第百八十六話 毒針
ヤッピちゃん暗殺計画
就任挨拶なので基本的にヤッピは挨拶回りだ。これが国王陛下とかなら回らずに来るのを待ってるんだろうけど。
私? 私はヤッピの護衛だからね。一緒について回ってるよ。ヤッピは藍色のドレスに身を包み、とても綺麗だ。私はピンクのドレスだよ。薄いピンクなのでヤッピの藍色が映えるよね。
「やあやあ、ヤッピ殿だったな。困ったことがあれば言ってくれたまえ」
「ふむ、アスレチックス侯爵と血続きと聞いているがなるほど。確かに似ておられる」
こちらはヤッピに友好的なゾーン。いわゆる王党派の貴族たちだろう。来る貴族来る貴族が息子を紹介しているのが気にかかる。ヤッピはまだ嫁にはあげないからね! とか思ったら紹介だけで終わった。あ、もしかして向こうの方で睨んでるアスレチックス侯爵様の目が気になったのかな?
続いて移動するのはアスレチックス侯爵から離れた位置。いや、視線が気になったから避けてるんじゃなくて、挨拶しなきゃいけない人たちが居るからだよ。
「お主がヤッピとやらだな? 喜べ。ワシの息子のメガネに適ったようだ」
「ほっほっほ、運がいい。ザキュー侯爵様の目に留まるなぞ幸運にも程があるぞ」
どうやらアスレチックス侯爵と同格の侯爵様らしい。貴族派の奴ら、中心人物と取り巻きといったところか。
「ありがとうございます。ですが、私はこのマリナーズフォートの立て直しのために尽力しなければいけない身ですので」
「そんなものは我が息子に任せておけばいい。だいたい女ごときが統治を行うなどまともに出来るわけがないわ!」
「そこは父と、叔父様がいてくださいますので」
そう言って微笑むとかなりの圧を全身から噴き出しながらアスレチックス侯爵が近付いてくる。
「ザフィー侯爵。お久しぶりですね。私の姪に何か御用が?」
「いや、マリナーズフォートは要衝故に統治をがんばられよと声を掛けていたところだ」
「それはそれは。しかしご安心なさいませ。姪を守るのは亡き姉上との約束ですからな。当家の騎士団から精鋭をこちらの街に遺していくつもりなのだ」
「アスレチックス騎士団が……」
なんか顔が青くなってるみたいなのでおかしいなって聞いてみたらアスレチックス侯爵の騎士団は国内でも有数の実力派騎士団なのだそうだ。恐ろしい。
「第五王女殿下、ご来賓であるロートシルト公爵夫妻、ご来場!」
ミリアムさん、ヒルダ様、テオドールの登場だ。しかし、「夫妻」ってなんですかね、ヒルダ様? まだ結婚はしてないでしょ? 外国だから好き勝手してもいいとか思ってません?
登場してきたミリアムさんとヒルダ様はどちらも藍色のドレスだ。周りの人たちの空気が変わった。
先程のヤッピに対する視線は「流行を知らない愚か者」って目だったのが、ミリアムさんとヒルダ様の装いを見たらそれが一変。「あのお二人が纏っている藍色のドレスをどうやって」みたいな羨望と嫉妬に変わっていった。まあこの場でのファーストレディみたいなものだもんね。
「続きまして第三王子殿下!」
こちらはドレスとかスーツとかではなくて鎧での登場。まあ鎧も装飾過多なんだけど。どうやらあの人にはスーツは似合わなそうだからね。まあ騎士はこういう場でも鎧で構わないって話だし。
「最後に国王陛下の名代として宰相閣下」
宰相が供の者を引き連れて入場してきた。後ろの男はなんか台に載せられた文書を持っている。羊皮紙でくるくる巻かれている。様式美ってやつかな?
「ヤッピ・ソニアドータ男爵のマリナーズフォート領主就任を言祝ぐと共に、マリナーズフォートの更なる繁栄を期待する! グランドマイン王国国王グランドマイン十四世」
宰相閣下が羊皮紙に書かれた文言を読み聞かせ、羊皮紙を丸めて渡そうとする。あ、直接渡さなきゃいけないとか? よし、ヤッピの身体に薄く障壁を展開するよ! コーティングだ。
「ぬっ?」
「どうされましたか? 宰相閣下」
「……なんでもない。確かにお渡ししましたぞ?」
そう言うといそいそと足早にその場から去っていく。なんだろう。すごく忙しかったとかそういうのかな? でもそれならわざわざ来なきゃ良かったのに。
ふと見ると床に小さな針のようなものが落ちている。ものすごく小さな針。暗殺者の私でなきゃ見逃しちゃうね。いや、多分みんな床を気にしては居ないんだろうけど。なんだこりゃ?
私は鑑定でその針を見た。いや、待て待て待て待て、なんだこりゃ!?
【毒針:いわゆる【マンティコアの毒】と呼ばれる強力な毒が塗ってある】
【マンティコアの毒:少量が体内に入ると、呼吸困難を起こし、そのまま息が出来なくなって、刺された場所が爛れてそれが徐々に全身に回る。進行速度は量によるが、極少量でも一年で心臓に麻痺が達して身体中が爛れて醜く死ぬ】
……あんのクソ宰相が! なんてものをヤッピに施そうとしやがった。ヤッピが呼吸困難になって肌が爛れていくのを治すことも出来ずにただ指をくわえて見てろって事か? 許せねえ! 許せねえよ。
「どうした、キュー。物凄い顔をしているが」
「テオドール、マンティコアの毒って知ってる?」
「ああ、知っている。もちろんな。公爵家を継ぐ為にも毒には詳しくならんといかんし、解毒薬としてのポーションも持っている」
そうか。テオドールは知ってるんだ。そしてポーションも持ってる……あれ? ポーション? 治るの?
「呼吸困難は厄介だが、傷口にふりかけて一口飲めば回復するぞ? 毒の強度的には解毒ポーションで十分に対応可能だからな。まあ大量に摂取すればポーションが間に合うかわからんが。しかし突然どうした?」
解毒出来んのかよ! あ、いや、その可能性はあるとは思ってたけど。うちの大陸のポーション技術すごくない? まあそれはそれとして障壁でコーティンクして針をテオドールに見せた。
「なるほどな。あの宰相か。ならこれで終わりじゃなさそうだな」
テオドールの言葉に私は同意の意味を込めて頷いた。