出没(episode187)
若い男女の名前は某海外ドラマから。
船の中は色んな設備がある。たった三組の為にこの様な船を動かすなんて赤字だと思うんだけど、と思ったら乗船料がデタラメに高いらしい。私たちの旅費は右記島と妖世川で折半なんだそうな。まあ個人的な買い物は手持ちのお金でとは言われてるけど。
となればあの若い男女も老夫婦もかなりのセレブということなのだろう。なかなかに面白い。
「失礼、珍しい組み合わせですな。壮年の男性に、若い男女。しかも女性はとびきりの美女ときている」
むっ、この人、審美眼が非常に優秀だ。この場に女性は私と老夫婦の片割れしかいない以上はこのおじいちゃんが言う「美女」というのは私の事なのだろう。はっはっはっ、それほどでも。
「これはこれは。私は妖世川タナウスと申します。この二人は私のツレですな」
「ほほう、名高いアヤセガワの方でしたか。現役時代にはお世話になりましたからなあ。私も名乗らねばなりませんな。露帝国貴族、ウラジーミル・ミリュースカヤと申します」
「妻のエカチェリーナ・ミリュースカヤです」
「おお、ミリュースカヤ家といえば露帝国の伯爵の家系。お会いできて光栄です」
「それはそれは。我が家門を知っていただけているとはこちらこそ光栄でございます。アヤセガワのマリヤ殿には随分とお世話になりましたからな」
「そうですな。あちらはマーシャの担当でしたからなあ。私は縁がありませんでして」
マーシャとはアーリャさんみたいな名前だ。血縁関係なのだろうか。しかし、私らは取り残されている感じだ。
しばらくタナウスさんとウラジーミルおじいちゃんが話をして、そのまま別れた。情報の交換というのもあるだろうが、目的をそれとなく聞き出すのは外交官として身に付けた技能なんだろう。
「あちらは太平洋上にある別荘にご滞在の予定らしい。どうやら先に召使いたちが行って準備をしているそうだ。しばらく滞在してふから帰りにも寄ってくれたら歓迎するとの事だ」
太平洋上の島に別荘建ててんの? もしかして島が丸ごと領地とかそういう奴? どんだけなんだよ、貴族ってやつは。いやまあ私も貴族だったんだけど。うちの王国の貴族はそこまで大きくなかったと思うなあ。
「はぁい、さっきはスティーブンが失礼したわね」
そんな風に声を掛けてきたのは男女グループのうちの金髪ロングヘアの女性。女性たちの中ではリーダー格なのか、他の二人を従えている。
「あ、いえ、気にしてませんので。それでは」
「まあ待ちなさいよ。あの二人とはどんな関係? あなたの愛人?」
「あいじっ!? ちっ、違います。おじさんの方は保護者で若い方はボディガードみたいなものです」
「ふうん? まあいいや。私はドナ。よろしくね。こっちの巻き毛がステフでポニーテールがミシェル」
「ステファニーです」
「ミシェルよ」
それぞれ自己紹介はしてもらったがステフさんは大人しそうな人でミシェルさんさ奔放そうな人だ。いやまあ髪型の印象なんだけど。ちなみに三人とも美人なんだよねえ。
「私たちはこれから洋上キャンプの予定なのよ。バーベキューやるからあなたも来ない? せっかく会ったんだから参加させてあげるわよ。ちょうど女が一人足りないし」
バーベキューのお誘いだった。確かにバーベキューには心惹かれるものがあるが、あちらの男性たちはみんな筋肉が足りないのでそっちの食指は動かない。
「ごめんなさい。こちらは仕事の関係でやらなくちゃいけないので」
「なんで? あなたがやらなくても男たちがやってくれるでしょう?」
どうやらこの女性は、いや、女性たちみんな、「女性はお飾りで仕事は男性がやるもの」みたいに思ってるのかもしれない。
「そういう訳にもいかないので」
「私の誘いを断るの?」
「あー、いや、時間があれば参加しても良かったんだけどね」
こういう時は波風立てないように断るのがマナーだ。
「あなた、名前は?」
「え? はい、ティナだけど」
「なるほど。ティナ。またいずれ。今度はもっと色良い返事を聞かせて欲しいものだわ。行くわよ」
そう言ってドナたちはそのまま去って行った。あれは、どういうことなんだろうか。なんか月のない夜は背後に気をつけろみたいな感じだった気がする。
ともかく船内を適当に散策してみると割と設備だけは小さな町みたいになっている。様々な店が軒を連ねているのだ。まあもっとも人がどの店にもいないんだけど。
「この船は元々は米連邦の湾内クルーズの船でしてなあ」
声を掛けてきたのはこの船の船長さんだ。艦長って呼びたくなるくらい軍人さんっぽい人だけど、「この船は軍艦ではない。船長と呼べ」って返されそうだ。
いや、この人の経歴的には元軍人さんなんだから当然と言えば当然なんだろう。退役した後に船から離れられず形は違えどこういう職に就いたということか。えっ、経歴? タナウスさんが教えてくれました。
「やあエルシス。今回も世話になるよ」
「タナウスのツレならば問題あるまい。あの若い奴らには気をつけておいてくれ」
なんでも若いヤツらは米連邦の大企業の重役子女の奴らなんだとか。大学の休みを利用してキャンプをするらしい。ここでやるなよ。
晩御飯は船内のレストランで。初日の夜はセレモニーがあるとかで全員参加らしい。私はドレスとか持ってないから普段着で出席したんだけど私以外の女性陣は皆さんドレスに身を包んでいた。あ、ドナさんがこっち見てふふんみたいな感じで微笑んでる。特に興味ないからほっとこう。
ご馳走はみんな美味しかった。色んな国の料理がごちゃ混ぜになってて楽しかった。私的にはどれも美味しかったけど、ドレスを着た人たちはこの量を楽しめたのだろうか。
老婦人、エカチェリーナさんは一口二口食べて下げてもらってたみたいだけど。私? 食べられるだけ食べるのモットーで食べてるよ。デザート入るスペースあるかは不明。
「それではここでドナ様より、ビアノの演奏を披露していただけるということで登場してもらいましょう。どうぞ」
呼ばれて誇らしげに胸を張り、いや、私よりは小さいけど大きい方だと思うよ。私や凪沙が規格外なだけ。歩いて進み出てそのままピアノの前に座った。