第百八十一話 胡麻
ごま油の詳しい作り方については工程を省いている部分もありますのでご了承ください。
「ペーペールーさーん」
「こっ、今度はなんですか!?」
「やだなあ。なんで逃げ腰なんですか?」
「厄介事持ってきたんでしょう? 分かりますよ!」
「ええー、せっかく儲け話持ってきたのに」
「……詳しい話を聞かせてもらっても?」
ペペルさんがソファに腰を下ろしてお茶を用意してくれた。私はそれを一口飲む。うん、そこまで高いお茶じゃないね。これは半信半疑だけど儲け話っていうならとりあえず聞こうってレベルだろう。
「まずはこれを見てください。こいつをどう思います?」
「すごく……小さい実ですね。なんですか、これは?」
「これはごまと言いまして食べ物です」
「食べ物なんだろうなとは思いましたが、小さ過ぎて食べ応えがないでしょう。売れませんよ」
まあ一般的な庶民が食べるにしては小さいもんね。スイカとか大根とかかぼちゃとかそういうのがあるならそっちを買うよね。腹に溜まるし。
「まあまあ。これはそのまま食べるものでは無いんですよ。とりあえず台所貸してください」
「……分かりました。付き合いましょう」
そう言って台所に案内されるとそこではメイドさんが二人ほどおしゃべりをしていた。
「あっ、旦那様、何か軽いものをおつまみになりやすか?」
「いえ、この方に台所を貸してあげてください」
ペペルさんの指示で二人はコンロの前を空ける。というかコンロがあるよ。なんか魔力を使って調理するみたいな感じの。使うには魔石に魔力を流し込む……私にゃ起動できないじやん!
仕方ないので発火で火を出す。魔石は消費してないからね。えっ、なら部屋でやればよかったって? いや、さすがに火を扱う場所でやった方がいいでしょ。水もあるし。あ、もしかして水も魔石で使うやつ? ぐぬぬ。
温まったフライパンにごまを投入する。ごまが炒られるにつれて香ばしい匂いが広がっていく。
「ほほう、これはなかなか」
「いい匂いですね」
しばらく焙煎したらごまを引き上げて圧搾するんだけど、あー、なんというかどこで搾ろうか。圧力自体は私の念動でなんとでもなるけど、人力だとなんか考えないとね。
ともかく冷めるまでは放置。早く冷めないかなって風を送り込んだらきっと飛ばされちゃうもんね。
あらかた人肌くらいになったところでごまをする。ごりごりごりごり。すり鉢なんかないから私が念動で頑張るよ。ごりごりごりごり。ペペルさんには手動でもできるけど今回は私がスピード重視でやるって言っといた。
だいたい擦り終わったら今度は圧搾だ。念動を調整してゆっくりゆっくり搾る。小さいお椀にポタリポタリと油が落ちてきた。
「おおっ!?」
おや、驚いてますな。ならばもうちょい頑張って、ポタリポタリ。搾られた油には不純物が交じるのでそれを濾していく。なんかいいのないかなっ思ったら何かを濾すのに使ってるらしき布を発見。聞いてみたらお酒を作るのに使っているのだとか。なるほど。
濾過布を使って油を抽出し、ある程度溜まったところで皆さんに披露。
「ということでごま油です」
「なんと、油が出来てしまった」
「しかも獣脂みたいに臭くないですよ、これ」
「というかこのまま飲めそうなくらいに綺麗です」
いやまあごま油は飲み物って話が出るくらいには飲めると思うけど、とりあえず油を使ってなんかやってもらおう。ヤール・ギュレシ? 歪みねぇな!
「とりあえず炒め物でも作りましょうか」
「あ、私やります」
メイドさんのひとりが名乗りを上げてくれた。炒め物、私でも出来ないことはないと思うんだ。うん、多分。でもやっぱりやり慣れてる人の方が美味しいんだろうなと思う。
メイドさんがフライパンに油を投入して、フライパンを温める。火が通っていくにつれて香ばしい匂いが広がる。予め切って置いてあった野菜を投入して炒める。フライパンを持つ姿が様になってるなあ。私じゃああはいかない。
「出来ました!」
メイドさんがお皿に野菜炒めを盛り付けてみんなに配る。とりあえず毒味って事で私から食べるよ。パクリ。美味い! やっぱりごま油はいいなあ。
私の表情を見てメイドさんが両方ともゴクリと喉を鳴らした。そして恐る恐る食べる。パクリ。美味しいというのは表情に出るものだ。次第にフォークを突き刺すスピードが上がる。
ペペルさんがそこに参戦してきた。パクリ。びっくりしてるびっくりしてる。
「おおお。美味い。なんだこれは。今までの油とは全く違う。獣脂なんかとは比べ物にならない」
「お気に召しましたか?」
「もちろんです。もしかしてこのごま油とやらの作り方を我々に?」
「難しいことではありません。人力でも出来ますからね。私はちょっとめんどくさいんでズルしましけど」
それからペペルさんに連れられて応接室で書類に何枚もサインをさせられた。ついでにペペルさんを連れて例のごま男の村まで転移して畑のごまの買取と増産体制の確立を契約した。
それから鍛冶屋に行って油を搾る機械、ああ、まあ、私も前の世界の知識で玉絞めのやつしか見た事無かったからそれを教えた。
「なるほどなあ。石の重みで搾る訳か。なるほど。おもしれぇな」
「でしょう?」
「でもそれなら土門の魔法で押し潰してもいいんじゃねえか?」
いやまあ土魔法使えるならそれでもいいかもしれない。私には使えないから仕組みを説明しただけだよ。
結局、土魔法使うバージョンと使わなくて石の重みで絞るバージョンの二種類を作ってもらった。まあ一つ抽出するのに一時間くらいは掛かるから大量生産は出来ないけど、貴族に売るならそういう希少性も大事じゃないかな?
せっかくなので出来たごま油を貰ってマリナーズフォートに帰ってきた。ザラさんに渡すと早速使いますねって嬉々として持って行ってくれた。
晩御飯にはサラダにごま油が掛かってて美味しくいただきました。いつもよりもミリアムさんの食事量が増えてたらしいよ。美味しかったね。