第百八十話 紅花
紅花は油も取れるし染料にもなる優秀な商品作物です。
メルニ伯爵とやらの手口は実に単純なものだ。大してコストのかからない奴隷という労働力を働かせ放題して、出来上がった商品作物を高値で売る。
他にも商品作物を育てていた農家はあったのだが、メルニ伯爵が安価で売買したお陰で普通の農家だと継続出来ない金額なんだとか。それで次々と廃業して今ではメルニ伯爵以外はこの辺ではつくってないのだそう。
もちろんメルニ伯爵がそんな好機を逃す訳もなく、一気に三倍以上に値上げしたんだって。それでも買わなきゃ物が作れない。卑怯極まりないよ。
となれば商品作物のどんなのを作ってるのかを調べないといけない。先ずは偵察、と言いたいところだけど、やはり蛇の道は蛇と言うし、商人に聞いた方がいいんだろう。
「ペペルさん、どーも」
「おや、キューさんですか。今日はお一人ですか?」
「なんでそんなにビクビクしてるんですか?」
「あの、キューさん。私、これからちょっと商談があって忙しくてですね」
「聞くこと聞いたら直ぐに帰りますから」
ペペルさんは少し思案して私を応接室に通してくれた。
「本当に直ぐなんですね?」
「はい。あの、メルニ伯爵って知ってます?」
「メルニ……ああ、知ってますよ。紅花油と染料で儲けてる貴族ですね」
「油かあ」
「ええ。油の精製は難しいですからね。門外秘出と言われています」
種炒って圧縮して搾るだけだよね? 私の念動でも出来ると思う。
「動物性の獣脂なら賄えてますがね。どうにも臭いが我慢ならないと貴族の間では使われないのですよ」
まあこの世界には魔獣やら猛獣やらの動物性タンパク質がそこらに歩いているもんな。獣脂は使われて当然なのか。まあ貴族なら金に糸目をつけずにいいものを手に入れたいってのはあるんだろうね。
「染料はともかく油を何とかしたいよね。ごま油とかでも良さそうなんだけど」
「ごま油? 紅花以外に油が取れる植物でもあるのですか?」
あれ? この分だとごまの存在すら無さそう。もしくは認知されてない? いやまあ確かにごまは実が小さいから食べ物としてはカウントされてないのかも。
「あればいいなって話です。とりあえず他にも油が取れる作物がないか探してみますね」
「なら商都の市場はちょうどいいでしょうな。さて、私は商談があるので案内出来ませんが」
「すいません。仕事の邪魔しちゃって。お世話になりました」
私はペペルさんに一礼して去っていく。本当に商談なのかな?って思ってたら馬車がペペルさんの店の前に着いたので間違いないのだろう。
市場をぶらぶらと歩いてみる。商都という呼び名からも分かる通り、エッジの街には色んな商品が集まってくる。その中に鮮やかな紺色のドレスがあった。こんな所でドレス売るのかって思ったら、このドレスを染めた染料を売ってるんだって。なるほど。色見本ってやつか。
「綺麗ですね」
「ありがとよ。最近は紅花の値が上がってるからな。この染料でもいけるんじゃないかと思ってんだが」
紅花と藍(多分)ではそれこそ好みが違うと思うんだけど。貴族の中では赤いドレスが流行ってんのかな?
「この染料でドレス作ったりは出来ないの?」
「出来ないことはないんだが、流行があるからなあ」
私としてはヒルダ様には赤よりも紺色の方が似合うと思うんだよね。おっぱいのサイズ的に? いや、今スク水の話はしてないからね!
「色々紹介したいから買っていくよ」
「本当かい? ありがてえ。売れなくて困ってたんだ」
こんなに綺麗に染まってるのに売れないというのは……恐らくだが売り方を間違ってるだけだと思う。貴族が市場にフラフラ来るわけが無い。ミリアムさん? あの人はまた別でしょ。
また市場をフラフラ歩いていると不機嫌そうな男がカリカリしていた。近付きたくないな、と思って通り過ぎようとしたら声を掛けられた。
「おっ、お姉さん美人だね。便通が快適になる実があるんだけど便秘で悩んでないかい?」
あのなあ、いきなり呼び止めたと思ったら大衆の面前で便秘だの便通だのと。デリカシーってもんがないのかお前は!
私はその男の手元を一瞥して、二度見した。あれ? あの鞘の形、もしかして、もしかしなくても。
「あ、あの、その実は?」
「だから言ってんじゃねえか。便通が良くなる実だよ」
「……ちょっと見せて貰っていい?」
「マジか? 買ってくれるならいいぜ」
と言われたのでお金を渡して鞘を手に取った。中を覗いてみると小さなごまが詰まってる。鑑定、鑑定しなきゃ!
【白胡麻:野生種。種からは油が取れる。食用としても優秀。食べ過ぎるとお腹を下す】
おおっ、まごうかたなき白胡麻様! しかも野生種って事はそこら辺に生えてるってこと?
「あの、この植物はどこで?」
「うん、村に生えとったもんを使ったんじゃ。腹の足しになるかと思って食ったんじゃが腹にはたまらんし、逆に腹は下すしでな。じゃから便通を良くする薬とでも言えば売れるかと思ったんじゃがなあ」
「あなたの村に案内して!」
私は相手の肩を掴んでガクガクと前後に揺らした。頷いてくれたから大丈夫なんだろう。
彼の村はここから一日半の距離にある山村なんだそう。育てているのは小麦が主流。畑の雑草の中にごまがあったのでそれを食べられるかどうか試したらしい。なんでもすぐに口に入れるのはどうかと思うけど。毒だったら死んじゃうし。
村に着いたら畑の一部がごまで埋まっていた。ごまってこんなに他の植物を駆逐する程だっけ? って思ったらこの男が商売にならんものかと休眠してる畑を使ってやってるらしい。先見の明とでもいうのだろうか。
「ねえ、ここの畑全部買取っていい?」
「はあ? いやまあ、買い取ってくれるならありがてえんだが、そんなに便秘に悩んでる女性は多いのか?」
そんな訳あるか! いや、あるのかもしれないけど私の思惑ではない。飽くまで私は油を搾るのだ。あ、これ代金ね。相場わかんないから適当に。あ、多かった? そりゃよかった。じゃあとりあえず収穫手伝って!