第百七十一話 帰郷
エイリークさんとオリビエさん、一体何があったのか。詳しくはノクターン版で!(ありません)
「アレスタ・アスレチックスである!」
堂々とした名乗りと共に入ってくるアレスタさん。いや、まあ、びっくりはしたけどね。他の人たちはそれどころでは無いみたいだし。
「この度、私が我が姪であるヤッピ嬢の後見人となる事となった。異存のある者は?」
「なっ!? 姪ですと!」
「その通りだ、アストロズ男爵。私の姉、ソニア姉上の忘れ形見なのだよ」
その言葉に何かが潰えるような感じでへなへなと腰砕けになっていった。恐らく「強硬手段」を取ろうとしたのだろうけど。ちなみにこのアスレチックス侯爵は軍務卿さんなんだとか。喧嘩しても勝てんわな。
「アスレチックス侯爵、ヤッピ嬢の名前についていいものはありますか?」
「うむ。姉上の娘だからソニアドータというのはどうだろうか?」
お姉さんの名前がソニア、その娘だからドータ。実にわかりやすいネーミングだ。
「あの、あたしは別に、その、家名とか大層なものは。それよりも父様と一緒に暮らさせて貰えませんでしょうか」
「もちろんだとも。というかリッピ氏にも領の運営を手伝ってもらわねばならないからな」
そのリッピさんはここにはいないんだけど、本人のいない所で次々と何かが決まるのは良いのだろうか。まあ私の方までは飛び火してこないからいいか。
それから私は帰国準備だ。帰るのかって? 帰るに決まってるよ! いや、また来なくちゃだけどね。全員が救出できたわけではないし。
斯くしてヤッピ・ソニアドータ男爵の初仕事は私たちの国への詫び状と貿易の解禁ということに。ちなみにメッセンジャーは私。
このマリナーズフォートに残りたいって人も居たのでその人たち以外は帰国する。船はリッピ商会が出してくれた。
「乗せてあげるから向こうの貴族を紹介して欲しい」
なんてリッピさんに言われたのでヒルダ様でも紹介してあげようかと思う。ヤッピも船に乗りたそうにしていた。やだなあ。きちんと仕事しなよ。
「ねえ、キュー。あなた、また、戻ってきてくれるよね?」
すごく不安そうな表情で私を見ていた。あれ? もしかして船に乗りたかったんじゃなくて私と別れるのが嫌だったのかな?
私はヤッピを抱き締めた。少し慌ててたがまあ気にするな。
「大丈夫。すぐに戻ってくるよ。やる事も残ってるし」
「うん、約束、ね?」
そう言って笑いあった。思えば同い歳くらいの女の子って……あ、ヒルダ様が居たか。それにアンナも同い歳だわ。結構居たね。
船に揺られてどんぶらこどんぶらこ。あ、桃が流れてきてる訳では無いよ。何となく揺れ方がそんな感じだったんじゃよ。帰りの航路は何事もなく帰着。港にはたくさんの人々が詰めかけていた。
私とエイリークさんは最後の方だ。皆が下船したのを確認してからになる。エイリークさんが下まで行くと、黒い弾丸のような何かが向かって来た。
もしかして刺客!? 思ったけどよく見てスルーした。だってアンナの時もこの子は飛びついて大泣きしてたから。
「お父ちゃん! お父ちゃんだ! おかえり、うわぁーん!」
イレーヌちゃん、見かけはボーイッシュでモテそうなのに涙脆いのだ。アンナとウルリカちゃんも出迎えに来ている。その後ろからはオリビエさんがついてきていて微笑んでいる。オリビエさんはゆっくりとエイリークに近付く。
「ただいま、オリビエ。心配掛けてごめんよ」
「女、女は何処?」
「えっ?」
「あなたを誑かした女よ! いるんでしょう? 出てきなさいよ! あ、もしかしてあなたね? あなたが私のエイリークを……」
「違います! 私です、キューですよ!目を覚ましてください!」
それから十分くらい騒ぎは続いた。十分が永遠に感じたのは生まれて初めてだ。やはり物事は二秒で片付かねば。
「お騒がせしました。気持ちが昂ってしまいつい。ところでエイリーク、本当に女は居ないのかしら?」
「その女というのが何を指してるのかは分からないけど、私は代官に店には手を出さないと約束して奴隷になったんだ。女とか何の話だ?」
「それならいいのよ、会えて嬉しいわ、エイリーク」
二人は熱い抱擁を交わした。まあ夫婦の再会だ。大目に見てやろう。しかしまあエイリークさんは向こうでもモテモテだったんだよなあ。傍目にはいい男には見えないんだけど。いや、顔はそこまで悪くないよ?
「なんですって!? モテてた? どういうことなの! もしかして向こうに現地妻でも作ったの?」
「誤解だよ、オリビエ。ぼくはキミ一筋だよ」
「浮気者ほど一筋とか言いますよね」
「アンナ! お前は誰の味方なんだ!」
アンナが爆弾を投げ込んだ。まあ代官の館で「メイドは見た」をやってたんだろうな。
怒ったオリビエさんはエイリークさんを引き摺って帰って行った。あー、恐らくあれはおっぱじめるな。ねえ、アンナ? あれ、アンナ?
「さあ、急いで帰らないと見逃す……いや、開店に間に合わないわ! 急ぎましょう」
「アンナ……流石にそっとしておいてあげようよ。今日はお休みでなんか奢ってあげるから」
「本当? 悪いわね。本来ならうちでもてなさいといけないんだけど」
「任せて! お父ちゃんとお姉ちゃんの恩人なら私が腕によりをかけて作るよ!」
「いや、イレーヌちゃん、それはまたの機会にね。今日はみんなでなんか食べに行こう」
ウルリカちゃんは外に食べに行くと言われた時から指折って何かをカウントしていた。食べたいものだろうか。やがて金額のことを考え出したのか悲しそうな瞳で私を見る。
「ウルリカちゃん、お金に糸目はつけないから好きに食べていいよ」
糸目をつけないというのは凧の制御に使う糸目なのだが、この世界にも凧があるのかちゃんと通じるんだよね。
それから私たち四人は途中で幾多のナンパを撥ね付けながら街の料理店に出向いてバクバクと食べることになったのであった。なお、帰った時に船旅での疲れが出たのかエイリークさんはグロッキーになって寝ていた。オリビエさんが大変上機嫌でスキップしながら開店準備していたのは言うまでもないだろう。