第百七十八話 農都
寛大な主人の元で奴隷であることは幸せなことだってなんかの小説に書いてた気がする。
王都から北に向かって馬車を走らせる。鉱山は無いが田園地帯が広がる地域だ。気候的にも温暖であり、大きな川も多くて水利の便がいい。
道道の小屋には水車が備え付けてあり、おそらくはそれで粉をひくのだろう。頑張れば発電とかも出来そうだ。流れは高低差があまりないせいか緩やかなので発電にはちょっと水流が足りないのかもしれないが。
「ふむ。豊かそうな地域だな」
「ああ、まあ穀倉地帯ですからね。となれば奴隷の働き先はたくさんあるんじゃあ?」
「そうだな。まあ可能性はある」
そんな事を話しながらこの辺り一番の農業都市、タブーセに着いた。門番に紋章を見せて中に入る。門をくぐって一番最初に見えてくるのは倉庫街だ。こんな入口に倉庫街が? って思ったけど、周りの穀倉地帯から運ばれてくる穀物やら農作物がこの倉庫に積み上げられるんだそうな。
そこから街の人の口に入ったり、売りに出されたりする割り当てが決まるのだとか。なお、食料品を売るのは領主直轄の商会らしい。利権ありまくり!
「ようこそおいでくださいました!」
領主館で迎えてくれたのはだいぶお年を召したおばあ様。若作りでは無いけど、めに生気が漲っているので若々しい印象がある。つまりあれだ。目力が強いのだ。
「私はこのタブーセの街の領主をしていますベアートリス侯爵家夫人のクマラと申します」
深々と私たちに頭を下げるクマラさん。私達も慌てて頭を下げた。いや、テオドールは堂々としてたな。
「ロートシルト王国、リンクマイヤー公爵家のテオドールという。侯爵夫人へのお目通りが叶い、光栄の至り」
「まあ、こんなおばあちゃんを捕まえてお世辞がお上手なのね。そちらのお二人は愛妾さんなのかしら?」
ひうっ、違います、違いますからね、ヒルダ様! 私が、私が愛妾を名乗った訳では……えっ? 今のは「愛妾ならば何も言わずに黙ってなさい。そうでないならあなたも名乗りを上げなさい」っていう名乗りの促し? いや、わっかんねえよ、そんなの!
「ええと。冒険者のキューです。テオドール……様の護衛みたいなものでして」
「王宮で侍女をしておりましたサレファです。お目付け役として同行しております」
それを聞いてクマラさんはニコニコしていた。敵意は特に感じられない。いや、わかんないけど。
「キューさんにサレファさんね。ちょうどいいからお二人も座って頂戴。お茶を用意させるわ」
そう言ってクマラさんはメイドたちに指示を出した。その度にサレファさんが飛び出して手伝おうとするのが面白い。
メイドさんたちの奮戦によってあっという間にお茶の席が用意された。クマラさんが座った後に私たちにも着座を求めてくる。テオドールがずっと警戒したままなのは仕方ないだろう。少しはリラックスしていいのに。
テオドールの前に置かれたカップにお湯が注がれる。お茶じゃないんだ。とか思ってたらカップのお湯を捨てた。なんで? だって思ったけどどうやらカップを温めるためらしい。
次に別のポットから芳醇な香りのお茶が注がれた。それをテオドールの前にすっと差し出す。
テオドールはそれを覚悟を決めたかのように口につける。つける前に私に目配せをしてきた。大丈夫。テオドールが毒にやられたとしてもちゃんと解毒してあげるから。私の治癒能力で! 手が滑ったらごめんね? あ、嘘です。活かして帰らないと私がヒルダ様に三枚におろされるからね。
「美味い……」
「はい。ここより北の国々より取り寄せました逸品です」
「ふむ。悪くない。買って帰りたいくらいだ」
「幾つか土産に買っていくのもいいと思いますよ。街中の市場で売ってると思いますので」
この街には他国からの貿易の品も来るらしい。何しろこの国は西大陸最南端に位置する国らしいから。
「我々は我々の国の国民を助けるためにここに来たのです。この地域で働いている奴隷たちはいませんか?」
「そうですね。奴隷と呼ばれていた方々なら居ますよ」
「案内してもらいたい」
テオドールがギラギラした目でクマラさんを見つめるが、クマラさんは涼し気な顔で微笑むばかり。
「馬車を用意させましょう」
そう言ってしばらくして馬車の支度ができたと呼ばれたので行ってみると、立派な六頭立ての馬車がそこにあった。
「私が行くとなると色々と問題があるのでここまで大袈裟になってしまうのよ。ごめんなさいね」
テオドールは何の問題もないとばかりに頷いているが、私もサレファさんもこれに一緒に乗らなきゃいけないの?って戦々恐々だ。
どうにか乗り込んで馬車に揺られる。おお、あまりおしりが痛くない! サスペンションがきちんと発明されているのか?
「木門の魔道具で反動を軽減しているのよ。すごいわよね、魔法って」
魔法で軽減! そういうのもあるのか。まあそういう技術は八洲に持ち込んでも使えないんだろうなあ。再現性があるのか分からんし。私に魔法が効かないから八洲にも魔法は持ち込めない気がする。あ、でもティアは大丈夫なんだっけ。
辿り着いた先は大農園と言ってもいいくらいの大きさの畑だ。作物は木に何かなっているものがあるからあれなのかもしれない。
「これはこれは奥様。ようこそいらっしゃいました!」
「ファーノ。突然おじゃましてごめんなさいね。みんなを集めてくれる?」
「分かりました。奥様の果樹園なのですからいつでもお申し付けください」
そう言ってファーノさんと呼ばれた人が畑から宿舎らしき建物が建ってる場所に走って行った。私らもあっちに行くのかなって思ったらクマラさんがそのままそこに待っている。
すぐにテーブルと椅子が用意されて優雅に座っていた。ええと、私たちも座るの? サレファさんは落ち着かないから座りたくないって言うし、テオドールはそっぽを向いている。こりゃあ私だけでも座らなきゃダメかな。座ったらお茶を出された。いやもう要らないんだけど。
宿舎の方が十人近くが急いでこっちに走り寄って来ている。必死な表情というよりかは喜びの表情だ。それはクマラさんの姿を見たらよりはっきりと笑顔になっていった。