第百七十三話 詐欺
ヒルダはテオドールより一歳下、テオドールとエドワードは五歳差ですね。
テオドール>ヒルダ>エドワードです。
「話はよく分かりました」
「あ、じゃあヒルダ様は乗ってくれるって事で。近日中に向こうに渡りますので何か書状を」
「私も行きます」
「えっ!?」
「だから、私も行くと言ったのです。この目で色々見ないといけませんから」
なんとヒルダ様が向こうの大陸に渡るという。いや、でも、公爵令嬢で、別の公爵家の正妻になるお方なんだけど、出国の許可とか出るの?
「この国には古来よりこんな言葉があります。無理を通せば道理は引っ込む、と」
それ、私の世界にもあるやーつ。どこの世界でもあるものなんだなあ。じゃなくて!
「流石にテオドール……様に許可貰わないと」
私は何とか言葉を紡ぎ出した。ほら、テオドールだったらヒルダ様のこんな無茶も止めてくれるに違いない!
「別に構わんぞ?」
「えっ、ちょっ、テオドール!? あんた、ヒルダ様が危ない目にあってもいいの?」
「いや、いざとなったらお前が転移でもすればいい話だろうが。守れん訳ではないんだろう?」
いやまあ、そりゃあ私だってヒルダ様には無事でいて欲しいから。でも私だって万能じゃないんだよ。何でもは出来ないんだ。私に極大魔法を撃ち込まれても私だけなら何とかなるけど、ヒルダ様がどうなるかは分からないもん。転移が間に合えば良いけど。
「それにオレも行くからな」
「は? テオドールも行くの?」
「当たり前、という訳では無いが、向こうの国に親善の使者を送る事になった。それでオレが指名されたんだ。それなりに剣には自信があるからな」
まあテオドールが剣に自信なかったら誰が自信があると言えるのかってくらいには強いんだけど。あー、でもテオドールが行くならいいか。
「なるほど、新婚旅行ですね」
「? なんだそれは?」
「結婚した時に二人の仲を深める為に旅行に行くんですよ。旅先の方が親しくなれるし」
まあ元は結婚式の後に遠方の親族を訪問する旅行らしいんだけど、そこまでする親戚とかないだろうし。まあ広まったのは産業革命以後だからこの国だとまだ危ないから旅とか推奨されないもんなあ。あ、冒険者と商人は別ね。
「なるほどな。そういう風習もあるのか。なかなかに面白い。まあその新婚旅行というのも一興だろつ。まあまだ結婚はしてないんだが」
「いつ結婚するの?」
「うむ、父上が引退して公爵を継ぐ時だろうな。何せヒルダの結婚相手は、次期公爵なのだから」
言い方に棘を感じる。もしかして弟のエドワード様の方が継ぐとか思ってんの?
「いや、エドワードの事は心配してないんだが、公爵を継ぐまで何らかのアクシデントがあるかも分からんので継ぐと同時に結婚する話になっているのだ」
確かにこの世界での命の価値はそこまで高くない。魔獣が居るから死ぬ時は呆気なく死ぬしね。なるべくなら知り合いには死んで欲しくないけど。
ということでそれからしばらくしてヒルダ様が人を集めて向こうの大陸に渡る使節団を結成することになりました。冒険者は二パーティ程を護衛として、テオドールは国書を託された使者。ヒルダ様は随行の夫人待遇。私は水先案内人。カモメじゃないよ、トライ・マイ・ベスト。
で、出発する前の晩に海鳥の羽ばたき亭へ。テオドールは領主館に居なきゃならないらしいのでヒルダ様だけお忍びで連れて行く。
「いらっしゃいませ!」
ウルリカちゃんが出迎えてくれる。私を見てニコッと可愛く笑い、ヒルダ様を見てほえ〜ってなってる。
「晩御飯食べに来たよ」
「あ、はい。ありがとうございます! ええと、お泊まりもですか?」
「あ、私だけね。こっちの……ヒルダは他に泊まるところがあるから」
「ええ〜、そっちもうちにしてくれれば良いのに。まあ仕方ないか。今なら割と空いてますよ」
そう言われて奥の方に行くとオリビエさんが忙しそうに働いていた。イレーヌちゃんは厨房だろう。となるとエイリークさんは?
「おっ、キューさんじゃないか。また来てくれたのかい?」
エイリークさんも厨房に居た。どうやら家にいた時は厨房担当だったらしい。イレーヌちゃんはその手伝いとばかりに厨房入ったり、ウェイトレスしたりと行ったり来たりだ。
「お邪魔します。ええと、オススメの品を適当に」
「うちのは全部オススメなんだが。まあいいや。そっちのお嬢さんも同じ様でいいかい?」
「あ、はい、お願いしますわ」
そう言ってヒルダ様は椅子の前に立ったままだ。座ればいいのに。そう思いながら私は椅子を引いて座る。それを見たヒルダ様は一瞬「あっ!」とか言いながら慌てて椅子に座った。
……あれ? もしかして「誰かが椅子を引いてくれるの待ってた」のかな? ヒルダ様が赤くなってるからその可能性は高い。
「お待ちどう様。魚介類のスープパスタだ」
港町ならではの料理。肉厚の貝の身がプリプリしていて美味しい。エビや魚の切り身も入ってる。なかなか食べ応えがあるものだ。
ヒルダ様も美味しく食べている。飲み物は白ワインをいただこうか。あ、私はまだ未成年だからジュースにしよう。ってヒルダ様も私と年齢そこまで変わらないよね?
「何を考えてるのかは分かりませんが、私の年齢はテオドール様と同い歳ですわよ」
はっ!? あの、この見た目で三十路なの!? いやいやいやいや! さすがにそれは無理がない?
「小さい頃にテオドール様とお会いしたと話したでしょうに。なんで気付かないのかしら」
「えっ!? でも、すごく若く見えるんだけど」
「当たり前でしょう。若さを保つのは貴族女性の嗜みなのですから。魔法なり錬金術なり、それなりの方法でやってますわ」
こ、れ、は、いや、てっきり私は同い歳ぐらいかと思ってたんだけど……まさか倍、まではいかないにしろそれなりに離れてたとはなあ。テオドールが老け顔とかじゃないの? あれはあれで年相応なんだ。
「お見逸れ致しました」
「お姉ちゃん、綺麗だよね!」
「あら、あなた見どころがあるわね」
いつの間にか擦り寄ってきたウルリカちゃんがヒルダ様を褒めてた。ヒルダ様が上機嫌でチップを渡す。私もそれに倣ってチップ渡してあげた。