第百八十八話 囲猟
全員殺そうかと思いましたがまあこの辺で。
足を引っ掛けられた冒険者はつんのめってバランスを崩しかけたが持ち直した。なかなかいいバランス感覚だ。
私はそこに追い討ちを掛けるように背中を押してやる。あ、これは比喩表現ではなくて物理的にだよ。冒険者の男は地面に手を着いて四つん這いになった。そういえばヨツン・ヴァインとかそんなのがあったよね。なんかかっこよさそうなそうでもないような。
「てめぇ……」
私は起き上がろうとするそいつの背中に乗って、首の後ろにナイフを突き入れる。手足から力が抜けてそのまま地面へと倒れ伏した。あ、足は膝が支えてるからかその場に残ってたね。
「な、なんなんだこいつは……」
硬そうなブレストプレートというのかな? 胸の部分だけ金属鎧を着けて大きな盾を持った男がこっちに走ってくる。まあ当然ながらそこまで足が速いわけでもないのでひらりと交わす。
もう一人は持っていたメイスを地面に置いてさっきトドメをさした男のところに近付いて何かをしていた。
「水門〈治癒〉、水門〈治癒〉、くそう、ダメだ。もう死んでる。イーグルアイ……ちくしょう、よくも!」
男はメイスを持ってそのままこっちに向かってきた。正直、それなりには動けると思うんだけど他の二人よりは一段も二段も劣る。私のナイフではメイスを受け止められないけど、それはナイフで受け止めようとすればの話。
メイスを持っている腕の腱を斬る。と言ってもすっぱりじゃなくて取り落とす程度に斬ればいい。
「ぐわっ!?」
男は手を抑えて蹲っている。トドメを刺しても良いんだけどこいつが最後じゃないからなあ。
「下がってろ、ジョーダン!」
プレート男がこっちに向かってくる。完全に激昂して判断力が無くなってる状態だ。私には二つの選択肢がある。このままこの男を殺すか、向こうにいる宰相と取り巻きを殺すか。
まあどっちにしても殺すんでどっちを先にやるかって話でしかないんだけど。どうせ箱庭からは誰も逃げられないし。
あ、箱庭の話? うん、この技は野生動物を狩る時に逃げられると困るから編み出したやつだよ。なかなかに鳥を獲る時とかも重宝するんだよね。あとイノシシとかも。私の屋敷の周りでは食事は自給自足だからね。えっ、ちゃんとした店で食えって? いやまあそれを言ったらそうなんだけど。
ほら、獲物を捕れば村のみんなにも分けてあげられるからね。私の領地ではないけど、ご近所さんには親切にしておくものだよ。
とりあえずこっちの獲物は後回し。突進してくるだけの鎧のバカタンクなんかの攻撃に当たるわけがない。私は素早く後ろに回ってアキレス腱を断裂する。あーあ、これでもう歩けないね。まあ待っててよ。
私は転移で宰相の馬車に乗る。内部には宰相の他に三人の取り巻きが居た。
「ひっ!?」
「待ったぁ?」
にこやかに話し掛けてあげたのにガタガタ震えて私から遠ざかろうとしてるだけ。いや、狭い馬車内、どこにも逃げ場はないんだよ?
「わ、わぁぁぁぁぁ!」
一人が恐怖に耐えかねたのか、それとも一発逆転を狙ったのか、ナイフを持って襲いかかってきた。いや、冒険者でさえ私に当てられないのに狭い馬車の中とはいえ私に当てられると思ったのか?
私は首を軽く捻って交わし、そのまますれ違いざまに喉元にナイフを斬りつけた。安心せい。峰打ちじゃ。いや、このナイフ両刃だわ。
男はそのまま馬車の外に落ち、そこから血がドクドクと流れ出してはみ出しものの黒い血が空っぽの世界を染めていく。えっ、マシンガンじゃない? ごもっとも。
「ひ、ひぃ、こっちに、こっちに来るな!」
「お願いです。助けてください。私は、私は、宰相様に言われて仕方なく」
「なんだと? マリナーズフォートごときの領主など殺してしまえば首をすげかえるなど容易いと言ったのは貴様だろうが!」
へぇ、ふぅん、なるほどねぇ。ヤッピを殺そうと提案してマンティコアの毒なんてものを使ったのはお前だったのか。
「わ、私は提案しただけで、毒を用意したのはそこに転がってるポイゾ子爵だ!」
あー、こいつが毒を入手してたのか。まあ殺したからいいかな。まあ一番の罪はやっぱり計画立てて実行しようとした奴だよね。
「バカめ、油断したな! 火門〈炎熱弾〉!」
特に油断したわけじゃないけど、計画立てた奴の手から生まれた炎の弾が私に向かって飛んでくる。私に直撃した。
「どうだ!」
「でかしたぞ、フラム伯爵!」
「ははは、火門魔法使いの名門たるわがフラム家のものにかかれば賊の一人や二人」
わあ、びっくりした。いや、驚くあれもないんだけど。障壁で熱も衝撃も遮断してあるし、得意になるようなことはなんも無いと思うんだけど。
煙の向こうで私が無事なのを見て二人は後ずさる。いや、だから馬車の中だからどこに行こうというのだね?状態なんだよなあ。ここはお墓よ。あなたとあなたの。
「先ずはあなたから」
私はナイフで心臓を一突きした。かはって言いながら刺された男は崩れ落ちる。あ、フラムさんだっけ?
「さて、宰相閣下。あなたには色々言いたいことがあるんだよね。だからここでは殺さないでいてあげる」
「な、なんだと? 私をどうするつもりだ?」
「さあ? 私が決めることじゃないと思うんだよね」
そう言うと私は念動を込めた拳を宰相の腹に叩き込んだ。
「ぐはっ、ぐううううううう」
あれ? 気絶しない。となればここは古典にならって首の後ろ? 恐ろしく速い手刀。オレでなきゃ見逃しちゃうねって古典でも言ってるから速く打てば気絶するよね。ていっ!
「ぐはっ、おおおおおお」
あ、あれ? これもダメ? 意外に難しいんだけど? 普通に殺す方が楽なんだけどなあ。こういう時魔法とか使えたら眠りの魔法とかで一発なのに。眠って起きたらディスプレッサービーストが居ましたとか面白そうなのに。
「クソ、貴様、タダで済むとは思うなよ!」
「うるさい!」
思わず顔面を念動で殴ってしまった。そのまま鼻血出して気絶しちゃった。なんだよ、最初からこうすりゃ良かったじゃん。