敷いてある。なんか感触が気持ちいい。おばあちゃんは店から初心者用マフラーセットっていう袋を二つ取ってきて、私たちに渡してくれた。中に入ってるのは毛糸と金属の棒が二本。
「これが編み棒だよ」
私が物珍しそうにしているので教えてくれた。凪沙は知ってたみたい。見たことあるのかな?
「じゃあいくよ。これを先ずはこうして……」
おばあちゃんが手をくるくるしたかと思うとあっという間に少し編み上がったものが出来た。凪沙は目を輝かせている。私も面白いなと思っていた。魔法式を構築するのとはまた別の面白さだ。
「ええと、ここをこうして」
「ああ、違う違う。そこはこっち」
「そっか。じゃあここはこう?」
「そうそう、出来てるじゃないか」
「えへへ」
凪沙がおばあちゃんに指導してもらいながら編み込んでいく。私? 別に作らなきゃいけないわけでもないし、というか私が作っちゃってタケルにあげたら凪沙のプレゼントのインパクトが弱くなっちゃう。
そういえば私の誕生日はいつだったのだろうか。確か雪の降る日だったというのは知っている。苦労話のように聞かされたのだ。苦労したのはお母様であり、私を取上げたお医者様なんだと思うんだけど。
さて、私がタケルに何をあげるか、だけど、特に何も思いつかないので魔法具でも作ってあげようかとは思う。ここで言う魔法具というのは魔道具と違って魔法を使う時の補助になるものだ。当然ながら魔法を使えないと宝の持ち腐れになるたろう。まあ記念品ってことで。魔道具? 作れないからむーりぃ。
凪沙のマフラーのもとが五センチくらい進んだところでおばあちゃんが台所へと消えた。なんだろうと思っているとご飯を持ってきてくれた。普通に美味しそうだ。
「これ、食べてもいいの?」
「ええ、召し上がれ」
私は遠慮なくご飯にパクついた。最近では箸の使い方も使える様になってきた。豆を運ぶ練習は時々やってるからね。
今日の献立は肉じゃが。じゃがいものほこほこさとタレだけでご飯三杯はいける。凪沙も手を止めて食べ始めた。
「うわぁー、美味しい」
「そうかいそうかい。やっぱり食べてくれる人がいるのは嬉しいねえ」
おばあちゃんはそう言って自分の身の上を話してくれた。おばあちゃんには息子が三人居るんだが、おじいちゃんが亡くなってからというもの、誰も寄り付かなくなったんだそうな。みんな皇都で会社員をしてるんだそうな。おばあちゃんと一緒に住もうと言ってくれた子どもは一人もいなかったらしい。
「私ゃいいんだよ。この街にもこの店にもおじいさんとの思い出が詰まってるからね。今更皇都になんか行っても仕方ないんだよ」
「おばあちゃん」
「それに、ここにいれば凪沙やティアとも会えるからねえ」
今日会ったばかりだというのにそんな事を言ってしまう、でもそれが不快ではなく心地いい。うーん、私は編み物そこまでやらなくてもいいけどここに来るのはいいな、なんて思ってしまった。
その日はその後に帰って、次の日から私が休みの日には凪沙が終わるのを待って、凪沙が休みの日にはもう先に行ってるので私が仕事終わり次第お店に行くことに。
私が仕事終わってお店に行くと凪沙がゴロゴロしながらくつろいでいたりする。編み物はどうした。あ、もちろん私も凪沙も仕事の時は二人で連れ立って通ってるよ。お店営業しなくていいのかと聞いたら生活するだけのお金はあるんだって。