妊婦(episode179)
具体的な病名はぼかしてあります。
そのお姉さんが何処にいるのか、米連邦なら飛行機代位は出してもらえるのかなって思ってたら、どうやらこの八洲の病院に入院してるらしい。
何しろ八洲の医療は世界一なのだ。各国から医療技術を求めて世界中の金はあるけど健康がこころもとないやんごとなき方々が押しかけてるそうな。
一番有名なのは右記島傘下の病院だ。いわゆる研究施設と病院が両立しているところで、自分の身を被検体に差し出せば比較的安価で治療が受けられるらしい。
「またそんな根も葉もない話を信じるのですか」
病院に向かう車の中で胡蝶さんがため息を吐いた。今向かってるのは右記島医科大学付属総合病院である。名前の通り大学の附属病院で最新鋭の医療機器や医療スタッフが揃えられている。
なんでそんな所にデイジーさんがいるのかといえば、ハリウッド女優だった頃のコネらしい。まあそうでなくともパラソルグループの娘なんだから優遇はされるだろうけど。
病院に着くとロビーは人で溢れ返っていた。診察を待っている人、予約を取ろうと並んでる人、その付き添いの人々。とにかく人でいっぱいなのだ。私らもここに並ばないといけないかと思うとうんざりしてくる。
「何をやっているの? こっちよ」
胡蝶さんに先導されて向かった先はどう考えても関係者オンリーのスペース。胡蝶さんはスタスタと歩くと止めてくるガードマンに何かを見せつけた。ガードマンたちは慌てて道を空ける。
「ほら、こっちよこっち」
奥まで行くとエレベーターがあった。なんでも右記島の人間しか使うことの出来ないエレベーターらしい。各階直通だ。胡蝶さんはそのまま中に入ると私たちを招き入れて、二十五階の表示を押した。
上昇していく感覚はいつ体験しても新鮮なものだ。風とかそういうのも感じないんだから大したものだよ。そのまま階数表示が二十五階になると、扉が開かれて直ぐに病室があった。高級ホテルかな?
「誰?」
ベッドに寝ている女性からこちらに声が掛けられた。まあエレベーターが止まったのだから誰か来たのだろうと推察したのだろう。しかも普段使いの方ではない、院内の自由を許された右記島の私用エレベーターだ。警戒の色を滲ませているのがわかる。
「お姉様!」
「えっ? メアリー!?」
メアリー嬢がいてもたっても居られずにデイジーさんの方に駆け出して布団に飛びついた。お腹はかなり大きくなっているのでそっちに飛びつくのはダメだと思ったのだろう。
「久しぶりに会ったと思ったら。まだまだ甘えんぼね。そんな事だと鷹月歌のトップに嫌われちゃうわよ」
「お姉様のいじわる! でも裕也さんはそんなことで私を嫌ったりなんかしないもん!」
それをポカーンと見てる私たち。とりあえずあの人がメアリー嬢のお姉さんだというなら自己紹介はしておかなければならない。
「初めまして。メアリー嬢の友人のティア・古森沢です」
「ボディガード、ジョキャニーヤ」
「右記島胡蝶と申します」
「胡蝶様のボディガードの楓魔紗霧です」
それぞれに自己紹介をする。デイジーさんはそれぞれに軽く会釈をしてメアリー嬢に微笑んだ。
「それにしてもメアリー、どうしてあなたがここに?」
「お姉様を助けたくて!」
「大袈裟ね。私は子どもを妊娠してるだけ。そのうちに産まれてくるわよ」
「嘘です! それなら連邦で産んでも良かったはず。わざわざ八洲に来てまで産まなければならない理由があったんですよね?」
メアリー嬢はデイジーさんの誤魔化しをものともしないで真摯にデイジーさんを見つめた。根負けしたのはデイジーさんだ。
「赤ん坊の居る胎盤とかいうところに異常があるんだって。このまま産めば死産になるどころか私の身まで危ないって」
「だったら、お姉様、赤ちゃんは諦めて」
「諦められるわけないでしょう? 私は母親なの。この子を産んであげることが出来るのは私だけ。ここならちゃんと産める可能性もあるからと一縷の望みをかけて来たのよ。そうでしょう? ミス胡蝶?」
デイジーさんが胡蝶さんに視線を向ける。胡蝶さんはため息を吐きながら答えた。
「デイジー・パラソル様、大変残念ではございますが、現在の医療では母子どちらかの延命が精一杯です。子どもをとるかご自分をとるか決めていただきたいのです」
「嫌よ! もしどちらかを諦めなければならないなら、私は自分の命を諦めるわ。でも、私はこの子を育てないといけない。だから……」
そう言ってデイジーさんはメアリー嬢の顔を撫でながら言った。
「私に万一のことがあった時はあなたにお願いするわ、メアリー。私の大事な妹」
「そんな、お姉様!?」
メアリー!が突っ伏して泣いてしまった。胡蝶さんが咳払いをする。
「デイジー様、現在の医療では、と申しました。それ以外の手は無いこともございません」
「なんですって?」
「もちろん、その方法は右記島では保証の出来ない方法ですので責任は持てません」
「そんな方法を私に納得しろっていうの?」
「その方法に縋ったのはメアリー様なのです」
「えっ!?」
胡蝶さんの言葉に涙で顔をぐちゃぐちゃにさせながら「本当です」と言葉を捻り出した。
あの、もしかして、私がこの先を引き継ぐの? なんかどんどんハードル上げられてない?
「ええと、その、治療を担当させていただくのは私なんですけど。その、デイジーさんは私を信じて貰えますでしょうか?」
いや、なんというかこういうの苦手だし、私が彼女ならぽっと出の私なんて信じないだろう。
「ティアさんだったわね。勝算は?」
「ティアお姉様なら大丈夫ですわ!」
メアリー嬢には聞いてないんだけど。それに大丈夫とも言えない。詳しい事はやってみないと分からないのだ。
「とりあえず全力で頑張りますが私としてもどこまで出来るか分かりません。先ずは具体的な方針を決めたいので診察させれてください」
私の言葉にデイジーさんも了承した様だ。このままほっといても悪化するばかりだからね。とりあえず水門の魔法で体内エコーだよ。