試飲(episode177)
サクヤちゃんに毎月お小遣いを渡していたのは間違いなくジジイです。まあ他からも貰ってたりしますが。援交とかそういうのじゃないです。無駄遣いもしてないので。
よし、つかみはおーけー。ほら、私のドジで場の空気が和んだよ。これが私の狙い。全部計算通りだ。本当だよ?
「ええ、我がユグドラシルは皆様の恒久的な幸福の為に日夜努力していく次第であります。未熟者ではありますが、どうぞ暖かい目で見守っていただきたく思います」
今度はマイクから十分離れて頭を下げる。いやもうぶつけないからね?
「それでは皆様に当社の事業内容の説明をさせていただきたいと思います」
「どうも、皆様。弊社CFOの洞爺丸未涼です。では事業内容のご説明をさせていただきます。お手元に用意させていただいた資料を後ほどご覧下さい」
資料あるなら説明しなくていいんじゃないかと思ったけどそういう訳にもいかないらしい。未涼さんが手を挙げると部屋が暗くなり、プロジェクターが上から降りてきた。
「ではまず、主幹たる業態についてですが、我々が重視するのは健康です。全ての活動の根幹は身体が健康であること。ならばそこに重点を置くのが我々の理念でもあります」
うん。元気があればなんでも出来る。迷わず行けよ行けばわかるさ、じゃないけど、元気になってれば色んなことが出来るのだ。
「その為に我々は独自技術を用いて皆様にポーションという飲用物を用意致しました。なお、厚生労働省には届けてませんので効能は申し上げられません。単なる飲料ですね」
あ、右記島の胡蝶さんが苦笑いしている。うん、医薬品の担当は右記島の領分って聞いたことあるよ。いや、笑ってはいるけど目は笑ってないな。あれは、「医薬品関係だというのに右記島を締め出す気でしたの?」って目だ。ごめんなさい。私が疎いだけなんです。
「どなたか試してみたい方はいらっしゃいますか?」
「ぼくが試すよ」
「私も!」
未涼さんの声に進み出て来たのはタケルと凪沙。こういう時にこの二人は力強い。なお、凪沙が名乗りを上げた時に保乃さんが目に見えてアワアワしていた。いや、あんたはこっち側の人間だからそんなに不安そうな顔するな!
「体調の不良な事ありますか?」
「え? いや、特には無いんだけど」
「ぼくはここのところちょっと疲れ気味だから疲労回復出来れば助かるかな」
「え? 何よ、タケルがそんなに疲れてるなんてしらなかったんだけど?」
タケルの言葉に凪沙はぷんぷんしてるけど、男には女に言えないこともあるんじゃないかな?
とにかく疲労回復となれば毛生えも消化促進もダメだろう。となれば残りのポーションで。魔力回復かなあ? どう作用するかは分からないけど。
「じゃあはい、これ」
「いやぁ助かるよ。ちょっと色々あって寝不足でね」
寝不足、という言葉に凪沙が何かを察したように視線を逸らしたんだけど、まあそこは深くは突っ込むまい。
試験管の様な形態の瓶の蓋を開け、そのまま喉に流し込む。魔力回復だから疲労回復とは違うかもしれないけど、同じ回復ってついてるから問題ないよね? 私が飲んだらちゃんと魔力回復したし。
「これは?」
タケルの身体がほんのりと光ってる。暗い中でやってるから光が目立つ目立つ。裕也さんがタケルに近付いて「どうなってるんだい?!」って不思議そうにぺたぺた触ってる。あの、お客様? あなたの伴侶とタケルの伴侶がなんか死にそうな顔をしてますけど?
「やめろよ、くすぐったいな。もういいだろ」
「タケル、身体の調子はどうだい?」
「ああ、疲れは殆ど無くなったよ。まあ光ってるのはどうしようも無さそうだけど」
それを聞いて裕也さんがぼくも飲むなんて言い出したので飲ませて差し上げた。
「なるほど。これは確かに。疲れが吹っ飛ぶようだ。疲労がポンッと抜けていくような」
「その表現は色々誤解を招くと思うんだが」
タケルと裕也さんの夫婦漫才が続けられていた。うん? 夫婦ってどっちが奥さんなんだろうね。有識者にでも聞いてみる?
「こ、この通り、疲労回復の効果は確認されました。皆様、拍手をお願いします!」
狐につままれたような顔をしながらも会場の皆さんはぱちぱちと拍手をしてくれた。
「え、ええー、今回は疲労回復飲料でしたが、これから売り出すのは毛生え薬と消化促進の薬です。もちろん我々としては効果を保証するものではありませんが」
これはこの八洲の法律が関係している。薬機法とかいう法律によると、科学的な分析とかが必要らしいのだ。いや、そもそも私の魔法からして科学的分析とは無縁だしなあ。
「ふむ、毛生え薬か。最近頭の毛が不安になってきたところだ。私ではなく父上のな!」
ファハド王子が嬉しそうに言う。いやまああの王様そこまで頭が薄かったかな?って思ってしまったけどうろ覚えだからなあ。
「ワシは毛根は大丈夫だが、幹部連中の中には生え際に悩んどるやつもいるからな」
ジジイは愉快そうに笑った。これでまた求心力を維持できるとでも思ってるのかもしれない。まあジジイには長生きしてもらった方が都合いいんだけど。
「消化促進。なるほど。となれば痩身効果も……」
胡蝶さんがボソリと呟くと、それを聞き付けた妖世川の二星がぴくりと反応する。行く場所によっては重宝するかもしれないよね。
「ティアお姉様、社販割引とかあります?」
「いや、保乃さんと未涼さんには実験台になってもらわないと困るから買わせないよ」
「おおー、さすがお姉様! 一生ついて行きます!」
「ねえ待って? 私も実験台になるの?」
不安そうな顔で未涼さんが聞いてくる。安心してください。ちゃんと副作用が出ても何とかしますから。水門の魔法使いを舐めるなよ?
それから初期ロットの販売を段取りした。一番買っていったのはなんとサクヤちゃん。個人なのにそんなに持ってたの? えっ、毎年貰ってた小遣いを貯めてたから問題ないの? あのクソジジイは孫に幾ら渡してたんだ?
「学校の友達にダイエットの薬って売りつけちゃうんだ」
「薬って言っちゃダメですからね」
「はーい、ティアお姉ちゃん」
ちょっと心配にはなったがタケルの妹だし、なんかあったらタケルに責任取って貰おう。