第百七十四話 菖蒲
アルテミシアさんとヒルダ様は厳密には数年の開きがありますが、アルテミシアさんがヒルダを可愛がっていたみたいです。その代わり、ヒルダ様は公爵家の力を貸していた。と。持ちつ持たれつですね。
それからヒルダ様と食事を楽しんで、ヒルダ様はご満悦な様子で領主館に向かった。一人でも大丈夫かな? まあヒルダ様なら大丈夫だと思うんだけど。それになんか領主館からの衛兵もついてたし。その辺アンナは卒なくこなすよねえ。
私は一人で部屋でくつろぐ。仕事が終わったあとにウルリカちゃんが私のところに遊びに来た。お話ししてと騒ぐので、八洲フカシ話……ならぬ八洲の故事記に書いてある話を聞かせてあげた。
海を渡ろうとしたうさぎがサメに取引を持ちかけて渡るんだけど、うさぎは約束を守る必要がなくて食われそうになったのを、タヌキを身代わりにして逃げた、みたいな話。教育に悪いかなあ?
「やっぱり世の中は要領良く立ち回った人が笑うんだね!」
ウルリカちゃんは何かを悟ったようだ。この子、頭の回転が早くて将来ヤバい事になりそうなんだよなあ。この宿屋の中でそのままにしてくれれば良いんだけど。
イレーヌちゃんが迎えに来てくれて引きずっていかれた。この子が姉妹の中では一番の良識人だろう。アンナはポンコツだからダメだし。あ、私が食べたかったからプリンの作り方を教えてあげた。すごく喜んで作ってみる!って言ってくれた。ちなみに作り方も何も分量とか正確な値は覚えてないのでこんな感じでって言っといた。イレーヌちゃんならきっと再現してくれる!
翌日、宿を出て領主館に行く。アンナもロッテも昨日も会ったけど元気そう……でもなかった。なんかグロッキーな感じ?
「キュー! あんたが、仕事を! 持ってきたんだろうが! 手伝え!」
まあまあロッテ、落ち着いて。私はほら、お客さんだよ? 前の時みたいに手伝ってあげるのはやっぱり難しいかな?
「どの道この処理が終わらんと出航出来んぞ? 手伝ってやったらどうだ?」
「それなら私じゃなくてテオドールでもいいんじゃないですかね。次期公爵様?」
「お前はバカか? 自分の領地の分も手を付けてないのに他所の領まで面倒見切れるか!」
いやまあ確かにテオドールに言うのはどうかと思ったよ。でもヒルダ様には頼めないじゃないの。
「アンナさん、こちらの書類はここでいいかしら?」
「アッ、アッ、アッ、キョウシュクデス」
ヒルダ様も手伝ってるし、それにアンナが萎縮しちゃってる。ロッテにゃあ事務仕事はやらせられないしね。
「そういえばロッテ、あなたミーシャの娘なんですって?」
「ミーシャって……ママ!? マ、ママの知り合いなんですか?」
「嵐青の魔女と呼ばれた女がまさか結婚するとは思ってなかったんだけど。まあ知り合いというか友人だわ」
ヒルダ様とアルテミシアさんは知り合いだったのか。まあ確かにヒルダ様の実年齢考えたら不思議でもないんだけど。アルテミシアさんって何歳でロッテを産んだんだろ。アンナもロッテも私と同い歳ぐらいだと思うんだけど。今度は間違ってないよね?
「ヒルダ様、アルテミシアさんを呼んできましょうか?」
「……いいえ。結構よ。挨拶は……その内行くことにするわ」
久しぶりに会うから会いたいわなんて言ってくるかと思ったんだけど。アルテミシアさんが妊婦だから遠慮してるのかな?
それからアンナとロッテに見送られて船に乗り込み、出航した。船の上ではテオドールとヒルダ様でイチャイチャしててください。
十日ほどの船旅を経てマリナーズフォートに到着。先ずは領主館に直行である。領主館ではテオドールがスターリングさんに声を掛けていた。青いツナギは着ていないので「ウホッ」な展開ではないと思うんだけど。
「悪くない」
「有り難き幸せ!」
あー、ヒルダ様、あれですよ。男が男に声を掛けてそこから始まるストーリーってやつですよ!
「あなたはバカですか? いや、あれは鍛えた者に掛ける鍛錬を称えての言葉ですわ」
あー、なるほど。でもテオドールは上から目線なんだな。クソ生意気な。いや、公爵閣下心得見習いみたいなもんだから上から目線なのは当然なのか。
「ようこそいらっしゃいました。そしてキューさん、おかえりなさい。姫様にもお報せしていますのでこちらでお待ちください」
「あ、なら私が連れてくるよ」
そう言って私は別荘へと転移をかました。転移した先ではミリアムさんがザラさんに背中をマッサージされていた。
「おや、キューさんではありませんか。おかえりなさい」
「ひゃああ、天使様!? ああ、どこからでも天使は舞い降りてこられるものなのでしたね」
まあ天使ではないけど神出鬼没なのは間違いない。
「東大陸から使者を連れて来ました。面会の準備が出来次第お願いします」
「報告は受けていたので馬車が着くまでにと準備をしてたんですが。まさかキューさんが転移で直接乗り込んで来るなんて」
あー、だからこのタイミングでマッサージしてたのか。まあ女性王族にとって美しさは武器になり得るもんね。まあテオドールは好みが絶壁だからミリアムさんに食指を伸ばすなんて事はしないだろうけど。
私はミリアムさんとザラさんを伴って転移した。ザラさんには一旦控え室まで送っておいて、そこで色々セッティングしてからミリアムさんを着飾って面談させるらしい。
ミリアムさんが磨かれて出て来た。服装はパールホワイトのドレス。ウェディングかな? って思ったけど、ウェディングドレスとかは特に白では無いみたい。好まれるのは赤色。これは血をもって花婿に捧げるという意味らしい。怖ぇよ。
「お初にお目に掛かります。テオドール様、ヒルダ様。私はグランドマイン王国第五王女、ミリアム・アリージュ・グランドマインと申します」
「リンクマイヤー公爵家次期当主、テオドールだ。こちらは私の大事な婚約者であるヒルダだ」
ヒルダ様の顔が嬉しそうに輝いたのは見逃さなかったよ。まあ良かったじゃないの、ちゃんと対外的に「大事な婚約者」って言ってもらえて。
「それではこの度の騒動の経緯とお詫びを改めましてご説明させていただきます」
事前に書状で言ったからいいんじゃないかと思ったんだけど、その前情報が間違ってないか、どこかで改竄された可能性は無いかというののチェックのためにやるらしい。めんどい。